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7-7

【11】


「何だって……!?」

「こっちからじゃ見えないんですけど!」

「おい、どうなってる」

「人形の目で見ているが……ミールメーカーじゃない」

 それは映画監督にとって完全な予想外だった。彼はここにミールメーカーが居ると確信していた。彼ならばそうするだろうと確信していたのだ。しかし、その予想は一瞬で裏切られてしまう。

「えっ、駄目じゃないですか!」

「……いや、何か変だ」

 映画監督がそう言うと人形が動き出し、ピザを放り投げると男を部屋から廊下に引っ張り出す。よろける男の首にチョップを叩き込むと、がら空きの背中に肘打ちを当てて倒した。それは一瞬の出来事だった。

「よし」

「良くないですよ!」

「こいつの体をコピーして中に入るとしよう」

 あまりの無茶苦茶さにそろそろ止めるべきかと思う粳部だったが、経験豊富な谷口が何も言わない以上はやるべきではないと判断する。彼女は彼が蓮向かいの規則を破ることはないと理解しているが、それでもこの混乱した状況では不安だった。

 三人が倒れた男に近寄っていったその時、倒れた男のある異常に気が付く。

「ん?こいつ……」

 倒れた男には背中の首筋に刺青のような、ファスナーのような物が付いているように見える。谷口が覚えた違和感について話そうとした瞬間、そのファスナーが勢いよく開かれると中から白い怪物が飛び出してくる。大きな虫のような生き物が突然現れたことに驚愕し三人の動きが止まるが、その隙を突いて虫は部屋の奥へと逃走した。

 抜け殻となった男は、蛇の抜け殻のようなゴム状の皮しか残っていなかったのだ。

「ひっ!?何です今の!?」

「分からない……だが、家主はもう死んでいたようだね」

「今のは概怪だぞ。何がどうなってる」

 白い虫のような概怪。人間の中に巣食って体を皮だけにし、生きた人のように振る舞うという特性。そのおぞましさにゾッとする粳部だったが、今一番気にするべきなのはそこではない。何故彼が概怪によって殺されていたのか、どうして人通りの多い場所に現れない概怪がこんなところに居るのか。

 大きく開かれた扉の向こうを見つめる。明かりのない廊下の先に一体何が居るのか。

「ハッキリしないが、行ってみるしかない」

 映画監督がしゃがみ込むと男の頭髪を引き抜いて飲み込む。すると人形の姿は倒れていた男のものに変化する。扉を開けた時よりも少しだけ血色の良い姿の人形は、そのまま部屋の中に入ると奥の扉へと向かって行く。白い虫が向かったその先に何が居るのか。後を追う三人。

 人形が扉を開けた。

「……おかしい、これはおかしい」

「どうし……ん?」

 扉の先にあるのは長く続くコンクリートの廊下。どう考えてもあるべきなのは小さなマンションの居間だというのに、そこにあるのは冷たく息苦しい謎の施設だったのだ。前後が繋がっていない。マンションの部屋に入って謎の空間に辿り着くというのは辻褄が合わない。

 谷口が察する。

「概怪による空間の歪曲か……!」

「で、でも何でこの部屋でこんなことが……?」

「分からないが……私達が当たりを引いたことは事実なようだ」

 火のない所に煙は立たない。人が概怪に乗っ取られることも空間が異常になったことも、ミールメーカーの目撃情報が挙がったことも偶然などではない。それら全てに理由があり、元を辿ればそこに真実がある。





【12】


「……やっと来たか。早く置け」

 ソファに座り体重を預けるミールメーカー。廊下から入って来た男がピザの箱を置き、その場に直立不動となる。気だるげに動く彼は箱を開けると、中身がめちゃめちゃになっているというのに気にせず食べ始める。原因としては映画監督が放り投げてしまったからなのだが。

