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第7話 腹が減っては戦は出来ぬと言うけれど…

第七話 『腹が減っては戦が出来ぬと言うけれど…』


 お腹空いた。お昼食べた後、何も食べてなかったなぁ。今夜のお夕飯、お祖母ちゃんなんて言っていたっけ? 「旬だから、イワシの梅煮にしようねぇ」て、言っていたよね。お祖母ちゃんのイワシの梅煮、美味しいんだよね~。でも、焼き魚の香りがする。メニュー変更? 焼き魚でもいいや。お腹空いちゃっているから、早く食べたい。 


 焼き魚の香りに誘われて目を開けると、アイの視界は暗い石作りの天井をボンヤリと映しました。


 … そうだ。ダンジョンの中だった。あんまりにもバロンさんが煩くって、周りの水ごと爆発させたんだった。自爆行為だったなぁ。でも、一人だったら、ここまでしなかったんだけれどな。誰かと一緒って、色々と大変。… 特にバロンさんがストレス。


 匂いを感じて、視界がクリアになると、次に聴覚が戻って来ます。パチパチと火の爆ぜる音が聞こえて、背中や右側に温かさも感じました。誘われるように寝返りを打ってみると


「あ、アイちゃん起きた? 気分はどう? あんな大技使ったから、お腹空いているでしょう? もう少しで焼けるから、もうちょい待っててね」


「焼いているのはアンタじゃなくて、スピリタスさんでしょう。偉そうに言わないの」


 お魚の切り身を串刺しにしたケペシュが、焚火の上でゆっくりと回っています。その向う側にバロンさんの頭がチラリと。右側にはシスターさん。左には、ケペシュをゆっくりと回しているスピリタスが胡坐をかいていました。


「シスターさん! 良かったー無事だったー」


 あれ?


 シスターの姿を確認して、勢いよく上半身を起こしたアイは、頭がクラッとしてフラフラと床に倒れ込みました。


「急に起き上がるからよ」


 呆れた声で言いながら、シスターはアイの手を取って脈を計ります。


「気分は? 気持ち悪くない? これ、何本に見える?」


 スッと差し出された三本の指。


「メッチャ、おなぺこ。あ、三本」


「追ってね」


 指がゆっくりと左右に動くのを、アイはしっかりと追いました。


「大丈夫そうね」


 シスターさん、病院の先生みたい。この人、言う事「ちょっとな…」て思う事がチョイチョイあるんだけれど、優しいよね。ツンデレ? 天邪鬼? とは、ちょっと違うか。でも、良い人だよね。


「魔力キレだとおも」


 アイは寝転がったまま枕にしていた鞄を引き寄せて、ゴソゴソと中から小瓶を取り出します。けれど、スッとシスターに取り上げられてしまいました。


「だから、ロリポップばかりじゃ駄目だって言ったでしょう。もう少しだけ待って、魚を食べなさいよ、魚を。せっかくスピリタスさんが焼いてくださっているのだから」


「お母さんか?!」


 バロンの突っ込みに、アイが頷きました。


「マジそれな。てか、魚なんてどこから?」


 今度はゆっくりと起き上がって、シスターに両手を広げて見せました。


「お姉さまと呼びなさい、お姉さまと。一本だけにしなさいよ。魚はね、目が覚めたらもう焼きだしていたのよね」


 シスターが渋々小瓶を返すと、アイは急いでロリポップキャンディーを取り出して口に入れました。


「う~… うまCぃぃ」


 イチゴミルク味が染みるよぉ。


「いや~、あの水と炎の渦はマジで死んだと思ったよね。もうね、洗濯機の中に放り込まれたパンツって、こんな感じ? なんて思ったよね。ぐるぐるメチャクチャ回転してさ、冷たいし熱いし、そのうち熱いだけになって濡れた服は乾いたけれど。洗濯の後に乾燥までセットになってて、お高いドラム洗濯機って感じ? そんなんでさ、地底湖の水は完全に干上がっちゃったよ。すごいよね~、アイちゃんの魔力。あの光の玉も消えないでくれたから、本当に助かっちゃったよ」


 地底湖… あそこは地底湖だったんだ。


「でね、水が無くなったら、魚は生きていけないじゃん。まぁ、魔法でほとんどの魚が焼けちゃったみたいだけれど、少しは残っていたんだよね。生きのいいヤツがさ」


 それをスピリタスさんがケペシュで適度な大きさに切って、串刺しにして焼いていると。でも、火は?


「ああ、火? 火は、そこら辺で燃えていた脂身の多い魚をね。燃え尽きる前に集める事が出来て良かったよ」


 アイの疑問を察して、バロンが右腕を上げます。長いヒラヒラの袖が無くなっていました。


 あ、本当だ。薪じゃなくって、ファイヤーフィッシュが何匹か燃やされてる。


 インド洋に生息する「デビルファイアフィッシュ」や「フサカサゴ」と和名のついたファイアーフィッシュとは違って、このファイヤーフィッシュはダンジョンにしか生息しない魚です。良く締まった白身はねっとりとした油を含んでいて、少しの火気や高温で引火するので、「ガソリン魚」とも呼ばれています。また、生でも煮ても油臭いし油の味しかしないし、9割の確率でお腹を壊すので食用には向いていません。


 スピリタスさんの背広もなくなっているから、バロンさんの袖と一緒に火力調整に使ってくれたのかな?


