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13-3

【6】


「それで……彼が最後のお客さんですか」

 ショッピングモールの中、粳部と藍川の視線の先には京極と依頼者の男が居た。賑わう楽し気な周囲と相反する様子の依頼者。見た目からして恋愛が大得意ではなさそうだが、緊張した面持ちで目をキョロキョロしている。

「あの京極さん……この方々は?」

「……まあ、私の弟子ってところだ。キューピッドとして人々を結ぶ手伝いをしている」

「ど、どうも……キューピッドで、です」

「おい、こいつのノリに乗らなくていいぞ粳部」

 京極が組織に恭順するかどうかは、目の前の彼の恋路が上手くいくかどうかに掛かっている。粳部は何となくそんな感じがしていた。これが恋愛専門の占い師としての最後の仕事。全くの部外者である粳としても成功を願っていた。

「よろしくお願いします……田中です」

「そう、この名前すらも冴えない彼が今日!付き合わないかと提案するらしい」

「全国の田中さんに謝ってくださいよ京極さん」

「な、なるほど……そのサポートをするのが仕事ですか」

「彼は二十四時間のアドバイス対応を依頼してきた。不慣れな田中君に助言すればいいのだ」

 そういう風に言えば簡単なお仕事。だが、恋愛はアドバイス通りにやって上手くいくものでもない。理屈を抜きにして話が進んで行く恋愛は、時にアドバイスが傍から見れば正しいものであっても逆効果になることがある。そもそも、アドバイスが正しいということもそうないのだ。

 京極が田中の背中を押す。

「臆するな!耳元の無線でアドバイスは聞ける」

「でもそのアドバイス……」

「大丈夫当たる!女性には優しくするんだ!」

「毎回頼りないアドバイスだらけじゃないですか!」

 そう言いつつも田中は歩き出し、フードコートのガーデンチェアに座る。デートの相手はまだ来ていないようで、肩が上がってしまっている彼が周囲をキョロキョロと見渡していた。まるで高校生のようだと思う藍川だったが、傍の粳部はその様子に激しく共感を示していた。

「彼、私の恋愛グッズよく買ってくれるんだ」

「あの詐欺まがいの奴ですか……」

「最近は数量限定で恋愛ハーブティーも売ってる。部屋のプランターで育てた」

「そ、そりゃ数量限定ですよ……ね、値段は?」

「一杯三十円だ」

「騙したいのか慈善事業なのかハッキリしてください……」

 効果はともかく、良心的な価格をしていることは事実だ。部屋のプランターで育てたというのが物悲しい哀愁を漂わせている。

 粳部達が誰か田中の下に来ないかと思っていると、田中の胸ポケットの携帯電話が振動し取り出すと応答する。電話の主に心当たりがあったようで、誰なのかもよく確認せずにすぐに携帯電話を開いていた。そんな彼の背中に近付く誰かが居る。

「田中です!」

『ああ田中君、私だけどさ。今ショッピングモールで迷っちゃってさ』

「えっ!?何か目印になる物はありますか?迎えに行きます」

『目印になる物は……』

 緊張気味の田中に誰かが歩みを加速させていく。そして、その人物は彼の耳元へ背後から顔を近付けた。

「君だよ」

「うわっ!?……中田さん」

「お待たせ。元気してたかい?君は遠くからでも一目で分かっていいね」

 田中が振り返った先には長い黒髪の女性。少しミステリアスの雰囲気な容姿に対し、無邪気に彼をからかう茶目っ気を見せている。夏場に相応しい涼し気な服装をしている彼女だが、長い黒髪と半開きの目がその底知れなさを醸し出していた。

 遠くで京極が話を始める。

「彼女は過去最大の強敵と言っても過言ではない……」

「何だか……か、カッコいい人ですね」

「田中と中田ってそんな適当な……」

「だが癖の強さがな……見ていれば分かるぞ」

 苦虫を噛み潰したような顔をする京極。占い師としての最後の仕事に相応しい強敵だと彼は言うが、彼女はまだその片鱗しか見せていない。彼を悩ませる問題はここからだ。

 田中達の会話に耳を傾ける三人。

「そんな目立ちますかね……俺?」

「雨に濡れた子犬みたいで可愛いよ。それか溺れかけた虫」

「えっと……犬の方でお願いします」

「その虫を選ばないプライドの高さが良いよね。惨めでさ」

「ハハッ……」

 運命の相手に罵倒まがいのからかいをする中田と、それを言われて苦笑いしつつも喜んでいる田中。遠くからそれを見ていた藍川達はシンプルにドン引きしていた。そうせざるを得なかった。これはあまりにも遠い道のりだ。

