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8-7

【11】


「ふむ、二対一か。フェアじゃないな」

「襲ってきた男がフェアとか言いますか」

 その瞬間、司祭の体がぐにゃりと曲がり変形していく。嫌な予感がした粳部は咄嗟に殴りかかるものの、その男だった物を三つに分裂して周囲に飛び散る。そして形を変えて三人の司祭の姿になった。

「なっ!?」

「これで私の有利だ!」

 二人の司祭が鞭を振るって粳部に襲い掛かる。彼女は鞭を器用に避けながら下がっていき、海坊主が彼らに殴りかかると鞭がその腕を払う。粳部は海坊主の腕をより大きく蟹のように変化させると、司祭を一人捕まえる。振り回し地面に何度も叩き付け足止めを行う間、鞭を捨てた司祭との殴り合いを始めた。

「こいつッ!」

 一方、鞭を持った司祭に追いかけ回される設楽は廃工場内を逃げ回っていた。障害物が多いことを活かして逃げ回ろうとするが、突然司祭が分裂したことに動揺を隠せない設楽の反応は遅かった。鞭を何度も避ける彼女だが避けられずに一発鞭を受け、体勢を崩した途端に何発も当たっていく。

「いだっ!?」

「司祭相手はやりにくいよ本当!」

 鞭では短期戦には向かないことを理解した彼は、鞭を投げ捨て直接攻撃に切り替える。設楽がよろけた状態から何とか足を踏ん張った瞬間、司祭が強烈な蹴りを繰り出す。しかし、運が良かったのかギリギリのところで彼女が躱した。そして、彼女はがら空きになった彼の懐に入ると股間を殴る。

「があっ!?」

「おりゃあああ!」

 彼が痛みに悶えて怯んだ瞬間にもう一度股間を蹴り、彼が倒れると何度も何度も踏んで攻撃する。司祭の脚力は人間を遥かに凌駕している為、その一撃は男に想像を絶する痛みを与える。更に、司祭の中でも上位の脚力を持っている彼女の蹴りはレベルが違う。

「おりゃ!おりゃあ!」

 半ばパニック状態の設楽の蹴りが何度も繰り返されていた時、突然踏まれていた男が霧のように消える。ようやく倒せたのかと思った設楽だったが、事はそう上手くいかない。粳部と殴り合っていた男の形がぐにゃりと曲がったかと思うと二人に分裂した。依然として状況は二対三だった。

 驚愕する二人。

「ああ!気持ちよかったよ!」

「きもっ!?」

「どうなってんすか!」

 海坊主がその大きくなった腕を振って戦うも、司祭の肘打ちで簡単に破壊され泥のように飛び散っていく。自分に迫る二人の司祭の連撃を受け流し戦う粳部。彼女は一人の脚を払うと姿勢を崩し、全力で拳を叩き込んで爆散させる。しかし、そこでもう一人への注意が薄れたことで手刀が粳部の胸を貫く。

「があっ!?」

「まずは一人だ!」

「そうは行くかな……?」

 粳部が胸に刺さった腕を掴むと、彼女の影から現れた海坊主が膨らみ大型トラックの形になっていく。そして、直立したそれが倒れていく中で自分の身に何が起きるのかを司祭は理解した。暴れて彼女から腕を抜こうとするもその手は離れない。

「し、心中か!?」

「ご明察!」

 粳部お得意の必殺技、自分を巻き込んだ心中攻撃。自身の不死性を利用した大規模な攻撃は相手も自分も確実にダメージを受けるが、不死身の粳部だけは再生することで無傷になるわけである。重傷を負うことによる精神的な負担や、自身の不死性がいつまで持つか分からない不安というデメリットもあるものの、シンプルに強い。

 二人が巨大なトラックに潰され爆発と煙が工場内に充満する。設楽の視界はゼロだった。

「粳部!?」

 何も知らない設楽からすれば突如相手と心中した彼女の考えは分からないことだろう。粳部の再生能力を知らなければトラウマレベルの光景だが、粳部本人もそのことを忘れ始めている。慣れは麻痺とも呼ぶのだ。

 煙の中から粳部が飛び出す。

「いっつ……逃げますよ設楽さん!」

「はっ!?な、何で生きて……」

「訳あって不死身!」

 説明が面倒くさいので適当に済ませることにした粳部。設楽はどういうことなのかサッパリ分からなかったものの、説明しないということは何か理由があるのだろうと判断し質問を止める。煙で視界の悪い中二人は走りその場を離れていった。

「多分、あれは敵の数だけ増える権能です!」

「はあ!?相手三人じゃん!」

「つまり、相手より人数が多くなるんですよ」

 対等の司祭の権能『対天使』は相手の数だけ自分の数が増える権能。故に人数は必ず相手より一人多くなる。どんな危機的な人数差だろうとこの権能があれば逆転できる上に、相手がただの人間だったとしても大量の司祭で虐殺ができるのだ。ある意味、最悪の権能と言える。