「私も燃えなくて良かったわ…」


 初めて聞いた話に、シスターはゾッとしたようです。


「スピリタスさんがさ、あの渦の中でケペシュをブンブン振り回してたんだよ。火を切るみたいにさ」


 「みたいに」じゃなくって、実際に切っていたんだろうな。スピリタスさんの剣の威力なら、可能なはずだもの。でも、おかしいなぁ。ネイルチップを全部使ったし、魔力も全部使ったんだから、もっと火力があるはずなんだけれどな。一気に蒸発出来るぐらいに。やっぱり、魔力不足?


 アイは小さくなったイチゴミルク味を最後まで味わいながら、両手の爪を見つめます。ネイルチップが綺麗に取れた爪は、手入れの行き届いた白。爪の色が戻っていないのを見て小さなため息をつきました。


 魔力を使い切ったのなんて、いつぶりだろう? 少しでも回復しなきゃ。あ、メイクとウイッグは無事かな?


 アイは他の三人の事を気にしないで、鞄からコンパクトを取り出して身だしなみチェックです。三人に背中を向けた状態で。


 メイク、あまり崩れてない。これって「神」ていうんだよね? ラッキー。ウォータープルーフって凄い。あ、でもカラコンは代えた方が良いかな? 予備、二個しか持ってないんだよなぁ。ウイッグ、巻きどころか少し焦げてるぅ。まぁ、炎を爆発させたんだから、これぐらいで済んで良かったかも。帰ったら、カットしてスタイル変えちゃおう。


「さすが、さっぅぅすがスピリタスさん!! 身を挺して私を待ってくださったんですね! ああ、私のナイト様!」


 バッ! と両手を上げてスピリタスに飛びつこうとしたシスターを止めたのは、目の前に出された焼き魚。ケペシュの剣先に刺さって、ホコホコと食べごろになっていました。

 アイはコンパクトをしまったついでに、鞄の中から割り箸を取り出してシスターに差し出します。


「あら、ギャルのくせに用意が良いのね」


「ギャル、関係ないし。いつもお弁当だから、忘れた時用に入れてるんだよね。こっちはイチオー洗ってあるけど、使う?」


 カタカタと端箱を鳴らして見せるアイ。嬉しそうに手を出したバロンに、ケペシュの剣先が向けられました。


「はいはい、分かってます。アイちゃん、俺たちは箸が無くても大丈夫だから」


 慌てて手をひっこめるバロン。それを見て、スピリタスは携帯のアイスピックを使って、アイの前に焼けた切り身を二切れ落としました。焼けた皮を床側にして。


「「いただきます」」


 アイとシスターは箸を使って、スピリタスとバロンはケペシュに刺さったままの状態で、焼き立ての魚を頬張りました。


「ん!」「あら!」「おっ!」「!!」


 口の中に広がった味に、一瞬目を丸くして手を止めた四人は、次の瞬間には言葉もなく貪り食べていました。



 人間、お腹が満たされれば眠気が襲って来るもの。それが、その前まで極限まで体力と神経を使っていたなら、尚更のこと。パチパチと火が爆ぜる焚火を囲って、アイ達は深い眠りについていました。


 ピチャン… ピチャン… ジュッ… ピチャン…


 微かな水音に目を覚ましたのは、スピリタスでした。ケペシュを支えに、抱え込む様にして座ったまま眠っていたスピリタスは、そっと立ち上がって辺りを見渡します。自分達を包む空気に、嗅ぎなれた匂いを感じ取っていました。少し前まで嗅いでいた水の匂い。


「眠れません?」


 そんなスピリタスに、寝起きのアイが声をかけます。ノソノソと鞄から小瓶を取り出して、取り出したロリポップキャンディーを差し出しました。ヘニョ~と、表情を崩して。


「甘いモノ苦手でも、ミントは? ちょっと甘いけど、スッキリするし」


 そんなアイを、スピリタスはジッと見つめました。


「あ、それか珈琲味? だよね、珈琲しか勝たんよね~」


 慌ててキャンディを変えようとすると、スピリタスはそっとミントキャンディを取ります。包み紙を取って口に入れたのを見て、アイは嬉しそうに頷きました。


「甘いモノって、脳のエネルギーになるし。知ってた? しかも、砂糖よりブドウ糖の方がチョッパヤなんだよね? だからぁ、私のロリポップキャンディーは、ブドウ糖なんだ。甘いだけじゃないんだよ」


 アイはグレープフルーツ味のロリポップキャンディーを咥えると、スピリタスにウィンクをして小瓶を鞄にしまいます。代わりに、大学ノートとペンを取り出しました。


「マップ。簡単でも、あった方がいいしょ?」


 スピリタスは軽く頷いた後、闇の中を指さします。アイはその方向をジッと見つめて、耳を澄ませました。


 焚火の爆ぜる音、シスターさんの寝息、バロンさんのイビキ…


 ピッ… チョン…


 水滴? 蒸発した地底湖の水分が天井から落ちてきているのかな? でも、天井って言っても… 見えない。物凄く高いなぁ。ピッチョンピッチョン音がするってことは、水溜まりが出来ているって事だよね? 私達の周りは、焚火の温度で温かいから水溜まりが溜まっていないのかな?


