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第5話 お仕事はワンマンスタイルがベストなんです

第五話 『お仕事はワンマンスタイルがベストなんです』


 強い嫌悪感が流れ込んでくる。全身の毛が逆立って、胃がひっくり返って中身が逆流してくる。代わりに、私の中の魔力が吸われてる!


 ゴブリンの奥から現れた黒い手は、たった一本。小さな顔を鷲掴みにしただけで、アイの全身の動きを止めます。けれど、その黒い束縛は直ぐに消えました。


「うっ… グェェェ… ゲホゲホ」


 全身を縛っていた嫌悪感から解放されたアイは、両膝をついて激しく嘔吐します。その背中を、フカフカと柔らかな手が優しく撫でてくれました。


「ちょっと、ちゃんと食べているの? 水分しか出ていないじゃない。若いんだから体重なんて気にしないで、必要な栄養はしっかり取らなきゃ駄目なのよ。ロリポップキャンディーなんて、栄養ないでしょう!」


 魔力、半分は吸われた。あれ、ただのモンスターじゃない。


 吐ききったアイに、水のペットボトルが差し出されます。流れ出た涙をぬぐいながら、そのペットボトルを受け取って、ようやく立ち上がりました。


「あざまる… なに、これ」


 右横にはケペシュを手にしたスピリタス、左横には平安美女のシスター、周りは倒されたゴブリンが散乱しています。エレベーターのドアの向うでは、待合室にいた他の探索者と会社の警備員達がゴブリン達と戦っていました。


 光源はエレベーターのライト。と言う事は、やっぱりエレベーターとダンジョンが重なって融合しちゃっているんだ。


「うぉぉぉぉ!!」


 後ろから聞こえる獣の様な声に振り返ると、少し後ろに、バロンが両手に持った剣で奥から湧いて出て来るゴブリンと戦っています。真っ白だったブラウスを、真っ赤に染めて。


 怪我してる? 援護しないと。


 呪文を呟こうとしたアイは、激しい吐き気に襲われます。口元を押さえて俯くと、シスターに座るように促されました。


「マジ、ぴえんこえてぱおんだわ。さーせん、あざっす」


 スピリタスが床に転がっているゴブリンを何体か投げ捨てて、場所を広げてくれました。そこに体育座りをすると、シスターが背中に手をあてて満遍なく摩り始めました。


「生なまず生なまこ生なめこ」


 突然聞こえた早口言葉に、アイは「え?!」と驚いて、チラッと後ろを見ました。


「私の解毒呪文を二回もかけてあげたのだから、有難く思いなさいよ。ああ、でもまだ解毒が完全じゃないんだから、あと2~3分は動かない方がいいわよ」


 気分がスッキリしてる。 解毒? 私、毒の攻撃を受けちゃったの? 私の顔を掴んだ、あの黒い手か。あの強引に流れ込んで来た嫌悪感は、毒だったんだ。虫とか毒草とか、モンスターの攻撃でも毒に侵された事はあったけれど、今回のは初めてだ。混乱しちゃった。


「あざまる… ありがとうございます」


 深くお辞儀をしたアイを見て、シスターは少し驚いてプイっと横を向きました。


「み、水、ちゃんと飲みなさいよ」


 は~い。と返事を返したアイは、ペットボトルの水を飲みながら奥を見ていました。

 奥からは相変わらずゴブリンが湧き出して、こちらに向かって来ようとしています。それを、バロン一人が二本の剣を振り回して止めていました。よく見ると、剣はゴブリンが装備しているもののようで、切れ味が悪くなったらゴブリンに切りつけたまま柄から手を離して、近くに落ちている剣を奪って切りつけていました。


 攻撃が当たる前に倒しているみたいだけれど、スピリタスさんの攻撃と防御が一緒になった剣技と違って、捨て身の攻撃に見えるなぁ。


「あら、その顔だと知らないの? 『血まみれバロン』。彼、バーサーカー伯爵なのよ。あの状態の時は、近寄らない方が身のためよ。彼、この空間に入り込んだ瞬間にバーサーカー状態になったんだけれど、スピリタスさんが思いっきり蹴り上げて奥に投げ込んでくれたのよ。で、貴女の顔を掴んだ黒い手と、周りのゴブリンはスピリタスさんが瞬殺。いつもは画面越しだけれど、近くで見ても素晴らしい剣技ね! 痺れちゃったわ~」


