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7-8

【13】


「随分と足が速い奴らだね。どこまで行ったんだか」

「そもそもここどこですか!いくら何でも広過ぎますよ!」

 コンクリートに囲まれた廊下を駆ける粳部と映画監督。逃げるミールメーカーを追って先を急いだ谷口の姿は見えず、二人は出口すら分からない空間を駆け抜ける。どこまで行けば出られるのか、ミールメーカーはどこへ行ったのか。走る二人には状況が分からない。

 その時、曲がり角から映画監督の人形が現れる。彼が人形だけ別行動させていたのだ。

「あっ、戻って来た」

「やはりマンションには繋がっていなかったよ。彼を捕まえるしかない」

「だから鈴先輩と連絡が取れないんすね……」

 耳元の無線で彼と連絡を取ろうとした彼女だったが、その無線は誰とも繋がることなく虚しく響く。そもそも、恐らく地下だろうこの場所の電波状況が悪いのは当然で、コンクリートの壁ならばなおさら悪い。その影響かは分からないものの彼らは谷口とも連絡が取れずにいた。

 ひたすら先に進む二人。

「空間をいじって逃げられたら最悪ですよ!」

「あり得るな」

 彼らが入って来たマンションの部屋は、概怪の空間を捻じ曲げる力によってこのコンクリートの空間に繋がっていた。そして二つの空間の繋がりが切断されてしまい、彼らは元の場所に帰る手段を失い藍川は干渉することができない。粳部達の側から現在地を教えない限り、援軍はここに駆けつけることができないのだ。

 だが、その空間をいじっているのは一体何なのか。

「接近して分かったが、ミールメーカーはただの人間だ。司祭ではない」

「えっ、じゃあこの空間は?」

「彼の裏に居るスポンサーがやっているんだろう。概怪を貸与したね」

 藍川でもない限り、概怪を自らの手足のように操ることはできない。当然普通の人間では彼らの餌になるだけだが、彼は概怪によって守られ逃がされている。生まれた場所から離れず集団行動をしない筈の概怪が何故ここに居るのか。

「今までの犯行もそいつが協力してたり……?」

「第三のビデオ以降は関与しているだろう」

 今まで彼が見つからず犯行を繰り返し、誰の目にも見つからずに潜伏できていたのはスポンサーによる協力が原因なのか。多種多様な概怪を用いて拠点を隠すことができればここまで暴れられたのも頷ける。

「しかし、あくまで彼は貸し与えられただけ。お膳立てしているのは別人さ」

「……概怪を貸与って……あの地区と関係あるんですかね」

「ん?どうし……」

 その時、二人の背後に突然一体の概怪が現れる。気配に反応した彼らは咄嗟に振り返るも概怪の方が一手早く、概怪が両手を組んだ瞬間に二人は別の空間に飛ばされる。粳部が気が付いた時には周囲は鳥居だらけの謎の空間になっており、視線の先に居る人型の概怪が途端に襲い掛かった。

「見覚えがある!あれは『双頭』という名称だ!」

「どういう奴です!」

「目が合った奴を即死させる!等級はΩ!」

「はあっ!?」

 そんな無法な相手が居ていいのかと言おうとした瞬間、急接近した概怪の拳を受ける粳部。途端に全身に目が現れて彼女を見つめ、心臓が激しく鳴ったかと思うと全身から血を吹き出す。彼女がよろめいた隙を突いて追い打ちをかける概怪だったが、咄嗟に現れた海坊主が彼女を抱えて距離を取る。

 そして、代わりに映画監督と人形が前に出る。

「があっ!?駄目です監督!」

「駄目じゃない!司祭第二形態!」

 彼の体から結晶が生えたかと思うと赤色に輝き始め、加速すると一瞬で概怪を蹴り飛ばす。彼は空中で一回転するとそのままも一度蹴り飛ばし、概怪を鳥居に勢いよく叩き付けた。戦う彼はその両目を閉じたままで一度として開かず、再び距離を詰めようと迫っていく。

「な、何で死なないんすか!?」

「私の『目』になっている奴は死んでいるよ!」

「目って……まさか!」

 粳部が横を見るとそこには人形が立っており、概怪を見つめ血を吹き出して死ぬと別の人間になって再び見つめる。これはある種の人海戦術。彼の人形は視界を共有しており、死ぬとただの人形に戻るもののまたコピーして変わればいいだけのこと。映画監督は目を瞑っても開いているのだ。