 ピチョンピチョン… ピッチョン…


 リズムが一定じゃないし、こっちに近づいて来ている気がする。


 アイは闇の中を見つめたままロリポップキャンディーの棒に指を絡めて、そっと立ち上がります。スピリタスはロリポップキャンディーを口に入れたまま、ケペシュを構えました。


 魔力が半分も戻ってない。防御で精一杯かな。


 生臭くぬるい追い風で、アイの体が大きくブレます。数歩下がったのと入れ替わりに、スピリタスの体が走り出しました。ロリポップキャンディーに絡めた指先を、トン! と軽く押さえて。


「待て」ってこと? 魔法はいらないの?


 戸惑うアイの耳に、黒板を爪で引っ搔いた様な、甲高くって不快な音が聞こえました。


 嫌ぁ~。この音は苦手! と、ギュっと目を瞑って、両耳を押さえてうずくまるアイ。けれど、すぐに目を開いて立ち上がりました。耳は両手で塞いだまま。


 ダメダメ、せめて後方支援ぐらいしなきゃ。


 パチンパチンと指を鳴らして、新しい光の玉を出します。その光に照らしだされたのは、数メートル先の巨大なワニでした。海穴の主、マーシレス・モライと同じぐらい大きなワニ。上下の歯がしっかり見えるぐらい大きく口を開けて、キーキーと威嚇しています。耳を塞いでいても微かに聞こえる威嚇音に、アイは眉を潜めながらも嬉しそうに叫びました。


「キング・クロコダイル!! ヤッバ! バイブス上がるわ~」


 アイの目がキラキラと輝きだします。けれど、すぐに焦りだしました。キング・クロコダイルの目の前に立ちふさがっているのは、切れ味抜群のケペシュを自由自在に操るスピリタスです。大きく口を開けて唸っているキング・クロコダイルを前に、少しも怖がることなくケペシュを振り回して威嚇しています。


 ピッチョンピッチョンて、涎の音だったんだ。体が大きいから、涎の一滴も大きい。


「スピリタスさん、切ったらKY! ワニ皮! ワニ皮!!」


 あ~、こんな時にもギャル語だなんて~。普通に話したいけれど、ギャルじゃないってバレちゃうのも困る。お願い、通じて。


 アイの必死の願いが通じたのか、スピリタスはケペシュをシュッ! と一回しして、ケペシュを押し込む様に体ごとキング・クロコダイルの口の中に突進して行きました。


「ないないないないない!!」


 全身の血がスッと引いたアイは顔面を真っ青にして、叫びながら呪文をとなえようとします。けれど、その前にキング・クロコダイルの全身が震えだし、口の中から大量の血が吐き出されました。カックンと大きな口が閉じると、カックンとアイの腰が抜けました。


「ちょっ、マジキャパいんですけど。スピリタスさん… え? ええ?」


 馬鹿だ私。欲なんて出さなきゃ良かった。スピリタスさんの腕なら、あんな事言わなくても、最小限の傷で倒してくれてたはずだよね。欲、出し過ぎ。人様に注文つけるなら、自分でやれ! て話だよ。本当に馬鹿。どうしよう。と、とりあえず、口を開けなきゃ…


 顔面を真っ青にしたまま、赤ちゃんのようにヨロヨロとしたハイハイでキング・クロコダイルに近づいて、その口先にペタリと手を置きました。制服が血で汚れる事も気にしないで。


「開けなきゃ、口」


 震える手で下顎と上顎を持って、力づくで開けようとします。けれど、アイの非力ではビクともしません。


「開かない。こんな時の呪文… 呪文…」


 アイの頭の中は真っ白です。ただ、「口を開けなきゃ」という思いだけで、腕を動かしているだけでした。

 動きはありました。ボコボコボコボコと喉の奥の方から顎下の皮が動き出し、大きな口が中からガパッ! と開きました。


「スピリタスさん!」


 キング・クロコダイルの顎を持ち上げて出てきたのは、食べられたと思ったスピリタス。頭からつま先まで汚れていたけれど、息も上がっていないし慌てた様子もない、いつも通りのスピリタスでした。



 空っぽ魔力のアイ、すべてが初めての経験です。最強ギャルの復活なるか? Next→


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