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8-1

【1】


「……この業務、随分と久しぶりにやってる気がします」

「他の地域に行ってばかりだったからな」

 珍しく暑さが和らいだある日、すぐに対応すべき任務がないことから粳部と谷口の二人は担当地域を巡回していた。概怪が発生していないか、未登録の司祭が発生していないか、犯罪が発生していないかをチェックするのも蓮向かいの仕事。こうして情報を集めることで捜査に役立てているのである。

 人気のない住宅街を二人が歩いて行く。

「でも巡回業務、時給高くないですか?」

「捜査はマンパワーが正義だ。情報を収集する職員を増やすには高給が必須だろう」

「まあ、いっぱいお金が貰えるって言われたらやりますか」

 人は単純なもので、簡単に大金を得られるとなるとすぐに釣られてしまう。自分のデメリットが少ないとなればあっという間に飛び付くものだろう。街を歩いて見たものを報告する、それだけで高い給料が貰える楽な仕事。マンパワーを必要とする蓮向かにとって、これほど合理的なやり方はないだろう。

「でも、概怪のことを教えられてない職員は憐れですね……」

「デメリットを知らないわけだが、知ったら誰もやらないだろう?」

「……それはそうですけど」

「異常を感知したら逃げる規約がある以上、問題はない」

 言いくるめられてしまう粳部。実際、巡回の業務を行う何も知らないアルバイター達は事前に説明をされている。彼らは情報収集も仕事であるが、一番重要なのは地域の警戒と警告。概怪や司祭を発見した場合に報告だけを行いその場を離れる。後の事は蓮向かいの戦闘員が始末を行うのだ。

 曲がり角を曲がると遠くに川辺が見える。

「……まあ、まともな組織でないことは確かだ」

「……とは言え、そんなこと私が考えてもどうにもならないんですけどね」

 一介の職員でしかない粳部に組織を変える力はない。職員の頂点である藍川であれば何か口出しができるかもしれないが、様々な合理的なシステムで作り上げられた組織に改善点は少ない。問題のある個所は大幅な技術革新か、または理想論のような解決策がなければ変えられないのだ。

 河川敷の堤防の上から下を見下ろす二人。

「お前の目的は元の体に戻ることだろう。何故余計なことを考える」

「……それは」

 自分の為に戦うことを選んだ彼女が、蓮向かいのシステムについてあれこれ考える必要はない。彼女は自分の体を元に戻す為の資料や研究を行っていればそれでいいのだ。余計なことを考える必要などないというのに、粳部はその感受性の高さ故にすぐ横道に逸れてしまう。

 二人が土手を進んで行く。

「……谷口さんは自分の目的が最優先ですか?」

「……俺はもう、他人のことで熱くなれん」

 男の仮面の奥は見えない。そこに何があるのかを、粳部は知らない。

 そんな時、粳部の視界の端に妙な人だかりが映る。彼女がそれをよく見ると、その謎の集団は河川敷の空き地で集まって一人の人物を取り囲んでいるようだった。賑やかな声が小さく聞こえる中、何の集まりなのか粳部が興味を持つ。

「あれ、谷口さんあれ何なんですかね?」

「さあな。行ってみないことには分からん」

「……じゃあお願いします」

「頼んだぞ」

「何なんですか!」

 自ら行こうとはしない谷口と、人混みを見て抵抗を覚える粳部。どちらも積極的に行動するつもりはなくどうにかして相手に行かせようと睨みあうが、先に折れたのは彼女の方だった。テコでも動かない様子の彼を見て大きなため息を吐く粳部。

「……しょうがないですね」

「仮面を着けた奴が来たら不審だろう」

「じゃあ何で着けてるんですか!」

 そんな目立つ物を身に着けていては行動範囲に支障が出る。おまけに視界も制限されるのだから、メリットなんてほぼゼロだろうと粳部は思っていた。そう、彼女は知らない。彼がそうしなければならないその理由を。

 粳部が土手を降りて人だかりに近付いていく。谷口は土手の上でそれを見守っていた。

「また懐かしい物が出て来たな」

「おっ、これ生産終わってる奴だぞ」

「兄貴何個貰った?」

「六個だな」

 大人も子供も集まる人だかり。粳部は入れそうな合間を縫うように進み、中心に居る人物の下を目指す。周囲で騒ぐ人達はその手に菓子を持っており、一部の大人は中身が詰まったビニール袋を提げている。会話の内容から何かを配っているのだろうかと考える彼女は、騒ぎの中心人物を目撃する。