 第二形態の映画監督の身体能力に追いつけず、翻弄され続ける概怪。粳部も目を閉じると海坊主を操作して戦わせる。

「人形の目を通して見れば無問題!」

「えげつないことを!」

「Ωがこれとは聞いて呆れる!」

 映画監督は圧倒的な速度で懐に入ると何発も拳を叩き込み、その脚を払うと背後に回った海坊主が肘打ちを食らわせる。休む暇を与えぬように彼が概怪を大きく蹴り飛ばすと、海坊主が鎖を飛ばして空中で捕らえた。そしてそのまま振り回すと何度も何度も地面に叩き付ける。

 すると、概怪が大声で叫んだかと思うと二体に分裂した。

「分裂!?」

「逃げるか!」

 映画監督達から離れていく概怪が人形に飛び掛かったかと思うと、その頭を破壊する。人形の目が何かを見る前に壊せば映画監督に視界が共有されることはないのだ。そして、もう一体は目を閉じている粳部に駆け寄ると押し倒し、その両目を無理やり開く。目と目が合えば即死攻撃が何度も炸裂し何度も再生され、自分の意思で止められぬループが始まった。それは、粳部がずっと避けたがっていたことだ。

「がはっ!?がっ……」

「見えない……なるほど考えたな」

「監督さん!」

 だが、映画監督にはまだいくらでも手が残っている。クラスΩ最強の男が普通のΩ程度に負ける道理はない。

「しょうがない、とっておきだ……アリアス・アーティガス」

 彼がそう言った瞬間に人形は女の姿に変わり、概怪を蹴り飛ばすと空中に跳び上がる。

『祭具奉納、Only the罪なき  innocent者のみ can pass通るがいい

 祝詞が唄われた瞬間、映画監督はその両目を開く。あの概怪と目が合えば即死するというのに、彼は少しも構うことなくその両目を開いたのだ。状況の分からない粳部を放ったまま、彼の切り札が切られた。

 女の手に指揮棒の祭具が握られる。

Forgiveness Hill許しの丘

 指揮棒が振られた瞬間、彼女を中心とした半径十メートルの空間が青い光を放つ。すると映画監督が粳部を押し倒す概怪を引き剥がすと放り投げ、女の人形は追い打ちをかけるようにもう一体を蹴り飛ばす。二体の概怪が激突した瞬間、接近した二人が同時にその体を殴り貫く。決着が付いた。

「その権能は半径十メートル以内の、罪ある者の力を無効にする」

 あらゆる司祭の力を使うことができる無敵の司祭。Ω最強は決して伊達ではないのだ。

 周囲の景色が波のように揺らぐと元のコンクリートの空間に戻っていた。概怪を倒したことで元の場所に戻ったのだと粳部は解釈し、死を繰り返したショックでフラフラなものの何とか立ち上がる。等級上ではβ-の粳部に勝ち目はなかった。しかし、ここには一人の最強が居た。

 ただそれだけだ。

「生きてるかい?」

「……ええ、何とかね」

 前へ前へと進む映画監督と粳部。コンクリートの閉塞的な景色は少しも変化せず、二人はどこまでも続く灰色の世界をただただ進む。終わりが見えない無限の廊下に、このまま永遠に出られないのではと焦りを覚え始める粳部。だが、その心配はようやく消える

 突然、二人の視界がグラついたかと思うと戻り、空間の構造が変化する。

「あれっ、急に変わりましたよ!?」

「おや、どうなってるんだい?」

「ああ、お前たちか。合流できたな」

 曲がり角から顔を出す谷口。片手でぐったりとした概怪を引きずって歩く姿は、彼が戦闘を終えてきた証拠だ。

「空間を操る概怪を倒した。やけに広いのはこいつの仕業だ」

「ミールメーカーはどこかね?」

「分からん。だが、出口はそこだ」

 そう言って彼が指を指す先には階段があり、暗く殆ど見えない階段の先に扉があった。彼らは窓が一つもないここが地下であることを何となく察していたが、これでようやく地下だと確信できた。

