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9-4

【6】


 両者の間に緊張が走る。突然の奇襲に驚いたのもそうだが、男の言ったある単語に三人の注意が一番寄せられていたのだ。ギョロ目、そして藍川に傷を付けられるのは司祭。藍川とラジオには既にある考えが浮かんでいた。

 崩落した天井の上、三階から彼らが見下ろしている。

「奴の権能は全てを貫通する弓矢だ。もう一人は高い再生力の権能」

「おいおい、うちのスポンサーみたいな奴が居るぞ……バレバレだ」

「まあ、バレたところで射殺せばいいだけ。ごめん」

「……スポンサー?」

 ラジオが納刀した刀を引き抜き始める。

「ギョロ目って言ってましたが、犯罪ほう助のあのギョロ目ですか?」

「ギョロ目だけじゃ分からない……出目金かもしれない。ごめん」

「だから犯罪ほう助のって付けましたよねえ?」

「ラジオさんあの人変ですよ。語尾も変ですし……」

 弓の司祭は語尾に必ずごめんを付けて喋るが、それ以外の点でも彼は色々とおかしかった。その隣に居るもう一人はまだ話が通じそうではあるが、いきなり攻撃する男の仲間なのだからまともな筈がない。

 権能を使った藍川が反動のダメージで頭を抱える。

「ッ!はあ……はあ……こいつらギョロ目から派遣されてきた。あと、もう一人居る」

「す、鈴先輩!もう心読まないでいいですから……落ち着いて」

「……もう一人?」

 その時、硬質な足音が周囲に響く。暗がりから現れた男は感情を見せない足取りで進み、影から足を踏み出すと立ち止まる。他二人とは雰囲気の違うその男は圧倒的な格があり、ただそこに居るだけで粳部はその圧に当てられて身動きが取れなくなる。別にそれは彼の権能などではなく、彼女が感じ取っているイメージの影響である。

 彼を見たラジオが目を見張る。

「カバラ・クマラですあれ!」

「えっ……ご存知なんですか?」

「カバラ……指名手配の戦争屋か。記録では紛争中に行方不明だと」

 男の名はカバラ・クマラ。少し浅黒い肌をした男はブーツをコツコツと鳴らしながら、ラジオ達の会話が終わるのを律儀に待つ。それは別に彼が優しいからなどではなく、単純に異常な男が気まぐれを起こして様子を伺っているだけである。

 優しい男が戦争屋なんてやる筈がない。

「俺が戦いの中で死ぬとでも?」

「司祭が戦い以外で死ねるかよ」

「そりゃそうだ。ごめん」

「カバラ、こいつ商売仇か?」

 藍川の鋭い視線を受けても平常運転の二人とカバラ。単純に考えて司祭が三人で戦力が拮抗しているが、両者共に相手の最高戦力の実力を把握できていない。自身の弱さを自覚している粳部とラジオは内心焦り、藍川はどう勝つかを考え始めた。

 カバラが床に転がっている人攫いの姿を見る。

「なあ、そいつら返してくれないか。こいつらを手伝うよう言われてるんだ」

「例のギョロ目の指示でか?」

「よく知ってるな。金払いが良いんだ奴は」

「悪いが今回はノーギャラだ。年貢の納め時でもある」

 人攫いを自由の身にさせるわけにはいかず、猛威を振るった戦争屋を野放しにはできない。長年行方不明になっていた彼をここで逃がしては、次に遭遇する機会が分からない以上あまりにも危険過ぎる。彼が原因で亡くなった蓮向かいの職員も居るのだから。

 粳部とラジオが構えを取る。

「気を付けてください。奴の等級は推定でΩです」

「お、Ωの司祭ですか!?」

 それはつまり、谷口や映画監督と同格の司祭ということ。グラスの上を行く正真正銘司祭の頂点。並大抵の司祭ではどうにもならずΩ+の藍川でなければ対処ができない。何が起きるか分からない粳部であればある程度戦えるだろうが、彼女が正体不明である以上結果は分からない。

 つまり、藍川が頼りだ。

「お前は強そうだから、ギョロ目がボーナスくれるかもな」

「俺があいつを叩く。二人は残りを」

「はあ……私は一応後方支援担当なんですけどね」

「それでも、やるしかないわけですよ……」

「……さあ、行こうか」

 遂に始まる。最強と頂点の戦いが。

『祭具奉納、老いた眼が見るのは二人』

『祭具奉納、崇めたてるは筒路の此岸』

『ツーソン・ツーマン』

搦目心中からめしんじゅう

 祝詞が唄い上げられ祭具が現れる。藍川の指に指輪がはめられ、カバラの頭にカウボーイハットが被さる。走り出す両者が近付いていくと、突然藍川が消えカバラの横に一瞬で移動する。しかし、それは藍川がやったことではなく本人も驚いたような顔をした。笑みを浮かべたカバラが至近距離からその手で触れようとする。

