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ギャル・ダンジョン生配信で今日もあげみざわ
三間 久士
現代ファンタジー現代ダンジョン
2024年07月12日
公開日
60,397文字
連載中
 二十数年前、現実世界の様々な場所に突如としてダンジョンが出現した。ダンジョンの最終ボスが倒されると、特別なアイテムが手に入った。このアイテムはエネルギー、工業、軍事など様々な分野で使用可能で、そのため世界中の国々は競うようにダンジョンを攻略していった。しかし、貴重なアイテムほど危険も伴う。命を落とすこともある。各国は出来るだけ安全に、そして効率よくアイテムを回収するために、組織を作りダンジョン攻略に取り組み始めた。
探索者は国が管理する会社に登録をする事が義務化され、探索者達の為の保険、給料、アイテムによってはボーナス、福利厚生等を整え、ダンジョン生配信用の特別なスマートホンと携帯電波塔を開発した。これによって、安定した生配信が可能となった。会社は生配信の際の費用を持ち、広告料とアイテムを回収する。アイテムは自社で使ったり他社に売ったりした。また、生配信はそのまま活動記録として会社にも自動配信、記録され、探索者の管理やダンジョン内の新たな発見にもつながった。ダンジョンは一度クリアしても時間の経過とともにモンスターや最終ボスが復活することがあるので、何度もチャレンジすることが出来た。時にはダンジョン内が変わったり、モンスターのレベルが上がったり下がったりすることも、最終ボスを倒した時に手に入るアイテムが変わることも。また、ダンジョン内の変化もモンスターの復活もなくなった『デス・ダンジョン』もあった。そんなダンジョンは、テーマパーク等の商用利用として活用した。その場合、一番早く見つけた会社が権利を持つ。それらの全ては、生配信で確認できるのだ。そして、探索者達によるネットでの生配信で、徐々に人気職業として世界中で流行するようになった。

カルミア社登録番号S10568アイ・本名『哀川美月』16才は、『ダンジョン探索者』という小さい頃からの夢を叶えた女子高校生だった。
美月は生徒会の風紀委員を立派に務め、キッチリと制服を身につけ、長い黒髪をキッチリと三つ編みにして、丸いフレームの眼鏡を愛用。非常に真面目でまさしく『模範となる生徒』だった。けれどそんな彼女が誰にも言えない秘密が、『ダンジョン探索者』だと言う事。ダンジョンに挑む美月は最強の魔法使い。ギャルの恰好でギャルの言葉で呪文を唱え、杖の代わりにロリポップや口紅を振り回す。それは誰にも知られたくない秘密だった。

第1話 今日も元気に配信スタート!

第一話『今日も元気に配信スタート!』


 強張った顔の前で構えるのは、使い込んだスマートフォン。深呼吸は大きく2回。初夏らしく透明感のある青のジェルネイルで飾った指先は、カタカタ震えながら「ライブ配信を開始」の文字をタップします。その瞬間、彼女は「変身」しました。


「ボーン! ダンジョン配信者のアイだよぉ」


 瞬時に作った笑顔で、アイはスマートホンの画面に向かって手を振ります。


『ボーン!』『アイちゃんボーン! 今日はどのダンジョン?』『今日も中途半端な盛れw乙』『リップ、良い色~』『肩だしチュニックかわ』『ダンジョンに白! 怖いもの知らず』『はよ、ダンジョン』『白ギャルw』…


 一斉に書き込まれる大量のコメント。

 アイは企業に登録しているダンジョン攻略者です。ライブ配信は会社への報告にもなっているから、映したくはないけれど自分の姿も定期的に映さなきゃいけない。アイにはそれが一番憂鬱なのです。ダンジョンに入るのは大好き、配信するのも嫌いじゃないけれど。


「ちな、下はこんなんよ」


 笑いながらスマートホンを下に向けると、画面に映ったのはダメージデニムのショートパンツと、厚底のスニーカー。けれど、それは一瞬だけ。すぐに画面の角度を戻して、ずり落ちたピンクのショルダーバッグを直しつつ、書き込みのチェック。


『生足、シロっ!!』『ほそっ!』『巻きあまあま~』『髪の色はいい』…


「あざす、あざす。髪の巻は確かにダメンディーですわ。でもでも、今日のリップはコーラルピンクにしてみた。プルいっしょ? コンタクトは、ヴェルの新色のローズクォーツだよ」


 ロイヤルミルクティー色の前髪を左手で上げて、アイはスマートホンを少し寄せます。


『分かった分かった、ダンジョンはよ』『ギャルは後で。ダンジョンに入って』『ダンジョンダンジョン』…


「OKまる水産。んじゃ、質問ご意見は後ほどね~」


 スマートホンから顔を外して、周りをゆっくりと映していきます。左右どこを映しても木、木、木… 花は無くって木。茶色と緑。


「今日は登録番号S205の、探索者初心者さんにお勧めの古いダンジョンだよ」


 ピタッと止まったスマートホンの画面には、ぽっかりと口を開けた大きな岩。アイ10人分は余裕で飲み込める大きさです。


「まさしく『ザ・ダンジョン』て感じだよね~。では、カルミア社登録番号S10568アイ、登録番号S205のダンジョンに入りま~す」


 アイは左手を高々と上げて元気に誓言すると、躊躇することなくスタスタと岩の大口の中に入って行きました。



 ダンジョン地下二階。魔法の光の玉が、アイの頭上の少し先をフヨフヨと浮いています。その光を頼り進むアイの足は慎重そのもの。少しでも気を抜いたらズルっと行きそうだから。

 記憶だと、このダンジョンは岩で構成されていて、滲みだしている地下水が岩肌を覆うツタや下の方のコケを育てていました。だから、足元はゴツゴツしているし滑りやすかったのです。前回までは。


