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13-2

【4】


「で、鈴先輩どうしますか?」

「どうもこうも、まずは話さないと分からんだろ」

「権能使えばすぐ済む話ですよね……」

 まあ、粳部が言うことが概ね正しいのだが、権能をむやみやたらに使おうとしない彼はしばしば妙なことをする。彼女からすれば理解できない話だが、これも彼にとっては必要な遠回りだ。占い師の待機列まで二人は進むと彼が立ち尽くす。

『さて、急ぎなんだ。前いいかな?』

「ええ、いいですよ」

「はい」

 彼がそう言った瞬間に二人の女性は立ち上がり、粳部と藍川に席を譲ってその場を去っていく。彼は何も気にせずに深々とパイプ椅子に座り、粳部は何故席を譲られたのか疑問に思いながら浅く座った。

 席を離れていた女性たちが突然足を止める。

「あ、あれっ?……何で私」

「えっ?譲るつもりなんて……んん?」

 自分が二人に席をあっさりと譲った理由を考える彼らだったが、その答えは彼らの中にはない。長い間列に並んで占いを待っていたというのに、たった一瞬で今までの時間と苦労が水の泡になったのだ。そして、それは自分の意思のようで自分の意思でない。

 粳部が藍川のしたことを遅れて理解する。

「権能使いましたよね?ズルですよ」

「本人は自分の意思でやったつもりなんだ。セーフだよ」

「どういう判定なんすか……」

 順番待ちをするのが面倒だからという単純な理由で待ち時間をすっ飛ばし、こうしてすぐに自分達の番が来ようとしている。そんなことをせずとも遠くから心を読めば問題自体は解決するだろうに、変な所で無駄なことをする藍川の心は彼女には分からなかった。

 占い師の男が藍川を見る。どういうわけか水晶玉の隣にはリンゴが乗った籠があった。

「お次、お急ぎの君だ」

「ああ、そりゃどうも。是非知りたいものでね、運命の人が誰か」

 その相手は姉だろうと思う粳部だったが、それを占い師の口から聞きたくはなかった。そのことを他人から言われてしまうのは、彼女としては我慢ならないのだ。とっくの昔に分かっていた、どうにもならない現実をもう一度見せつけられることは拷問でしかないのだから。

 彼女の表情は藍川に見えない。占い師の前の椅子に彼が座った。

「それでは初めまして、私は占い師の京極。君の名前は何かな?」

「藍川だ。高名な占い師が居ると聞いて遥々やって来た」

「……当てよう。君は多分東京……葛飾から来たね?」

「いや違う。八王子だ」

 ドヤ顔で断言した占い師だったが占いは完全に外れている。恋愛の占いの成果から司祭ではないかと思われた占い師の京極ではあるが、どうやら完全無欠の占い師というわけではないらしい。そもそも、占いというのは根拠のないでまかせだ。

 気を取り直して占い師が話を続ける。

「エホン……それでは、運命の人を知りたいのかね?藍川さん」

「そうだ。色々女に困っててな」

「嘘ばっかり」

「黙っててくれ粳部」

「どうやら連れに互いが苦労してるみたいだね」

 藍川が適当な話をして占いをさせようと試みる。粳部としても占いがどういうものかを体験したい為、結構乗り気で観戦を楽しんでいた。とは言え、その半分は良い気持ちではない。彼が司祭なのか、どういう権能なのか。ハッキリしない状況は心に悪い。

「良いだろう。君の運命の人をピタリと当ててみよう」

「昔、あんたみたいな奴がアメリカに居たっけな」

「へえ、私のような才能を持った人物が他にもか」

「詐欺師でな。テレビ番組で噓を吐いた結果、妻子を殺された」

 突然圧を掛けてきた彼に視線が行ったり来たりしていた京極だったが、気を取り直して話を続ける。仕事中に彼は一体何をしているのかと思う粳部だった。

「……あー占っていいかね?」

「ああ、是非やってくれ。誰でもいいから」

「鈴先輩もうちょっと真面目にやってください……」

「よし、占うぞ占うぞすぐ占うぞ。はあ!」

 声量に驚いて覗き込んでいた粳部がのけぞる。お祓いかとツッコみを入れたくなるような一声の後、京極は水晶玉に両手をかざして目を閉じた。何かに集中している様子の彼を二人が見つめていると、次第にゆっくりとその目を開いていく。

 運命の人がハッキリしてしまうことにおののく粳部。

「彼女は……世界中を転々としてる。自由ではなく、どこにも馴染めないだけ」

「名前だけ言って終わりじゃないのか」

「で、どんな人ですか?」

「何でそんなに食い気味なんだお前」

「……彼女は君と会ったことがある。そう、今年だ」

 今年という単語を聞いて反応を示す粳部。世界中を任務で転々とし、今年に再会を果たしたという点では今のところ当たっている。一番最初に出会ったのは学生時代だろうというツッコみは入るが、人間という生き物は淡い希望に弱い。

 それに、姉ではない可能性が上がっているのだ。

「彼女は基本的に陰気で……戦いを強いられていた」

「それで何です?」

「側に居てくれる人を求めてる。だが、自分から拒絶してしまった」

 今のところ、上がっている情報は彼女と言えなくもない。あやふやだから誰にでも当てはまりそうなものでもあるが、彼女は信じずにいられないのである。しかし、まだ京極は名前を言っていない。