「あっ!急がないと逃げられちゃいます!」

「片足を傷付けた。これで移動速度を落とせた筈だ」

「ならば急ごうか!」

 三人が階段を駆け上がり、鉄製の扉を開けると外は膝程の高さの草原が広がっていた。月明かり以外に光のない外の世界はだだっ広く、周囲に建物はなく地平線まで草原が続いている。そんな広い景色の中で、片足を引きずりながら必死に歩くミールメーカーが居た。

「居た!ミールメーカーです!」

 粳部が海坊主を呼び出すと腕を伸ばして彼を縛り上げ、地面に押し倒すとそこへ駆け寄っていく。これでようやく彼が手の届く位置にきた。殺人犯を捕まえることができたのだ。ここがどこなのかは誰にも分からないものの、まずは彼を捕まえることが最重要事項だった。

 男を取り押さえる三人。

「もう抵抗しても無駄だ。大人しくしろ」

「残念だがもう幕引きの時間だよ。ここまでさ」

「……ここ、相当な田舎ですよ?どうなってんすか」

 民家の明かりもない山と草原だけの世界。日本であることは確かだがそれ以外のことは少しも分からない。そんな田舎らしい田舎の中に、コンクリートで作られた灰色の建物があった。彼らが出てきたミールメーカーの根城だ。

「ここならどんなことをしていてもバレないわな」

「……ギョロ目め……気味の悪いことを」

「被害者はあの部屋で全部かい?」

「……あの部屋って何ですか?」

 彼女は映画監督の発言を理解できずに困惑する。人形に捜索を行わせた彼はこのコンクリートの建物の中に何があるのかを理解しているのだ。故に、惨劇を知っている。

「ああ、あそこに全員居る」

「人形に捜索させたが被害者を見つけたよ。想定よりも多かったが」

「そんな……多いって!?」

「君のスポンサーは一体何を考えている」

 途中からミールメーカーの殺人はスポンサーの殺人に切り替わっていた。殺人鬼を利用し、概怪を貸与してまで自分の計画を進める謎の存在。この事件は単なる精神異常者による異常犯罪ではない。裏で糸を引く何かが居る。

「君の作品は途中から儀式性を失った。陳腐になったのはスポンサーの影響だろう?」

「……ギョロ目は死体集めしか考えてない。所詮、分かり合えない関係だった」

「死体集めだと?」

「奴の相手はもう疲れた……」

 彼がそう言った瞬間、頭が破裂して吹き飛んでしまう。至近距離で血を浴びた粳部はあまりの事態に理解が追い付かず、恐怖と衝撃から気を失い倒れてしまう。同様に驚愕した谷口と映画監督が彼女に駆け寄る。

「クソッ!証拠隠滅か」

「粳部君!しっかりしろ!」





【14】


「……後味の悪い事件でしたね」

 蓮向かいの基地の地下。危険な司祭を幽閉する区画内にて、映画監督の部屋の前で彼と粳部や藍川と谷口が集まって話をしていた。あれから一日経ち、犯人死亡で事件は収拾したものの謎は尽きていなかった。捜査が終わりこれから映画監督は再び幽閉され、彼らはまた別の事件の捜査を始めることになる。

「スポンサーは分からず仕舞いか。被害者が見つかっただけいいな」

「……あの状態から社会復帰できるのは半分も居ないと思うがね」

「やっぱり、被害者は相当悪かったんですね……」

 粳部が眉をひそめ、その様子を見て彼女から眼を逸らす藍川。彼女は被害者を目撃していない。そして、被害者の状態について一度として教えられていない。何も知らない彼女からすれば、映画監督の言ったことはイマイチしっくり来なかったことだろう。

「まあ……そうだな」

「問題は、死体が部屋から一つも見つからないことだ。正確な被害者の数が判明しない」

「彼はスポンサーが死体集めをしていたと言ったね?」

「……死体集めとは穏やかじゃないな」

 コンクリートの建物内に死体はない。憐れな被害者が並べられた部屋があるだけで、ミールメーカーによって殺されただろう犠牲者は影も形も残っていないのだ。ビデオで確かに証拠が残っているが、肝心の死体がない以上は正確な犠牲者の数は分からない。

 考え込む粳部と様子のおかしい藍川。

「その男は何か言ってなかったか?そのスポンサーについて」

「ギョロ目って……言ってましたね。多分人名っす」

「……ギョロ目か」

「鈴先輩、概怪を操っていたそのスポンサー……あの地区と関係あるんじゃないっすか?」

 概怪を操ることができる司祭など指の数も存在しない。だが、彼らは集団行動などせず人を襲うことしかできない正真正銘の怪物だ。藍川くらいの司祭でなければ制御できず、人前に出ることすらもしようとしない。そんな彼らがただの殺人鬼に貸し出されていたのはどういうことなのか。

