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9-6

【8】


「目が覚めたか?」

 意識を取り戻した瞬間、粳部の胸に腕が突き刺さる。認識すらできない再生の司祭の一撃で彼女は血を吐き、腕が引き抜かれた隙に海坊主に壁へ腕を伸ばさせると彼から離れた。いつの間にか意識が消えており突然の状況に困惑する粳部。彼女は自分に何があったのかを考える。

 その時、海坊主が反乱し彼女を蹴り飛ばす。

「ぐえっ!?こいつッ!」

「天に見放されたな!」

 咄嗟に彼女の背後に回った再生の司祭を手刀で切り裂く。しかし、彼の傷はすぐに再生し粳部へと間合いを詰めると、重いジャブを何発も放ち内臓や骨格を破壊した。粳部はすぐに鎖を作ると再生の司祭の首に巻き付け、振り回して地面に何度も叩きつける。

 しかし、彼はそれを引き千切ると逆に鎖で粳部を引き寄せ、その頭を拳で破壊する。

「がひっ!?」

「いくら何でも不死身が過ぎるぞ!」

 粳部はショックで今までの出来事を思い出す。こうやって、彼女は何度も殺され続けてきたのだ。粳部のスペックは決まっておらず常にランダム。故に相手に傷一つ付けられないこともあり、運が良ければ一撃で倒せることもある。しかし海坊主が何度も敵に回り、運悪く力が出ない状況。正に最悪だ。

 粳部の傷が治るもよろけた隙に跳び蹴りをくらい、彼は滞空している内に回し蹴りを繰り出す。彼女の骨が砕ける。

「これで三十一回は致命傷を与えた。俺はこんなに再生できない」

「はっ……はっ……」

「だがよお、肝心のお前の精神が追い付いてねえみたいだなあ!」

 粳部の瞳孔が震えている。ここまで殺されたのは粳部としても初めてだ。度重なる痛みと死、感覚が麻痺しているというのに耐え切れない程の苦痛が彼女の脳を焼く。いつものようなスペックが出ればこれ以上殺されることもないのだが、力が出るかどうかは神のみぞ知る。

 彼女の精神が限界に近付きつつあった。

「追い付いて……な、なかったら何ですか」

「体より先に心を壊せば、例え不死身でも楽勝じゃねえか。んぅ?」

「……そ、そんな」

「元来、人間は不死身の体なんて非対応なんだよ」

 先に心が壊れてしまう。粳部には自分の考えを突き通す気の強さがあるが、その分心は折れやすい。目的を諦めることはできないが、別に苦しみに強い耐性を持っているわけではないのだ。謎の不死身の力と感覚の麻痺のおかげで戦えているだけで、彼女の心が強靭になったわけではない。

 粳部の脚がすくむ。

「海坊主!」

 震える声でそう叫ぶも、彼女の影から現れた海坊主は突如として彼女を放り投げる。何とか空中で姿勢を直したものの再生の司祭はすぐに間合いを詰め、腕を交差して守る粳部の腕を貫く。そのまま彼女の首を掴んで絞めると首の骨を折り始める。

「がはっ……ぐっ!?」

「あと何回死んだら壊れんのかな?なあ!」

 どうにもならない現実に絶望しつつも、薄れゆく意識の中で人攫いとの戦いのことが脳裏に過ぎる。彼らが使っていた手榴弾と発煙弾のことを思い出した彼女は、咄嗟に自分の足下の影から手榴弾と発煙弾を作り出す。それに気が付いた再生の司祭がそれを蹴飛ばすが、そこで生じた隙に粳部が首の手から脱した。

「小賢しい手を!」

「んんっ!」

 その手の中に発煙弾を作るとピンを引き抜き、爆発的に煙が広がり何も見えなくなる。彼女は更に発煙弾を作るとピンを抜き周囲を煙で包み、周囲が見えなくなると走ってその場を離れていった。もう彼女は当に限界だった。戦える程の精神状態ではなかったのだ。

 煙の中を駆けて行く。

「はあ……はあ……!」

再生の司祭に見つからないような遠くまで、任務のことなど忘れて逃げることしか考えていなかった。人はそう何回も死んでまともでいられる生き物ではない。死にたくないという想いで一杯だった彼女は走り続け、廃墟の中にあったロッカーに隠れうずくまる。

「……」

 何も考えたくなかった。久しぶりの戦いの恐怖が彼女の全てを塗り潰さんとしていた。




【9】


「お姉ちゃん、もうテレビ観てないよね?」

「ん?ああ、映画は観終わったからね」

 そう言って粳部来春はビデオテープを箱にしまい込む。それは遥か昔の記憶。夏場のリビングを覗き込む中学時代の粳部と、テレビの前に佇む来春。うっすら聞こえる鈴虫の鳴き声とテレビの騒音、その場所には彼ら二人しか居ない。

