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第4話 ダンジョン探索者は嘱託社員なのです

第四話 『ダンジョン探索者は嘱託社員なのです』


 オフィス街の一画にある大きなビル。白と植物を基調とした待合室で、アイは名前を呼ばれるのをジッと待っていました。

 白い壁には大きなモニターが三台。それぞれダンジョン探索の生配信が、その下には二回りほど小さなモニターが五台配置されていて、I‐Tubeに上がっている過去動画が流れています。待合室にいるダンジョン探索者の殆どが、それぞれのモニターを見て時間を潰していました。


 私はアイ。このカルミア社に登録しているダンジョン探索者。ダンジョン生配信をしているギャル。ギャルよ、ギャル。女子高校生の哀川美月じゃなくって、ギャルの『アイ』。ギャルなんだからね。


 ソファに座ってロリポップキャンディーを舐めながら、ギャル雑誌に視線を落として自己暗示をかけているアイは、不安を顔に出さないように努めています。


 リボンタイとスカートは鞄にしまった。紺のミニスカートに変えたし、ルーズソックスも履いた。胸元、開けすぎてないよね? ウィッグの毛先もちゃんと巻いたし、メイクもOK。ジェルネイルは透明の赤で、ポイントでハートのストーン付けたし、左の人差し指だけは白の透明にして爪先にキラキラのぷっくりハート。クラスメイトのギャルのマネさせてもらっちゃったけれど、ちゃんと盛れているよね? うん、大丈夫。ちゃんとギャル。


 約一時間前。帰りのホームルームが終了したと同時に速足で学校を出て、会社との間の駅のトイレで身支度を整えた事を思い出しながら、ページをめくります。目の前のモニターで仲間の活躍を見るよりも、今はギャル雑誌を見ながら自分に暗示をかけるのに忙しいのです。


「アイさん、だよね?」


 そんなアイは、不意に名前を呼ばれてビクッ! としたけれど、一呼吸おいてからゆっくりと返事を返しました。


 ギャルギャル。私はギャル。


「はい?」


 声を掛けて来たのは大学生ぐらいの青年。栗毛のショートカットにスッキリ目元の爽やか君です。胸元や袖口に大きなフリルのついた長袖ブラウスに、黒のパンツはちょっとゴシック調です。


「いつも配信見てるよ。毎回すごい派手だよね、魔法。でも、一人だと寂しくない? 配信するのも何かと大変だろうし。魔力が使えないダンジョンはどうしているの? チャレンジしないの? そんな勿体ないことしていたら…」


「ウッザ」


 一気に話し始めた青年に一言。言ってすぐに雑誌に視線を戻しました。


 何々? この人何なの? 何だかたくさん話しかけてくるけれど、こういう時ってどんな対応すればいいの? 今の一言、ダメだったかな? クラスメイトのギャル達が、こんな感じだったと思うんだけれど。


 青年はアイの態度をものともしないで、隣に座ってさらに話しかけて来ました。ズイズイと体を寄せて。


「あ、やっぱりウザい? 友達にも良く言われるんだよ~。でもさでもさ、俺、君のことが気になっていてさ、コンビ組んでダンジョン行きたいな~なんて思っててさ。どう? 試しに、ダンジョンデートしてみない?」


 アイはどうしていいのか、分からなくなっています。雑誌に視線を落としたまま、とりあえず無表情のまま、ジリジリと横に逃げていくアイを青年はさらに追いかけて行きます。


 ムリムリムリムリ! この人、なんで距離を詰めて来るの? ギャルってこういう時どうするの? ここで魔法使っちゃ駄目な事は分かるけれど、あ、電気系を弱くならいいかな? 静電気ぐらいのビリっとするやつ。うん、そうしよう。


「ね、お試しで。この後、ダンジョンデート…」


 アイがモゴモゴと呪文の詠唱を始めた時、青年の手がアイの手に触れようとした時、大きな手がその手をガシッと掴みました。


「オッサン、若者の青春を邪魔しないでくれるか… な」


 青年は不機嫌に、アイは驚いて、同時に顔を上げて手を掴んだ人を見ます。細身で長身、黒髪をオールバッにした柔和な顔立ち。黒いスーツ姿のせいか、パッと見はここの会社関係者のように思えるその男性は、有無を言わせない圧を放っていました。


 あれ、この人って…


「いや、その…」


「バロン様、社内での迷惑行為は困りますと、あれほどお願いしましたよね」


 青年が男性に気圧されて言い淀んだ時、会社の女性が警備員を連れて来ました。


 この人、社内でナンパする常連なのかな? 警備さんが二人に、他の人達もだいぶ距離とっているって事は、以前に暴れ出したことあるとか? とにかく、離れよう。


「ナンパじゃなくって、前から声を…、いや、同じ探索者同士交流を…、出来たらコンビを…」


 会社の女生と警備員と男性に囲まれた青年は、しどろもどろに弁明をしています。そんな青年からスッと距離をとったアイに、受付の女性がそっと声をかけました。


「アイさん、すみませんでした。今のうちに、10階に上がってください。今日はエレベーターホールの一番奥にお乗りください」


「はい。… 助けてくれて、ありがとうございました」


 アイは受付の女性に返事をして荷物を持つと、助けてくれた男性に向かって深々とお辞儀をしてエレベーターホールへと向かいました。周りの視線をひしひしと感じながら。

 エレベーターホールは広くて、向かい合わせで合計11基あります。その一番奥、エレベーターホールの行き止まりが11基目のドアになっていました。アイは皆に背を向けるように、エレベーターのドアが開くのを待っていました。