 その時のスピリタスを思い出したシスターは、自分の体を抱きしめてクネクネと踊り出しました。


 スピリタスさんが…。初めてなのに、二回も助けて貰っちゃった。


「ありがとうございます」


 スピリタスはペコっとお辞儀をしたアイの顎をつまんで自分の方に向けると、軽く頷いて手を離し、頭を撫でてくれました。


 焦げ茶色の、優しい目だなぁ。


 真正面からあった目を見つめながらボーっと思っていたら、シスターに横から体当たりされました。


「ちょっと、今の何よ!!」


「顔色、顔色見てくれたんじゃね? ほら、えっと… 3分、3分以上たってるし?」


 胸元を掴まれてガクガク前後に揺らされながら、アイは「それより」と両手を広げました。


「でる? 進む?」


 アイの質問に、シスターの手が止ります。ドアの向うは、ゴブリンは全て倒されて後始末中。奥はいよいよゴブリンも打ち止めのようで


「ちょっと、不味いんじゃない?!」


 最後の一体を倒したバロンはクルっと振り返って、両腕の剣を構えたままアイたちの方に突進してきました。


「シールド…」


 防御呪文を発動させようとしたアイの前にスピリタスが入り込み、ケペシュを一振りしてバロンを倒しました。言葉も悲鳴もなく驚くアイとシスター。


「あ、気絶してるわ」


 恐る恐るバロンに近づいたシスターは、バロンが呼吸をしているのを確認してホッと胸をなでおろしました。


「このまま進むなら配信始めちゃうけれど、コラボする?」


 シスターがポットからスマートフォンを取り出して画面をタップしようとすると、スピリタスがその手を押さえました。


「あら、スピリタスさんたらぁ、こんな所で…」


 白い頬をピンク色に染めながら、シスターはスピリタスの顔を見つめます。スピリタスはその視線をスイっと斜め上に外しながら、同じ方向を指さします。そこには、監視カメラのレンズがキラリンと、三人を見ていました。


「ムリじゃん。社内撮影禁止だし」


 アイに言われて、シスターは渋々スマートフォンをしまいました。

 カルミア社はアパレル業界でも最大手の会社です。なので、企業スパイ等を懸念して社内でのスマートフォンの使用は指定の場所のみと決まっています。中で働く社員には、社内専用スマートフォンが配布されているので、それ以外の物を使うと細かく調べられるのです。


「配信も出来ないなら、とっとと出ましょう。お腹空いちゃったわ。あ、アイちゃん、お礼はボヌールの特製小人プリンパフェ大盛と、ロイヤルミルクティーでいいわよ。スピリタスさんは甘いものが嫌いでしたよね? 私、ちゃんとオフィシャルファンブックでチェックしているんですよ。ブラック珈琲と、あのお店で甘くないモノと言ったらケークサレかしら? 私のイチ押しは、ベーコンとチーズのね」


 ペラペラしゃべりながら出口へと歩いていくシスターを気にすることなく、アイは鞄を肩にかけて、ロリポップキャンディーを咥えます。そして、ゴブリンを踏まない様に気を付けながら壁を触り、キョロキョロと辺りを見渡しました。


 エレベーターが外箱で、その中にダンジョンの小箱。空間の境目は弾力があってモヤモヤしているから、分離することは出来そう。でも、ゴブリンが出てきた奥はサイズ的にエレベーター内じゃないよね。バロンさんはダンジョン内に入ったってことで… それか、空間のサイズが外と中で違うとか? ダンジョン内に入ったとしたら、こっちに戻って来たって事で行き来は出来る… 分離出来たとしたらダンジョンが消えるのかな? それとも、私達はダンジョン内? 以前見た配信はダンジョンが消えたけれど、あの時は魔法じゃなくって剣で空間を切っていたんだよね。外を残して内を消す… もしダンジョン内に残る方だったら、次にどこかに口を開くまで異空間を移動することになるのかな? やだなぁ、空間移動は気持ち悪くなるから。でも待って、もしダンジョンが消えたとしたら、このゴブリン達もここに残る確率が高いよね。それはそれで、後始末が大変だなぁ。


「あれ?」


 アイが床を埋め尽くすゴブリンを追いかけて視線をエレベーターの奥へと向けた時、視界が横になって、気を失ったままのバロンの顔が見えました。

 ブツブツと呟きながら忙しなく壁を調べるアイと、気を失ったバロンを左の小脇に抱えたスピリタスは、右手でケペシュを振り回し始めました。


「うわわわわ」


 ヒュンヒュンと鋭い刃が空気を切り裂くのを目の前にして、アイはぶら下がった鞄を手繰り寄せてギュっと掴みました。


 これ、少しでも動いたら私も切れる!


「なにこれなにこれなにこれー!」


 少し離れた所から、シスターの悲鳴が聞こえます。同時に下から、倒れているゴブリンの体から小さな虫が大量に飛び始めました。ブブブブブブと不気味な羽音は耳障りで、ブツブツと鳥肌が立ちました。


 死蠅だ。ここのゴブリン達、寄生されていたんだ。


 咄嗟に、ロリポップで宙に「火」と書ながら呪文を唱えました。


「あぶらーの恋バナ!!50パーセント増量なう!!」


 チュッと文字に小さな投げキスをすると、ボワッ! と床全体から火が上がります。その火は、一気にアイの顔辺りまで上がって来ました。


「ちょえ、強すぎた。火力調整、むずい~」 


 慌てて両手でバタバタと火を消そうとするけれど、もちろんそんな事で消える訳がなく。けれど、ゴブリンの体とそこから湧きだした大量の虫はどんどん燃えていきます。アイ達を燃やそうとする火は、スピリタスが振り回しているケペシュが消してくれていました。


「やばたん! シスターさん焦げちゃうんじゃね?!」


 ホッとしたのもつかの間。アイは慌ててシスターを見ます。シスターは悲鳴を上げながら両手で裾を高く持って、ドスドスと足踏みで火を消そうとしていました。


 おお、ラインダンスっぽい。


 意外とリズミカルな足踏みに、アイは感心して拍手をしました。


 ビキッ!! ビキビキビキ!!


 床から嫌な音が聞こえ始めたのと、足元が不安定になったのは同時でした。ガゴウン! とひときわ大きな音が響いて、エレベーターの床が一気に抜けました。



 アイ、チームでのダンジョン探索は初めてです。いつもと勝手が違うけれど、大丈夫? Next→

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