「彼女の名はグレイマン・コスカ」

「誰だよっ!?」

「おい馬鹿言うんじゃない!」

「教えろと言ったのは君だろう……」

 呆れつつも京極はテーブルの上にあったリンゴの山から一つを掴むと、それをかじって食べ始める。どうしてこのタイミングで食べるのかとツッコむべきなのだが、それをするべき藍川と粳部はそれどころではない。

「誰ですその人!?お姉ちゃんでもなくて誰っ!?」

「いや覚えるようなことじゃない……さっさと忘れろ粳部」

「目が泳いでますよ!」

「それはさておき、京極弓彦あんたに話がある」

「露骨に話逸らした!」

 予想外の人物の名前が出て顔を青くする藍川。とんでもない機密が思わぬタイミングで流出して冷静さを失ってしまうのは仕方がない話だ。彼女からすれば自分か姉かという勝負だったのだが、未知の第三者のエントリーは勝負をうやむやにしてしまった。

 藍川が軌道修正を図る中、京極がリンゴをかじっている。

「占い後にリンゴをかじるのが弱点か。ちょっと知的だな」

「……弱点だって?」

「本題だ。少し派手にやり過ぎたからな、少し今後の身の振り方について考えて欲しいだけだ」

 彼の口ぶりに身構える京極。わざと脅すような意地の悪い口調をする彼を見て、少し情緒不安定が過ぎるのではないかと粳部だったがそれを言葉にすることはなかった。実際は敢えてそうしているというのが半分、意図せずそうなってしまったというのが半分だった。

 藍川が立ち上がり彼を見下ろす。

「……どうやら今日は早めの店じまいのようだ」




【5】


「以上が説明になります。何か質問は?」

「……大事になったものだな」

 京極弓彦の部屋、壁が薄そうなアパートの二階で今後選ばなくてはいけない二つの選択肢が説明された。説明を行った蓮向かいの職員一人と、ちゃぶ台を挟んだ向こう側で考え込む京極。粳部と藍川の二人は壁際でそれを眺めていた。

 物が少ない整頓された空間ではあるが、アパートがあまりにも古く劣化が進んでいる為にそこまで綺麗に見えない。壁も台所の蛇口も汚れ錆び、昭和からずっと変わらずに建ち続けていることを無言で語っている。どう見ても家賃の安い部屋に住み続けているのは収入が少ないからなのか。まるで下積み中の芸人のようだと粳部は思っていた。

「占いの司祭。権能は運命の人を当てることと恋愛のアドバイスを行うことか」

「上手くやれば億万長者になれそうですね」

「生憎、金に興味はないものでな」

「まあ、ずっとスーパーで働いてるくらいだからな」

 隠していたことを指摘されてしまい京極が面食らう。ずっとバイト生活をしている占い師というのは中々格好がつかない。身に着けている衣装は古典的な占い師というデザインをしているが、所々煌びやかでミステリアスな雰囲気を醸し出している。イメージと実態がかけ離れているというのは占い師にとって大問題だ。

「ぐっ……そ、そんなことはない」

「……で、でも凄い庶民的ですよ……ここ」

「あ、敢えて執着を捨てた生活をしているのだ。人を救うのに自分が救われる必要はない」

「それは諸説ありなんじゃねーのか……」

 誰かを救う者自身が救われている必要はあるのかないのか。真剣に議論にすると夜が明けそうな話題だった。現在時刻は二十時、陽が沈み空が藍色に包まれた世界にはまだ昼間の熱気が残っていた。遠くで虫が鳴く夜、カーテンを揺らす僅かな風がほんの少しだけ気温を下げる。

 その時、京極が机の上の缶ビールを取ると玄関へ歩き出す。粳部達はそれを追って部屋を出た。

「……占い師を辞めるか、組織の下で働くか」

 彼はそう寂し気に呟くとプルタブを引きビールに口を付ける。司祭であるが故に碌に味がしないだろうにそれを音を鳴らしながら飲み干すと、アパートの廊下から藍色の街を見下ろしていた。酒のつまみは夜景というわけだ。

 背後で粳部達が佇む。

「その……人の恋愛を後押しするのはどういう理由……ですか?」

「……ふむ、迷える子羊に道を示すのは力を持った者としての役目だ」

「……ああ、そういうわけか」

「あっ、鈴先輩心読みましたね」

 人は言っていることと思っていることが別の生き物だ。その真意を読み取ることができるのは藍川達だけ。いくら拒否しようと鍵は開いているのだから入り込むことは容易だ。

 京極が慌てる。

「えっ、彼心を読めるのか?」

「おい言うなよ粳部……」

「……秘密が駄々洩れか。勘弁して欲しいな」

 京極が再び夜景に目を向ける。

「普通に生きていて運命の相手と出会える者は少ない。寂しいじゃないか、そんなの」

「……街中で、すれ違うこともないと」

「ああ、誰だって分かり会える人を求めているのだから。私はその手伝いをしないとな」

 京極は真剣な眼差しで夜の暗がりを見つめ、缶の底に残っている僅かなビールの残りを飲み干した。彼は人を騙す占い師ではなく人を導く為の存在。自身の利益を重要視しない、いわゆる慈善家だ。

「……組織に入るかどうか判断を下す前に、最後の仕事をさせてくれ」

「ふうん、あの効果ない恋愛ブレスレットの在庫処分か?」

「あ、あれは私の力作だ!風水的に効果がある筈だ!」

「風水って恋愛と関係あるんすか……?」

「自分の嘘を信じたわけか……ハハハ」

 慈善家とは言え、馬鹿であることは変わりないのである。

「……明日、一組のカップルを成立させたい。それが最後の仕事だ」

 キューピッドに休日はない。

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