「はーい次の人!何個欲しい?」

「本当に何個でもいいの?」

「遠慮してる?無限にあるからねー」

 そこに居たのは可愛らしいデザインのバッグを持った少女。彼女は突然、男が持っていたビニール袋に自分のバッグから大量の菓子を注ぐ。バッグの口からこぼれていく菓子で男の袋は満杯になっていき、その中身が袋から落ちそうなギリギリで止めた。

 どう見ても少女の持つバッグの中に収まり切らない量だ。

「えっ?……えっ?」

「す、すげえ!どうなってんだこれ!」

「凄いでしょ!種も仕掛けもございません!」

 少女は得意げにそう言う。粳部はすぐ天才マジシャンによる公演なのかと考えたものの、周囲を見渡して何かがおかしいことに気が付く。周囲の人々が持つお菓子の量を含めると、その総量はダンボール三箱分はありそうなのだ。その量を彼女は一体どこに隠していたのか。

 困惑する粳部に気が付き近寄る少女。

「お姉さんも欲しい?」

「えっ?い、いや……」

「遠慮しないでじゃんじゃん貰って!」

 バッグから無作為にお菓子を掴み取り、少女は粳部に手渡す。拒否権のない彼女はお菓子を受け取り呆然と立ち尽くしていた。何がどうなっているのかが分からない。少女のバッグの中身は減っておらず、掴み取った瞬間にそこから湧き上がっているように見えた。

 底が知れない。

「どういうマジックなんですこれ……!?」

「お菓子なら無限にあるからおかわりしていいよ」

「……本物?」

 彼女は器用に片手でお菓子を持つと、もう片方の手で包装を解いて中身を確かめる。偽物のお菓子で水増ししているのではないかと考える粳部だったが、そこにあるのは確かに本物のお菓子だった。食べてみるとそれは懐かしい駄菓子そのもの。そもそも、偽物で水増ししたところで小さなバッグに入りきらない問題は解決しない。

 少女と同い年くらいの少年が近寄ってくる。

「なあ設楽したら、もう少しくれないか?」

「いいよー減るもんじゃないしね」

「にしてもどういうマジックなんだこれ」

 そう言ってバッグに手を突っ込んでお菓子を掴み取る少年。もう少しくれないかという言葉からは、既に食べ切ったという意味を読み取ることができる。それはつまり、彼女が出すお菓子は本物だということ。実際に彼女はお菓子を無限に出しているのだ。

 懐かしい駄菓子を手に少年が去っていく。

「そ、袖から出していた……り?」

「見ての通り半袖だけど?」

「お嬢さん無駄だよ。その子のトリックは暴けない」

「バッグをひっくり返したらお菓子で周囲が埋め尽くされたんだから」

 種も仕掛けもないというのは言葉通り。本人はマジックと自称し、周囲もどういう理屈かは分からないがまあマジックだろうと認識している。だが、粳部はそれが異常なことであると薄々感じ取っていた。どう見ても非常識の側の存在にしか見えなかったのだ。

 粳部は少女の影にこっそりと海坊主を出し、顔だけを出して少女の背中を観察する。しかし、そこに怪しいものは何もなかった。

「質量保存の法則を無視してる……」

「仕掛けが分かったらお菓子百年分あげるよ!」

 こうなってくるともう選択肢は自然と一つに絞られる。小学生の少女が何人もの大人を騙せる天才的なマジックを披露できる筈はなく、周りが結託したことによるドッキリの可能性はこのバッグの謎を解明できない。あらゆる常識と現実を無視したこの力は、ある存在にしか使えない筈なのだ。

 粳部は少女に近付き耳元に囁く。

「……あなた、司祭ですか?」

 それは大きな賭けだった。一般人に司祭についての情報を漏らすわけにはいかない。しかし、今度に至っては明かさなければ埒が明かないのだ。こんなインチキができるのは世界で司祭くらい。自分の権能を使って無茶苦茶をやっているのであれば、蓮向かいの職員として粳部は止めなければならなかった。

 一瞬驚いた表情をする少女だったが、すぐに元の笑顔に戻る。

「じゃあまた今度ね!」

「ちょっ!?」

 飛び出し河川敷を駆けて行く少女。遅れて反応した粳部が慌てて追いかけるものの、司祭の圧倒的な速度で差を付けられる。土手を駆け上がる背を追うもその間の距離は伸びるばかりだった。

「くそっ!身体能力が……コロコロ変わるから!」

 そして、追いかけっこが始まる。


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