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13-4

【7】


「さて……鞄選びか」

「きょ、京極さん……これアドバイスしない方が上手く行くんじゃ」

「そ、それは駄目だ!頼られたからにはやらねばならない」

 店で鞄選びをする田中達を見守りながら京極と粳部が問答を続けている。半分の確率で間違えてしまう京極の権能。どことなく役に立たない雰囲気のする彼らしい不確かな権能。二分の一の確率に頼るくらいであれば恋愛のプロに任せた方が良さそうなものだが、ここにそんな者は居ない。

 京極が無線の内容に耳を傾ける。

「秋に山辺でも行こうと思うんだ。でも軽量な鞄がなくてね」

「おお、山辺かあ。山辺って何があります?」

「歴史博物館。バスと徒歩で長時間だけど行く価値はあるよ」

「中々興味深いですね。俺、歴史の成績だけは良かったんですよね」

 楽し気に話をする田中と中田。そのままでも何とか話ができているではないかと思う粳部だったが、暫くして彼女が常人と乖離した性格であることを思い出す。

「それは暗記科目だったから君でも出来たってだけでしょ?実に君らしいよ」

「そ、そんなに記憶力に自信はないかと……」

「勉強は暗記すれば行けると、何でもシンプルに考えてひたむきに走り続けたわけね」

「……どうも」

「褒めてないよ、何とも愚かで君らしいね。そういうとこが好き」

 貶した後に褒める。まるでDVのような手法だが別に悪意が込められているわけではない。彼女という人間はそういう方法でしか喋れないというだけで、彼はそういう彼女に心惹かれている。蓼食う虫も好き好きと言うか、破れ鍋に綴じ蓋と言うべきなのか。

「でさ、これどうかな?中々軽そうだけど」

「ああ、生地的に軽そうですね。ありじゃないですか?」

「本当?じゃあこれは選ばない」

「選ばないんかい」

 ここまで来るともう面白いが、翻弄されている田中の心労は察するに余りあるものがある。何とかポイントを稼いで交際まで持ち込みたいところだが、底知れない彼女の心情を読み取るのは中々に骨の折れる話だった。

 中田が一つのリュックサックを手に取った後、ショルダーバッグを手にして持ち上げて見せる。

「これとこれ、君はどっちが好きかな?」

「んー……ちょっと考えさせて」

 田中はそう言うと耳元の無線をコツコツと叩いて京極達に助けを求める。彼女の性格からも考えて、どっちかが正解でどっちかが不正解なのだろう。確率は二分の一であるが、京極のアドバイスを行う権能も二分の一の確率で当たるわけである。

 京極は片手に持った水晶玉を睨む。

「……リュックサックだと囁いてる。リュックサックだ」

「それ信じて良いんですか……」

「二分の一なら当たったも同然だろう!」

「人の恋路でギャンブルしないでください!」

 当たるか外れるかは誰にも分からない。この場に居る粳部と京極は彼女の趣味趣向を知らず、肝心の田中は分かっているのかいないのか答えに困り助け舟を求めている。唯一心を読める藍川は沈黙を携えていた。

 それを聞いた田中が半信半疑で行動に出ると、リュックサックの方を指さした。

「こ、こっちの方が良いんじゃないですかね?」

「……センスが良いね」

「……あれっ?」

「でも君にセンスを求めてないの……私はダサいショルダーバッグが良い」

 またも二択が外れてしまい、中田のテンションを下げてしまう結果となった。再び頭を抱える粳部と唖然とする京極。藍川は面倒くさそうな表情で緑茶を啜っていた。女心と言うか、中田の特殊な精神性は常人には理解し難い。

 京極がしおしお顔でリンゴをかじっていた。

「……いつもはもっと当たるんだ」

「ギャンブラーみたいなこと言わないでください……」

「彼女ほど外面の悪い女はそう居ないな」

「くっ……それでも、彼らは互いに運命の相手なんだ」

 アドバイスについての精度は低いが、運命の人を当てる権能は絶対に間違えることのない百パーセントの精度なのだ。これだけは絶対に変わらない。京極はそこに関しては絶対の自信を持っていた。

「そもそも、何で運命の人なのにすれ違うんすかね……運命なのに」

「もし互いに向き合い、共に生きたいと思えば全ては上手くいくさ」

「……つ、都合よくはいかないと」

 出会いさえすれば何もかもが上手くいき誤解なく分かり合える。そんなことはあり得ない。二人の歯車が噛み合うまでは時間が絶対に必要で、京極にできることはそんな二人を引き合わせることだけ。二分の一しか当たらないアドバイスは頼れないのだ。

