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第2話 独り反省会からの野良ダンジョン出現!

第二話 『独り反省会からの野良ダンジョン出現!』


 月曜日の朝。通学時間にはまだ少し早いバスの中。空いている席はたくさんあるのに、今日も左の一番奥の席に座って、ワイヤレスイヤホンを左側だけに付けてスマートホンを見つめている女子高校生。鴉の濡れ羽根のような長い黒髪を三つ編みにした頭を項垂れて、大きくって丸い黒ぶちメガネに反射しているのは、I‐Tubeの動画です。純白の半袖シャツに白のサマーニット、リボンタイと同色の薄茶色チェックのスカートは膝下で、白いハイソックスに黒いローファー。『規律正しい』と言う言葉をイメージ出来る彼女が見るには、その動画は意外なものでした。


 昨日はそこそこ盛れたと思ったんだけどなぁ。でも、こうして見返すと、髪の巻もアイメイクも全然だ。皆の書き込み通りだな。そもそも私、ギャルじゃないし。ギャルの恰好はしたくないけれど、しないと魔法スキルが使えないし、ギャル語じゃなきゃ魔法が発動しないから… 不幸だ。ハァ… 絶対に、誰にも、見つからないようにしなきゃ。恥ずかしすぎるもん。でも、ギャルのダンジョン探索者が珍しくて見てくれる人も一定数いるし、正直、投げ銭は有難いんだよね。ギャルの恰好するの、お金がかかるから。


「あ、ここ…」


 見つめる画面には、岩で囲まれた小部屋。ゴツゴツした床には、所々に緑色の液体が落ちています。昨日生配信されたダンジョン探索動画です。


 匂いもそうだけれど、床の緑の感触が他の所と違ってた。… 声、ちゃんと入ってないなぁ。採ったサンプルの瓶に、メモを張っておこう。

 このダンジョン、登録番号がそのままだった。私が昨日はいるまで、少しの変化も確認されていなかったからなんだろうけれど… ラスボス以外の生物が一切存在していなかった。あの変化は一か月とか二ヶ月のものじゃないよね? 簡単すぎて誰も入らなかったのかな? それとも、会社の人が見れば画面越しでも何か発見できるかな?


「それはそれで、悔しいかも」


 代わり映えしないダンジョンの動画を見ながら、ポソっと零れました。


「… アイさん?」


 掛けられた優しい声に、彼女は激しく動揺しながらも、バネ仕掛けの人形のように顔を上げます。いつの間にか隣には、黒髪にスクエアータイプの眼鏡をかけた、スーツ姿の男性が据わっていました。