「……運命の人に罵倒されまくりってどういうことです!?」

「か、彼女はそういう性格なんだ……悪意があるわけではないんだが」

「あいつ……あれで平気なのか」

「破れ鍋に綴じ蓋って言うだろう……彼、マゾだから半分喜んでいるんだ」

「……世の中広いっすね」

 世の中には想像も付かない性格の人間が溢れている。世界の半分は普通の人間でも、もう半分は変人が占めているものだ。笑顔で酷いことを言ってのける相手を堕とすというのは中々に骨の折れる作業だろう。

 彼女が田中の向こう側の席に座る。

「君みたいなのはそう居ないからね。見ていて飽きないなあ」

「な、中田さんも何をするか分からないから飽きないよ」

「……私はそんな面白い物でもないよ。君の趣味の悪さが伺えるね」

 突然突き放すように真顔になってしまう中田。彼女のペースが何とも掴めない田中は冷や汗を掻きながら、膝の上の手を強く握る。京極が言い当てた運命の人だというのに、相手の田中はどうにもタジタジだった。

 沈黙の後、田中が助けを求めて耳元の無線をコツコツと叩く。その音が京極に届いた。

「よし、アドバイスだな」

「でも、どうアドバイスするんです?」

「そりゃこいつさ」

 そう言うと京極は衣装の布を捲ると懐から祭具の水晶玉を取り出す。彼の権能は運命の人を見つけることと、恋愛のアドバイスをすることの二種類。運命の人を教えるだけでなくアフターサービスも充実しているのが京極の一番の売りだ。

 水晶玉が薄っすらと光った。

「……コーヒーの話題を振れ!私の神がそう囁く」

「こ、この権能さえあればあらゆる恋愛を成就できるっすね」

「……そう都合の良いことがあるのかねえ」

 怪訝な表情をする藍川をよそに、京極は地面に置かれた紙袋からリンゴを取り出すとかじり始める。権能を使った後にリンゴをかじらなければならないというのは目立って仕方がないが、過酷な弱点の司祭達と比較すればマシな方だろう。

 無線の入った田中が行動に出る。

「そうだ。コーヒーでも飲みます?」

「コーヒー……あれを飲む輩は好きになれない。特にわざわざ挽いて淹れる奴は」

「あー苦いのは嫌いだったり……?」

「田中君。手間をかけて挽くなんて幼稚だと思わない?カフェインじゃなく自分に酔ってる」

「コーヒー好きに親でも殺されたの?」

 思わぬ辛辣な反応が飛び出し困惑を隠せない田中。遠くで見守る粳部と京極は頭を抱え、嫌な予感のしていた藍川は浅く溜め息を吐いた。どう考えてもそのアドバイスは外れていたのだ。

「駄目じゃないですか!よ、よく分からない理由で切れてます!」

「……そ、そういう日もあるよね」

「どういう日ですか!」

「じ、実は……アドバイスについては当たる確率が五割なんだ」

 まさかのまさか、当たっているかどうかは五十パーセントという微妙な精度なのである。コインを投げて表か裏が出るか、ババ抜きの最後にババか普通のカードが出るか。これはそういう話なのだ。

「じゃあ、半分は外れるかもってことですか!?」

「そうなる……」

「読んだ感じ、それが原因でデート失敗になってるな。何回か」

「最低じゃないっすか……!」

 リンゴが喉に詰まって胸を叩く京極。

「とは言え……それでも半分は当たるんだ」

「そりゃどんな賭けだって当たるか外れるかの二択ですよ!」

「あの二人の為にも……ここで間違えるわけにはいかん」

 会話する二人を京極が見つめる。その目には、適当な占い師とは違う熱があった。矜持やプライドでもない鋭い何かが彼の中で光を放っているのだ。そして、今それが何かを知っているのは藍川だけだった。

「例え運命の相手でも……結ばれるまではすれ違うものだ」

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