 粳部がテレビ前のソファに向かう。

「音夏も一緒に観れば良かったのに」

「私そういう頭おかしい映画観ないから……」

「酷い言われ様だなあ」

 来春が持っているのは有名なサイコホラー映画。彼女がリビングでそれを観ていた為に粳部は近寄ることができず、彼女が映画を観終えるのをずっと待っていた。そして、ようやく自由にテレビを観られる時間を手に入れられたわけだ。彼女がチャンネルを変える。

「普通のホラー映画にしてよ……」

「僕はそこまで幽霊に惹かれないんだ。面白味がないと言うか」

「……頭おかしい人のオンパレード観たってつまんないじゃん」

「追い詰められた人や社会の業を観るのはそれなりに楽しいよ」

 そんなことを言われたところで、粳部からすれば現実のニュースを観ていれば同じようなものを観られるではないかと考えていた。観ていて苦しくなる映画を自分から接種する人間の気持ちは彼女には分からない。それよりも未知へのロマンを追う方が楽しかったのだ。

「それに意外と熱いシーンもある」

「んなの普通のホラー映画にもあるっての……」

「……昔は心霊番組観て一人で寝られなくなってたのによく言うよ」

「そりゃホントに子供だった時でしょ」

 中学生の今も十分子供だと言いたげな視線の来春だったが、敢えてそれを言うことはなかった。チャンネルが切り替わり丁度やっていたホラー番組が映る。少し大きなソファに深々と座りそれを鑑賞し始める粳部と、彼女の背後に近付きソファに引っ付く来春。それは一般的な家族の団らん。

「音夏、若い内に新しい物に触れた方がいいよ。年を取ると億劫になるから」

「何その年寄りみたいな忠告」

「色んな物を受け入れることも大切だって話さ。音夏は友達が少ないから……」

 余計なお世話だという顔でテレビ画面を観る粳部。番組は合成のような合成でないような心霊写真を取り上げており、真偽のほどは定かではないが粳部はそれを楽しんでいた。人にもよるが、年を取るほど新しい物を受け入れられなくなっていくと言う。子供の内から頑固であることはあまり良いことではない。

 後ろから彼女の頬に触る来春。

「でも見慣れたジャンルを観るのは堅実な手でしょ?」

「それはそうだね。好きなジャンルなら外れは少ない」

「……何が言いたいの」

 来春が優しく頭を撫でていく。その仕草はまるで泣く子をあやすような優しい動きで、粳部の不機嫌な表情は次第に大人しくなっていった。姉のことが苦手な粳部ではあるが、こうして相手のペースに乗せられれば逆らえなくなってしまう。

「絶対に外したくない時は慣れてよく知った手に限るよ。常にギャンブルはできない」

「……ギャンブル」

「音夏、君はどうしたい?」



 目が覚める、というより意識を取り戻す。粳部は自分が狭いロッカーに閉じこもっていることを思い出し、再生の司祭に追い詰められていることも思い出す。そして、隠れたところで逃がしてくれる相手ではない。

「……酷い夢」

 そんなことを呟いた時、彼女の頭上を再生の司祭の腕が貫く。生きた心地がしなかった粳部はロッカーの扉を蹴り飛ばして外に出ると、後ろに引き下がった彼と対面する。もう同じ手は通用しない。手榴弾も発煙弾も二度は使えない以上、ここからは別の手を取るしかない。

「逃げるな!それでも男か!」

「どう見たって女でしょーが!」

「俺に男女の違いは分からない。全員攫って売り捌くだけだ」

 再生の司祭にまともな精神は備わっていないが、その戦闘の才能は本物だ。健全な精神は健全な肉体に宿ると言うものの、その言葉はそもそも願望でしかない。司祭の力は万人に平等に与えられる。どんな老人だろうと、どんな悪人だろうと。

「そうやってあなたは何人殺したんです!」

「三百六十六人だぜ。お前で三百六十七人だがな」

「几帳面だなあ!」

 駆けだす司祭。彼女の心を折る為に襲い掛かる怪物は、再びその拳を振るおうとする。

 しかし、二度も上手くはいかない。

「堅実が一番だよ、お姉ちゃん」

 いつだって、泥臭いやり方が一番の近道だ。粳部が彼に手をかざす。

層展乱雷そうてんらんらい!」

 瞬間、周囲に放たれた法術の電撃が再生の司祭を襲い足を止めた。その隙に粳部は駆け出すと結鎖けっさで光の鎖を作り彼に向けて投げ、その片腕を縛り上げると再び手をかざした。

「順光!」

「こいつ法術使いか!?」

 粳部は今まで数々の法術を見てきた。他人が使ったものも自分が受けたものも、それら全てを近くで見てきた。ならばそこに使えない道理はない。天才的な法術の才能を持つ彼女であれば見た法術を再現することも可能なのだ。