「どうだ!」

 しかし、心を読める藍川に不意打ちが通じる筈がない。自分の位置を動かされたことを事前に読んでいた彼は、すぐにその腕を掴むと押しのけ片手で顔を殴りつける。カバラの反撃の拳を避け受け流しながら、手のひらで触れられることを避けて攻防を続ける。

 そんな中、弓の司祭が誰も居ない方向に矢を放つ。

「これはどうだ!」

 再び瞬間移動した藍川の下に丁度矢が向かうが、彼はそれを見て避けるとカバラの下に向かっていく。

「ちっ、化け物か。ごめん」

 弓の司祭がそうぼやいた刹那、背後から振るわれた刀をのけ反って回避する。宙に跳び上がった粳部は鎖を作ると鞭のように彼に振り下ろすが、弓の司祭は転がりながらそれを避けていく。それを追おうとするラジオだったが背後から迫る再生の司祭の拳を刀で受け止める。

 着地する粳部が彼女の下へ向かった。

「ラジオさん!」

「弓は私が相手します!粳部さんはあっちを!」

「了解です!」

 何発も放たれる矢を前に海坊主を出して防ごうとする粳部。しかし、全てを貫通する弓は守りを無視して貫き、奥の壁すらも貫いて飛んでいく。粳部は体に刺さったままの一本を引き抜いて、横から殴りかかって来た男の拳を海坊主に受け止めさせる。何故貫通しなかったのかは誰にも分からない。

 粳部の傷が治っていく。

「傷が治るのか、俺と同じだな!」

「一緒にすんなあ!」

 再生の司祭の軽いジャブを受け流しつつ殴っていく粳部。彼の足払いを受けて姿勢を崩すも腕から鎖を出すと柱に絡ませ、海坊主に引っ張らせて彼から距離を取る。彼女は柱の陰に隠れて刀を作り出した。

 彼女を追う再生の司祭。

『祭具奉納、ゆきゆきて、その背に残る、赤のひら』

 彼の周囲が光り始めると現れた祭具のジャケットを彼が羽織った。

我天円環がてんえんかん

 藍川曰く、それは高い再生力の権能。祭具を手にして全力を出せるようになった司祭は柱を拳で貫き、その向こう側に居る粳部を殴ろうとする。しかし、その拳に海坊主の拳がぶつかった。粳部は屈んで距離を詰めると逆手持ちした刀で不意を突き斬りかかる。

「はああああ!」

「よくやるよ!」

 彼は間一髪のところでそれを避けると後ろに下がり、海坊主が伸ばした腕を躱しながら距離を取る。粳部は彼に向けて刀を投擲するも当たらず、壁を突き破ってどこかへ飛んでいく。だが、飛んでいく刀の影に潜んで移動した海坊主が影から飛び出し、彼に不意打ちで殴りかかった。

「いけっ!」

「おっ!?」

 海坊主の拳が彼の唇を切って血を出すが、嫌な笑みを浮かべるとその体が途端に光り出す。

「司祭第二形態!」

 再生の司祭の体から結晶が生えたかと思うと赤く光り始め、高まった概念防御が拒絶を始める。彼の傷が自然に治っていくのを彼女が目にした瞬間、圧倒的な速度の蹴りが海坊主に叩き込まれ粳部ごと飛んでいく。壁をいくつも破っていく中で彼女は何度か体勢を立て直すが、そこに跳んできた再生の司祭が間髪入れずに殴り掛かり隙を奪っていく。

「ぐえっ!?」

「面白い!どっちが音を上げるか勝負だ!」

「するかっ!」

 司祭の足下から現れた海坊主が足を掴もうとするが、瞬時にそれを察知して跳び上がり回避する。だが、既に読んでいた彼女も跳び上がると蹴りを頭に叩き込む。ランダムな威力の攻撃が叩き出したのは圧倒的な破壊力で、地面を砕いて叩き付けられる再生の司祭は首が折れ反対を向いていた。

 予想外の威力に驚愕する彼女。

「あっ!?しまった!」

 普通の司祭であればそれで戦闘不能になっていたことだろう。しかし、粳部の相手は再生の司祭、この程度で死ぬのであれば再生の司祭と呼ばれることはない。男の頭が震えたかと思うと音を立てて首が回転し、元の位置に戻る。そして、口から血を吐き捨てた。

「やってくれるじゃねえか」

「う、嘘……!」

「お前も似たようなもんだろ!」

 駆け出し彼女の下へ突っ込む再生の司祭。粳部は海坊主に弓矢を作らせると彼へ放とうとするが、突如反旗を翻した海坊主が彼女を何発も射る。

「なっ!?こんな時に!?」

「何か知らんが行くぞおお!」

 畳み掛けるように彼の拳が粳部の下腹部に突き刺さり、そのまま上に切断される。頭ごと真っ二つになった彼女の意識もプツリと切断された。そして、ここから地獄が始まる。


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