「この動画を配信されている方、アイさんですよね?」


「お、おはようございます、黒崎先生」


 激しい動揺を落ち着かせながら、彼女は小さな声で挨拶をしました。男性の名前は「黒崎一」。高校の教師で、生活指導・風紀委員会担当です。


「おはようございます、哀川さん。驚かせてしまったようで、すみません。チラッと見えてしまって。僕もたまに見ているんです。ダンジョン生配信」


 穏やかな笑顔で挨拶を返してくれる黒崎先生は、学校の人気者です。彼女は風紀委員なので、登校時間の校門に立つ日はこうしてバスの中で会うのです。


 今日は私も先生も当番じゃないからって油断してた…。でも、私だと気づいたわけじゃなかったんだ。良かった。


 小さく溜息をついて、黒崎先生にスマートホンを差し出す彼女は「哀川美月」。この春に高校一年生になった、ダンジョン探索者です。誰にも内緒ですけれど。


「はい。昨日の生配信、見られなかったから…」


「哀川さんもお好きなのですか? ダンジョン」


 黒崎先生は驚きながら、目の前に出されたスマートホンの画面と、俯いている美月を見比べました。


「少し、ほんの少しだけ… その、興味があって」


 この見た目だもん、ギャップあるよね。と思いながら、美月はさらに俯きます。


「僕も興味はあるんです。テレビや雑誌ではチラチラと見ていたのですけれど、分からない事ばかりで」


 苦笑いをしつつ、熱心にスマートホンの画面を見つめる黒崎先生。その横顔をチラッと見た美月は、そっとワイヤレスイヤホンの右側を差し出しました。


「先生、良かったら…」


「え?! 良いのですか?」


 子どものように喜ぶ黒崎先生を見て、美月の頬も自然と緩みます。

 美月が頷いたのを見て、黒崎先生は差し出されたイヤホンをお礼を言いながら右耳につけました。スマートホンを半分、美月の方に寄せて。


 ダンジョン探索者は、ソロでもパーティでも国内海外数ある会社のどこかに所属している事。ダンジョンの登録番号は総ての会社に通じていて、そのダンジョンを一番先に攻略した探索者の所属する会社の頭文字が付けられること。一度攻略したダンジョンでも、時間がたてばラスボスが回復して、再度攻略可能な事。それらのことを、美月は昨日の動画を見ながら黒崎先生に説明しました。今まで気になっていたことがあって… と、質問されたから。


「彼女、凄いですね。魔法って、呪文を唱えないといけないのでしょう? なのに、こんなに矢継ぎ早に術がだせるなんて。若いのに… センスですかね?」


 画面の中のアイが配信を切ると、黒崎先生は感嘆の溜息をつきながら美月を見ました。


「あ、その、彼女はスキルを使っているんです。前もって呪文を唱えておけば、必要な時に合言葉一つでその魔法を発動できるんです。彼女は防御呪文をいつでも発動できるように、ダンジョンに入る前に用意していて… 2~3回分は」


「なるほど! でも、彼女はよほどこの格好… は、ギャルでいいのですよね? 好きなんですね。キャンディも可愛らしい」


「はぁ…」


 ニコニコとご機嫌な黒崎先生を見て、美月は溜息しか出ませんでした。


 ロリポップは、魔法の杖の代わり。魔法を使うと頭も体も疲れちゃうけれど、飴の糖分で補給できるから、一石二鳥ではあるんだよね。爪だって、魔法のアイテムだし。


「あ、先生、バス停過ぎちゃいました」


 何気なく窓に視線を向けた時でした。降りるはずのバス停が後ろに流れて行くのを見て、美月は慌てて降車ベルを押しました。



 揃ってバスを乗り過ごして、揃ってバス停1つ分歩いている時も、ダンジョンの話が止りませんでした。その内容の殆どが、黒崎先生からの質問に美月が答える形。その方が変な緊張をしなくてすんだので、美月はとっても助かりました。


「僕もいつか、ダンジョンに入ってみたいですね。… ああ、ダンジョンの入り口はあんな風で?」


 とってもご機嫌な黒崎先生が指さしたのは、隣り合ったマンションの狭い隙間の奥。日が差し込まない狭くてうす暗い道の奥に、ぽっかりと穴が空いていました。


「野良ダンジョン!」


「え? 野良?」


 思わず出た美月の大きな声。その声に驚いた黒崎先生の背中をグイグイ通して、美月は先きを急がせます。


「出現したばかりのダンジョンは安定していないから、いつモンスターが飛び出して来てもおかしくないんです。早く逃げましょう」


 野良ダンジョン! やった! 初めて遭遇した。まだ誰も足を踏み入れていないダンジョン。入りたいけれど先生がいるし、ギャルの恰好じゃないし… よし、撒こう!