「1年でだいぶ変わっちゃったな~。見えるかな? ツタもコケも枯れちゃってるよね。緑色のこれ、何だろう? ニュルニュルしていて、スライムみたい。マジキショい。前はここまで歩き辛くはなかったんだよ~。それに、追い風だからまだマシなんだけどさ、生臭いの。マジきしょい」


 アイはショルダーバッグから一本のロリポップを取り出します。白い棒にキラキラの指を添えて、青と白のマーブル模様の丸いキャンディをスマートホンの画面に向けました。包み紙はバックの中へ。


「ミント味~。もち、イチゴミルクもあるよ。でも、ダンジョンの匂いって独特なものがあるから、ミント系のアイテムは必須だとおも。ミントが嫌いじゃなかったら、マジお勧めだよ」


『飴よき』『歯磨き粉』『そんなに臭いの?』『なんでそうなった?』…


 書き込みを読みながら、アイはロリポップを口の中に入れます。途端に、スッとした爽やかな香りと味が口の中に充満して鼻へと抜けて、心の底からホッ。


「チョ~、スッキリ! マジ、ミントしか勝たんわ」


 ニッコリとご機嫌のアイは、口の中でコロコロとロリポップを転がしながら、慎重に進み始めます。


「『なんでそうなった』て? 私にも分からないって。それに、虫や小さなモンスターが居ないの、なぁぜなぁぜ?」


 ダンジョン中での生存が難しくなって外に出た? 一か所に集まっている? ダンジョン内の食物連鎖が狂った? 


「食物連鎖の最下層は植物が光合成によってつくる有機物。次にその植物を食べる草食動物。次に肉食動物。死体はバクテリアによって分解… その最下層の植物がここではコケやツタだったけれど… ここまで来ると跡形もないなぁ。剥き出しの岩だけ」


 アイは完全に自分だけの世界に入り込んでいます。二本目のロリポップを口の中で転がしてブツブツ言いながら、スマートホンに壁や地面だけでなく、天井やごつごつした岩の隅の隅まで映しながら進んでいきます。

 小さな芋虫にすら出会わず、地下三階まで下りた時でした。あと少しでこのダンジョンの最深部に着くところで


「ヤバめ?」


 風向きが変わって、皮膚にチリッとした感触。その瞬間、進行方向の奥から通路いっぱいに広がった炎が襲って来ました。


「ちょえ! とりまの「シールド・アテナ」」


 右手のスマートホンと左手のロリポップを目一杯伸ばすと半透明の盾が現れて、襲って来た炎が左右に分かれました。


 やっぱり、防御魔法は前もって呪文を唱えて、いつでも発動できるようにしておくのが正解。今日のストックはあと一つだけど。


 アイはロリポップを口の中に戻してホッとしつつも、今まで以上に慎重に奥へと進みました。



 このダンジョンの最深部は、体育館ぐらいの大きな何もない広間。入り口の岩陰に身を潜めてそっと中をのぞくと、大きな赤黒いドラゴンが暴れているのが見えます。


「マジ! このレベルのダンジョンにファイアードラゴン?! ダンジョンレベル、バグってない? ってか、あのグループ、ちょーヤバめじゃん。魔法使いに学ランの剣士に… 何か派手な人。フレイムブレスで逃げ場なくなっちゃって、あのパーテーつんでるし」


 ドラゴンの足元に倒れ込んでいる三人の影を確認。アイは驚きながらも、サッと髪をゴムで縛って、ショルダーバッグからアームバンドを出してスマートホンを腕に固定します。次にロリポップをもう2本。1本は口の中に追加、もう1本は右手の指に挟みました。


「みんな、人命救助を最優先にするね。ここから突っ込むから画面のブレはメンゴ。とりま、秒で終わらすわ。「シールド・ヤヌスの門」発動!」


 ロリポップで空中に「シ→ルド」と書くと、アイの前に前後に顔を持つ神が現れて、走り出したアイの前を風のように進んで消えました。同時に、広間に飛び込んだアイめがけて炎の塊が襲って来ます。間髪入れずに空中にロリポップで「囦繭」(水繭)と書くと、水の触手が現れて炎を包み込んで水の繭になりました。アイはその中央に向かって、舐め終わったロリポップの棒を投げつけます。一直線に走りながら。


「バースト!!」


 アイの声と同時に棒が繭の表面についた瞬間、熟れた果実が種を飛ばすように、繭が中から弾け飛んで水が広間全体に飛び散りました。その水で火が消えて、一気に湿度が上がります。

 アイはドラゴンの前で止まると、グルグルと唸りながら口の端から炎を吐いているドラゴンに向かって


「ソクバッキーのハグでガン寝してね」


 コーラルピンクの唇からチュッと投げキッス。

 ドラゴンの頭上に真っ暗な穴が空いて、二本の黒い腕がズルンと出て来ました。その腕はドラゴンを絡めとると、黒い霧を撒き散らしながらどんどん縮小していきます。


「ギャォ… ギャォ…」


 ドラゴンは激しく身をよじったり翼を動かしたりするけれど、その腕は少しも緩みません。そして、あっと言う間に、最後は真っ黒なガラス玉になりました。コロンと足元に転がった黒いガラス玉と、それより二回りほど大きな赤い水晶が出現しました。赤い透明な水晶の中には、メラメラと燃え盛る炎。アイテムゲットです。


「今日はこれにておわで~す。他の探索者さん達は映せないし、救助するし、メイク崩れパないし、こみこみでこのまま配信おわにしちゃうよ。メンゴ! あざまし~」


 アイは素早く配信を切ると、すぐに倒れている三人の所に駆けよって行きました。


 アイ、カルミア社登録番号S10568! ダンジョンを愛する探索者です。

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