「何だったんだろう、あの人」


 今まで会ったことなかったけれど、周りの反応を見たら最近登録した人じゃないよね? たまたま、いままで一緒の時間にならなかっただけかな? それにしても、さっき助けてくれた男の人、スピリタスさんだよね? なんで会社に? この会社に登録しているから来てもおかしくはないけれど、でも、最近のスピリタスさんはクリアしたダンジョンは無いはずだし…。 


「ねぇ、『ギャルのアイ』ちゃん、少しは愛想よくしたらどう?」


 ポン。と、右肩を掴まれて、女性が話しかけてきます。アイはビクッと体を揺らしたけれど、軽く深呼吸して、前を向いたまま聞きます。


「誰に?」


「誰? かまってくれる皆に、よ。せっかく声を掛けてもらっているのに、あの反応は無いとおもうわ。少しぐらい可愛いからって天狗になっていると、そのうち誰もかまってくれなくなっちゃうわよ。「気が付いた時には遅かった」ってやつ」


 ネチネチした声。私より少し年上… 女子大生ぐらいかな? 余計なお世話なんだけれどな。


 口の中に入れたロリポップキャンディーの棒を指先で転がしながら、ドアの上のランプを見つめて、アイは右から左に聞き流していました。


「ねぇ、男に興味がないならさ、私に譲ってよ。あの人、紹介して。スピリタスさんて…」


 ゾワゾワ! と、一瞬にして全身の毛が逆立ちました。それは女性も同じだったようで、言葉途中で止まりました。


 ドアの上のランプは2階から一階へと降りてくるところです。


 これ、駄目なやつだ。


 アイはスカートのポケットから口紅をだして、エレベーターのドアに書こうと構えました。


 間に合わない!


「「シールド・ヤヌスの門」発動!」


 魔法陣描けなかった。効果減だ。


 アイの前に前後に顔を持つ神が現れて、前を向いた神が風のように進んで消えるのと同時に、エレベーターのドアが開きます。そして、勢い良く大量のゴブリンが飛び出そうとして目に見えない壁に当たって止まりました。


「なんで、ゴブリン…」


 見えない壁に止められたゴブリン達は、後ろから押しに押されて今にも潰れそうです。それを見て、女性が驚いた声を上げます。


 違う。ゴブリンの奥に、まだ「いる」。


「あのさ、戦闘能力がないなら、下がった方が良いと思… うよ」


横を向いたアイが見たのは、白い頭巾をかぶって黒い修道服を着たシスターでした。白い頭巾で誇張された真っ白な下膨れの輪郭、少し太めの一本眉、切れ長の細い目 ・鼻筋が通った小さな鼻・真っ赤なおちょぼ口。舞台向けサイズの顔は平坦で、体型も顔に負けないぐらいタップリとしています。


 あ! お正月の福笑い。平安美女。


「あぶらとり紙、使う? これ、マジお勧め」


 ガサガサと鞄を漁って、アイはあぶらとり紙を差し出しました。


「余計なお世話よ! それに、あぶらとり紙も使い過ぎるとお肌に悪いんだから」


 うん、知ってる。でも、そのテラテラは気になるんだよね。


 ドン! ドンダン!!


 そんな事に気を取られている場合じゃないと、アイは我に返りました。


「これ、どうなっているんですか?」


 慌てて駆け寄って来た女性社員の後を、警備員とスピリタスとフリルブラウスの青年も追って来ました。アイは女性社員を手で制して待合室を見ます。皆、こっちを見てザワザワしていました。


「根拠はないんだけどさ、このエレベーターの中と野良ダンジョン、重なったのかも」


 一日に二回も野良ダンジョンに当たるなんて、なんて幸運なんだろう。でも、このダンジョンは油断したら駄目かも。


 アイは皆の前に腕を差し出しました。


「アイちゃん、腕、怪我したの? うわっ、すっごい鳥肌」


 それは、青年が引くぐらいの鳥肌でした。柔らかいはずの産毛が剛毛のように一本一本逆立って、毛穴がボコボコしています。アイも、自分の腕なのに引きました。


「ゾワゾワ~ってきた。ゴブリンにじゃないよ。たぶん、奥にパなくヤバいヤツが居ると思う。めっちゃ、パない奴」


 あー。まだ奥からバンバン押されてる。完璧じゃないから、『ヤヌスの門』が破られちゃいそうだな。ゴブリンなら何とか対処できるけれど、社内で攻撃魔法使っても大丈夫かな?


「この状態で、空間を切り離せるかやってみます。防衛班を呼んできますので、もう暫くお願いします」


「り」


 走り出した警備員に答えて、アイは口紅を取り出します。女性社員がスマートフォンでどこかに電話をかけ始めたのを横目で見ながら、とりあえず『ヤヌスの門』を強化しようとエレベーターに近づきました。


「え…」


 ゴブリンの奥から、黑い手がぬっと突き出して来ました。実体のない腕なのか、ゴブリンの体や頭をスルスルと通り抜けて、『ヤヌスの門』さえも通り抜けて来ました。アイの目の前まで。


「アイちゃん!!」


 青年が声を上げた瞬間、アイの目の前まで来たその黒い手は、アイの顔を鷲掴みにして中へと引きずり込みます。同時に『ヤヌスの門』が破れて、塞き止められていたゴブリン達が一気に放出されました。


 ヤバ、ピンチ!!



アイ、今日2度目の野良ダンジョンは、向こう側からのお誘いの様です。さて、どうする? Next→

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