 そうと決めたら、美月は走り始めた黒崎先生の後ろから距離を取り始めて、スゥゥゥ… と大きな家の影に隠れました。そこから黒崎先生がどんどん走って行くのを見届けて… 大急ぎです。

 リボンタイを緩めて、スカートの丈をウエストでクルクルと膝上まで巻き上げて、鞄からルーズソックスを出して履きます。ロイヤルミルクティー色のカツラを被って、簡単なアイメイクにリップ。メガネを外すのは諦めました。カラーコンタクトを忘れたから。もちろん、ロリポップはくわえます。

 さっきの通路に戻って、蜃気楼のように揺れて不安定な入り口の前でスマートホンを構えます。住所が分かるような映り込みが無い事を確認して、「ライブ配信を開始」の文字をタップして「アイ」に変身です。


「ボーン! アイだよ! 緊急! 緊急生配信!! 初めて野良ダンジョンに遭遇したよ!」


 画面はダンジョンに向けて。だって、いつも以上に酷い仕上がりだから、顔は絶対に映せません。


「とりま、カルミア社登録番号S10568アイ、未登録ダンジョンに入ります! どんなモンスターが出て来るか分からないから、視聴は自己責任でよろ!」


 言いながら勢いよく飛び混もうとした瞬間、ゴブリンの大群が押し寄せて来ました。


「ちょえ! 私の女神様は今日も羽ばたいてるんだから!「アテナの驀進」」


 宙にロリポップで「T=ツма(キ」(たつまき)と書くと、一番手前、アイの目の前に来ていたゴブリンが一気に吹き飛びました。


「ギャッ!!」


 その後ろも、またその後ろも。アイの出した竜巻に、ゴブリンは体を切り刻まれながらダンジョンの奥に戻されて行きます。吹き飛ばされながら。


「やばたにえん! 今日、パギャルだから、魔力がイマイチ」


 ゴブリン相手なのにこれぐらいだなんて。魔法の威力が全然ない。今この子達を出しちゃったら、一般人に被害が出ちゃうのに。ああ~、せめてカツラじゃなくって地毛ならもう少し魔力が出たかな? でも、髪をギャルふうに巻くのは抵抗あるし。学校だからマニキュア出来ないし。でもでも、今の私はあげみざわだもん!!


「かわちぃ鋏は大蟹しか勝たーん!! 視聴は自己責任でよろ!!」


 アイはロリポップを口に入れて、ポケットから出したリップで宙に「'`(+彡」(はさみ)と書くと、リップが大バサミになって、ゴブリンを切り刻んでいきます。


 勢い任せでズンズンと進んでいったら、ダンジョン全体が大きく揺れました。私だけじゃなくって、ゴブリン達も立っていられないぐらい。


「閉まっちゃうかな?」


 ダンジョンの何処かが崩れている音が聞こえる。安定していないから、異空間に吸い込まれちゃう。その前に出ないと。


「あ~ん! もう少し探索したいのに~!くやドリューだけど、やばたにえんだからソクサリ!「サルタヒコの靴!」」


 美月は半ベソをかきながらリップで壁に登録ナンバーとハンドルネームを殴り書きして、脱出呪文を発動させました。ズっ! と、真上に魂が引き上げられる感触に目を瞑ると、今まで気が付かなかった血の匂いが襲って来ました。ガン! ガン! ガララララ… と今までで、ひときわ大きな音が聞こえました。


「うぅ… 脱出呪文の重力、マジパネェ… キモッ」


 たった数秒の事なのに、アイはしっかり気持ち悪くなりました。苦手なんです、この呪文が。カツラを引きずるように外して、狭い路地にうずくまって呼吸を整え始めました。


 コンクリートが良く冷えていてサイコーに沸いた。


「哀川さん! ああ、ここにいたんですね。良かったです見つかって。具合、悪いのですか?」


 黒崎先生、探しに来てくれたんだ。… スカートはともかく、ルーズソックスが気付かれませんように。


 黒川先生が一生懸命に背中をさすってくれているのに、美月はそんな事と


 今のダンジョン、次はどこに出るかな? 名前書いておいたから、瞬間移動で入り込めるかな… 試しに、放課後やってみよう!


 なんて、こんな事を思っていました。吐き気と戦いながら。


 哀川美月16才。彼女は小さい頃からの夢、『ダンジョン探索者になること』を叶えた女子高生なのです。

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