「可能性はあるな。そいつが概怪を町にばら撒いているのかもしれない」

「ん?何の話だい?」

「こっちの話だよ。ほら、早く部屋に入れ」

「もう少し外の空気を吸いたかったんだがね」

 そんなことを言いつつも彼は大人しく扉の向こうへ踏み出すと、振り向いて三人を見据える。映画監督の自由時間はここまで。次の仕事が舞い込むまではこの部屋で映画を撮る以外にやることがないものの、それが規則だ。

 不満げな顔でぼやく粳部。

「しっかし、今回は勝手に死にましたけど……蓮向かいって死刑ないんですよね」

「まあな。これでも国々が集まってできた機関だし」

「代わりに終身刑、司祭には冷凍封印刑だ。永遠に氷漬け」

「……都合がいいですけど、複雑な心境っす」

 任務の中でやむを得ず殺害してしまうことはあり、その際は状況にもよるが罰金と始末書などが命じられる。しかし、予め殺害することを前提にした任務は存在しない。蓮向かいはあくまで治安維持と諜報を専門とする機関であり、殺人を行う『戦争』は国連軍が担っている。

 彼らは誰も殺さず、殺せないのだ。

「何だね粳部君、どっちにしろ殺す気だったのかい?」

「そんなわけないじゃないですかっ!」

 彼女の反応を見て笑う映画監督。このメンバーの中で一番人を殺しそうなのは彼だと粳部は思っていた。しかし、実際の彼は決して人を殺さない人物だった。法に従い従順に生きる彼は、自らの権能を使って抜け道を楽しみ合法的に処刑を行っている。だが、本物の人は殺さない。

「どんな刑にしろ、判断するのは法律であって個人ではない。彼は私達が逮捕すべきだった」

「お前にしては冷静だな」

「谷口君、私は法律が好きなんだよ。あれは人間が自分を律する為に作った社会機構だ」

 人が生んだ法は人を縛り、同時に人を守るものである。時代を経るごとにその形を変え賛否両論になることもあるが、それでも存在し続ける法律。それはきっと、遥か未来でも形を変えながら存在していることだろう。

 映画監督は穏やかな表情を浮かべる。そしてそれと対照的な粳部。

「でも、法律は完全じゃないですよ?」

「ああ、改善の余地がある。人間は完全な社会を目指して改良を重ね、前を進み続ける」

「……」

「それは素敵なことだろう?明日は今より良い未来に、希望に満ちていると私は信じてるんだ」

 処刑を愛す残虐な人間であることと、法を破る人間であることはイコールではない。誇り高く純粋な彼はただ人間社会を信じそれを愛することを選んだ。彼は、希望を胸に抱く純粋な心の持ち主なのだ。

 映画監督は部屋の奥へと進み扉は次第に閉じていく。

「……その先に自分の場所がなくてもいいんですか!?」

「その時は、私は人類を信じ幕を引くだけのことさ」

 そして、扉が完全に閉まり二つの世界は完全に隔絶される。映画監督と彼らが再開するのはいつになるのか、それは誰にも分からない。しかし、寂しげな粳部が再開を望むのならば、また遠くない内に会えることだろう。人類を愛す点では彼らは同じだ。

 黙っていた谷口が口を開く。

「実に変な奴だった」

「趣味は悪いが……まあ、誰かを殺すような奴じゃないさ」

「……改めて、何であの人幽閉されてるんですかね」

 彼はこの社会において極めて善良な存在だ。勝手に誰かを罰せず殺さず、ただ法に従って法を執行する。誰も憎まず、人間の未来をどこまでも信じた純粋で熱い男。権能を用いて誰も傷付かないように趣味を楽しむ彼は、粳部からすればそれほど危険な男には見えなかった。

「上層部からすれば内心が分からないからな。俺が心を読もうとすれば、自滅を覚悟しかねない」

「……まあ、そうですよね。鈴先輩以外は心を保証できませんから」

「社会と相性の悪い性質を持って生まれた奴は過酷だな」

「……それでも、あいつは信じることを選んだんだ」

 明日を。


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