 二人を粳部が見つめる。

「出会わなかった歯車を出会わせるのが私の仕事」

「嚙合わせるのは当人の仕事……ですか」

「強制された愛など嫌だろう?とは言え、私もお節介を焼いてるが」

 それでも、放っておくことができなかった。それは京極の良心かそれとも後悔か、どちらにせよこの仕事をやり遂げないことにはどうにもならない。最後の仕事として、田中と中田の仲を取り持たなければ。

「口を出さずにはいられねえわけか」

「……まあ、そうだな」

 京極の見せた寂しげな表情を粳部は見逃さず、その奥にある感情について思考を巡らせる。彼がどうして碌に稼げない占い師として人々を引き合わせているのか、その背景について考える。彼女は彼の個人情報の資料を殆ど読んでいない為に事情についてはあまり知らないが、それでもそこに拭いきれない悲しみがあることだけは分かっていた。

「……運命の人と別れるケースってあるんすか?」

「出会ったばかりの時、噛み合う前に別れることはあるな」

「癖のある食べ物みたいなもんだな。慣れた先にある物を観られるか」

「ブルーチーズとかっすか。良い例えですね」

「おう。尤も、俺は食べ物の味がよく分からないがな」

 あまり笑えないジョークに引きつった笑いを返す彼女。司祭流のジョークなのだろうが、普通の人間からすれば嫌な気分になるだけの寂しい話だ。何も知らない京極は頭にハテナマークが浮かんでいるのか無反応だった。

 その時、京極が無線からの音声に耳を傾ける。

「おっと、放置していた」

 田中達は依然として店内で買い物を続けており、バッグの売り場からベルトの売り場へと移っていた。田中の買い物かごには先ほどのショルダーバッグが入っており、今度はベルトを二人で見比べている。

「うーん……どれも今着けてるボロいのよりは良い」

「田中君の絶望的なセンスの見せ所だよ?」

「そんなセンスは見せたくないですね……」

「私は君がどんなに憐れな格好でも隣に立ってあげるよ」

「あーそれは喜ぶべきですかね……?」

 田中が指を無線機にコツコツと叩こうとする前に、先に京極が反応する。

『波の柄のベルトだ!』

「……お、俺は好きだけど……これはちょっと」

「ん?何か言った?」

「い、いや……何でもないです。これとかどうです?」

 京極のアドバイスに難色を示す田中だったが、迷った末に観念して波の柄のベルトを選ぶ。それを見た粳部が慌てた。

「ダサっ!私が言えたことじゃないですけどダサいです!」

「だがそうしろと私の権能が言っている!」

「一度も当たってないじゃないですか!?」

 二連続で二分の一の確率を外し、事態を悪化させているのだからそのアドバイスを見過ごすことはできない。二度あることは三度あるとも言い、このままではこのデートが失敗して最悪の結末になってしまう。

 だが、粳部達から離れた場所に居る中田が笑顔になった。

「ハハハッ!君らしい趣味の悪さ!それだよそれ」

「あんまり嬉しくない……」

「君のそういう素朴でセンスのない所が良いんだよ」

「……まあ、それならこれを買います」

 田中はベルトを買い物かごに突っ込む。どうしてその流れで買うんだとツッコみたくなる粳部達だったが、どういうわけかアドバンスが上手くいった。三度目の正直で大喜びしている中田の思考は誰にも理解できない。ただ一つ分かっていることは、二人が楽しそうだということだけだった。

「……そ、そんなことってあるんですか」

「よし!当たったぞ!」

「まるで馬券を握しめてるみたいだな……」

 絶妙に信用ならない京極のアドバイスが三度目にようやく当たったのだ。そういう反応にもなる。表が二回出たコイントスで次に裏が出る確率は三割強というところ。起こりえないわけではないが、よくもまあこの流れで当てたものだ。

「この調子で当て続ければ何とかなるだろう!流石私!」

「だから人の人生でギャンブルしちゃ駄目ですって……」

「勝てばいいんだよ勝てば」

「だから駄目です!」

 その時、粳部は背後の誰かから肩を叩かれる。彼女は藍川かと思って後ろを振り向くが、そこに居たのは見知った顔、と言うより見知った仮面だった。粳部が予想外の人物の来訪に驚く。

「あれっ?谷口さん!?」

「お前達、何を油を売っている」

「油ってよりは……恋愛運かな?」


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