 二人は走って工場の奥に向かう。

「倒してもすぐ分裂して同じ数になった辺り、一人だけに戻すのは不可能ですね」

「じゃあどうするの!」

「……多分、三人の中に本体が居ます。それを叩けばいい筈です!」

「……根拠は?」

「……訓練マニュアルにありました!これ以外手がないのでそういうことにします!」

 余りにも状況が悪い為に選べる手が限られてきている。情報が不足し作戦を立案しようにも思いつかず、確証のない作戦でも文句は言えない。かなり無理のある作戦に苦虫を嚙み潰したような顔をする設楽。粳部の頼りなさは相当のものだった。

 曲がり角を曲がり一旦止まる設楽。

「勝てる?あいつに……」

「……自信はゼロですが、やらないと駄目なんです……設楽さんはこの隙に逃げてください」

 勝てる勝てないではなく、仕事である以上やらなければならないのだ。一人きりでどこまでやれるのかは誰にも分からないが、何度も痛め付けられ精神が壊れるまでは戦わなければならない。

 そして、彼女の脳内に設楽を頼るという選択肢はなかった。設楽が覚悟を決めた表情をする。

「一つ作戦がある」

「……えっ?」

「粳部が二人を足止めして、私が本体を叩くの」





【12】


「ははは!実にイカれた女だ」

 瓦礫を蹴り炎を消し飛ばす対等の司祭。特に傷を負っていない三人の司祭は瓦礫の山の上で周囲を見渡す。一定のダメージを受けた分身は壊れて本体から再び分裂する為、戦力の損耗はかなり軽微に抑え込まれていた。まあ、粳部の心中には驚かされたが。

「さて、急いで始末するか」

 男がそう言った瞬間、海坊主の伸びた腕が男の腹を貫く。遅れて反応するも既に遅く、鞭のように振るわれる腕によって司祭は何度も叩き付けられる。そして、工場の二階から飛び降りた粳部がもう一人に襲い掛かる。作られた刀を鞭で弾きながら戦う司祭の下にもう一人が援護に向かう。

「虫が掛かったな!」

「その虫に今から噛まれるのは!」

 粳部は側面から迫る司祭に挟まれそうになり、双方からの鞭を作った二本の刀で弾いた瞬間、彼女は咄嗟に跳び上がると刀を捨てて弓を手にする。空中を弧を描くように飛んでいく彼女は弓を引き絞り、二人の司祭が直線状に並んだ瞬間に矢が放たれる。

「どこの誰だ!」

「ッ!」

 手前の司祭が矢をすんでのところで掴み取り、奥の司祭に届くことはなかった。だが、その仕草を見て粳部はあることを確信する。二人の司祭が鞭を捨てて走り出し粳部に襲い掛かると、彼女の出した鎖を躱し交互に打撃を与えて隙を奪う。

「ゴホッ!?」

「一人で来たのがお前の敗因だ!」

 胸を打たれ肺が壊れるものの再生を繰り返し、何とか攻撃を受け流して後ずさりを続ける。しかし、何度も出し続ける鎖が一度も命中せず彼女は追い詰められていった。手刀が粳部の腕を切断し鎖が出なくなった瞬間、男は片手を粳部に向けて構える。

「順光!」

 それは懐中電灯程の太さの光線。攻撃能力を持つ法術は数種類あるものの、そのどれもが司祭に致命傷を負わせられない程の性能。しかし、防御力どころか概念防御があったりなかったりする粳部を貫通するのは容易なこと。彼女の胸に穴が空く。

「まさか……法術を……!」

「勉強は良い……知識は力だ」

 相手の正体を一切知らないが為に起きてしまった悲劇。膝を折る粳部の傷はあっという間に治っていくが、司祭はもう一度順光を使おうとする。近寄れば再び心中されてしまうと理解した彼は遠距離攻撃に戦法を切り替えていた。もう二度と油断しない為に。

「心中はごめんだよ」

「……そうっすか!」

「順光!」

 二度目の順光が粳部の体を貫いた瞬間、粳部がその手から鎖を放つ。それは地を高速で進み男の周囲に落ちていた鎖と繋がり一つとなり、渦を巻くように男を縛り上げた。今まで粳部の放つ鎖が当たらなかったのはエイムの問題ではない。ただ、当てる気がなかっただけの話だ。

 鎖に巻かれた男を投げ飛ばす粳部。

「おらああああ!」

「あの鎖はその為か!?」

「今です!設楽ああっ!」

 瓦礫の中から飛び出した設楽が一人残った司祭に迫る。粳部は矢を放った瞬間に手前の司祭が奥の司祭を庇っていたことに気が付いていた。分身はダメージを受けたところで消えるだけだが、本体が受けたダメージは決して消えない。わざわざ庇ったのならそれが本体だ。

 投げ飛ばされた分身を追う粳部が彼女とすれ違う。

「あれが本体です!仕留めてください!」

『祭具奉納、断ち切り配る鬼の首』

「逃げてなかったのか!」

 少女が祝詞を唄い走ると体がほんのりと光り始め、その手に祭具が握られる。

断頭賛歌だんとうさんか


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