 光が粳部の周囲に集まり、順光が発射される。再生の司祭は直撃を受けて体が少しずつ摩耗していく中、結鎖を無理に引き千切ると順光を避けて彼女へ走り出す。

「まだやるか女ァ!」

「海坊主なんて要らない!法術があればっ!」

 順光を連射するも彼は躱し粳部の懐に入ろうと走る。しかし、それは粳部の間合いに入ったも同義。再生の司祭にとって未知の攻撃手段が待っている。彼の足元が光り始めた。

「単芯漆柱!八連続!」

「なっ!?」

 足元から生えた八本の単芯漆柱に彼が飲み込まれ拘束される。本来、単芯漆柱は司祭を拘束には向かない弱い法術だ。しかし、無理やり八連続で使うことで数秒の足止めができる。ほんの少し、それだけあれば事足りる。

 単芯漆柱が壊れ中から司祭が飛び出した。

「こけおどしかよ!」

「もちろん」

 大気に抑えきれなくなった法力が迸り、粳部の前に集まる光の玉は既に臨界だった。粳部に出せる百パーセントを超えた最大出力と、残る全ての法力を可能な限り込めた一撃。海坊主に左右されない、粳部が本来持つ全ての力。これが妥当で堅実な安牌。

「これが五百パーセントの順光」

 戦闘向きではない法術で司祭を倒す為、無茶と限界を超えた順光が放たれる。今までの法術と次元の違う一撃が再生の司祭の全身を焼き、その表面を焦がしていく。彼の権能によって徐々に再生していくもののなお焼き焦がし、彼の背後の壁には大きな穴が空いていた。

「はあ……はあ……」

「て、てめえ……急に勢いを取り戻しやがって」

「互いに……しぶといですね……」

「ああ、だがこれで……!」

 体を再生しつつあった司祭を、壁を破って現れた谷口が横から殴る。不在だった筈の彼が現れたことに驚く彼女と、全身の骨を砕く拳に動揺する司祭。彼は地面を転がり何とか体勢を立て直すと谷口を見据えた。

「谷口さん!?何でここに!」

「ラジオが援軍を要請していた。俺が一番速い為、急いで来た」

「助かります!」

「二対一は流石に勘弁だぜ!」

 走り出す司祭が谷口に接近し拳を繰り出すも受け流され、膝蹴りを受けるも傷を治しながら足を踏ん張る。その瞬間、再生の司祭の体の結晶が更に生えると緑色に輝き始め、司祭第三形態に到達する。それは土壇場で到達した新たな姿。

「司祭第三形態!今の俺ならァ!」

「軽々しく人を捨てるものじゃない」

 再生の司祭が全力で殴り掛かるも、ようやく瞬殺されないレベルになっただけでしかない。受け流され殴られ徐々に追い詰められていく中で、次第に再生速度が追いつかなくなっていく。そんな中、谷口が彼に片手をかざす。

五結漆柱ごけつしっちゅう

 法術が発動し五本の赤い柱が生えると、再生の司祭を取り込んで拘束する。その法術は三伝漆柱を強化した完成形、限られた熟練にしか使えない拘束系法術の頂点。その強化された効果は相手から体力と法力を大幅に奪い去っていく。

 谷口が助走を付けて柱を蹴り飛ばし、疲弊した再生の司祭が地面を転がる。

「こいつも天才かよ!?」

「褒めてどうする」

再び接近戦に持ち込む再生の司祭。谷口は相手の動きを見切りジャブを受け流していくがその刹那、僅かな勝機を見つけた再生の司祭が彼の腹に拳を叩き込む。思わず谷口が後ずさりしたその時、気配を消していた粳部が走り出す。

「結鎖!」

 彼女が光の鎖で司祭を捕らえ投げ飛ばすと、鎖から放たれた途端に彼女へ向かう。粳部は立ち止まり順光を放とうと腕を構えるが、先ほどよりも速くなった彼がラリアットを叩き込む。もう粳部の法術では敵わない域に達していた。

 テンションのおかしくなった司祭が叫ぶ。

「今更法術が効くか!」

「でしょうねえ!」

 その刹那、再生の司祭の腹に大きな穴が空く。穴を通過する一本の矢は粳部の胸すらも貫き、その先の壁どころか床すらも貫通して飛んでいく。射ったのは再生の司祭の後ろに立っていた海坊主。粳部は既にその怪物を忍ばせていたのだ。

 司祭の足が止まり、形態変化が解けて全身の光と結晶が崩れていく。

「……お前、法術で戦うんじゃ……なかったのか」

「敵の言うこと信じてどうするんです」

「そりゃ……そうだな」

 そして、再生の司祭は打ち倒された。


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