 無言でピザを食べ続ける男は一心にピザを見つめていた。味などの感想を持つことはなく、ただただ無心に腹を満たすことを実行する。そこに人間らしさはない。

 だが、いつまで経ってもその場を離れない男が気になったのか、ゆっくりと振り向く。

「元の場所に戻れ、二番」

「二番というのは概怪の名かな?それとも元の人間の名かな?」

「なっ……何も……!」

 ミールメーカーが異常に気が付くももう遅かった。男をコピーした人形は彼に襲い掛かるとソファに押し倒し、部屋に突入した粳部達三人が取り囲む。彼に逃れる手段はない。三人の司祭に囲まれて生き延びることなど、普通に考えて不可能だ。

 突然の襲撃に驚くミールメーカー。

「動くな。何の罪かは分かっているな」

「ここまで来たということは……噂の蓮向かいか?」

「えっ……情報が洩れてますよ!?」

 機密を何よりも重視する蓮向かいが一番恐れていることは機密の漏洩である。世界中から収集した情報の価値は莫大なもので、少しでも漏れれば組織の運営に関わってしまう。一体どこから漏れたのか誰が流したのか、徹底的に調べ上げなければとんでもない損害が出かねない。

「初めましてだねミールメーカー。君の作品を観たよ」

「……」

「二作目までは評価に値するよ。本物は迫力が違うね」

「ちょっと!そんなこと聞いてる場合じゃ……」

「だが、三作目からは駄目だね」

 冷ややかな態度に切り替わる映画監督。彼が処刑中毒の異常者であることは揺るぎない事実だ。しかし、同様に職員に選ばれるような能力の持ち主であることも事実だ。

「駄目だと?」

「君、スポンサーが居るね?ここまでのお膳立てをしてくれた支援者が」

「何だと?まさか、概怪もその支援者がか?」

 重大な事実に気が付いたその時だ。ミールメーカーの影が蠢く。

「ん?離れろ!」

 一早く気が付いた谷口が警告し、二人は咄嗟に後ろに跳ぶ。その刹那、ミールメーカーの足下から現れた何体もの概怪が部屋を埋め尽くす。粳部は少し反応が遅れていれば潰されていたかもしれないと思った。概怪に守られたミールメーカーは後ろに降り、概怪が肉の壁となる。

「理解者が居ることは嬉しいが、ここは逃げる」

「マズいですよ!この数じゃ間に合わないです!」

 ミールメーカーが奥の扉から逃走を図る。だが、粳部から離れた場所に居た谷口が圧倒的な速度で彼を追う。概怪が壁となったことで粳部と映画監督は手出しができなかったが、彼だけはすぐに動くことができたのだ。

「俺が追う。お前たちは後から来い」

「わ、分かりました!」

「何、そんなに時間はかからないさ」

 粳部は襲い掛かる老婆の概怪を鎖で捕らえ、他の概怪に向けて投げ飛ばす。しかし、彼女の背後から現れた概怪への反応が遅れてしまい、海坊主を出して共に受け止めるがパワー負けして押されていく。そんな中、空中に浮かぶ鈴の形をした概怪が鈴の音を鳴らすと、粳部の全身が穴だらけになる。

「があっ!?何が何だか!」

「そうだね、撮影には少しギャラリーが賑やか過ぎる」

「あん!?」

「ならば、グラス・ガルグリス」

 聞き覚えのある名前に彼女が反応を示した途端、人形の姿が男から少し懐かしい女の見た目に変わる。どこからどう見ても寸分違わずグラス・ガルグリスと同じ見た目をした人形は、聞き慣れた声でこう言った。

『祭具奉納、底なし沼にただ一人』

 彼女の周囲が光り始めたタイミングで、粳部が大きな概怪に捕まって縛り上げられる。海坊主が引っ張るものの性能がランダムな為か運悪く非力になってしまい、どう力を入れようと脱出することができない。骨と内臓が壊れていく痛みに叫びながら、必死にもがく彼女。

「があああああ!」

井戸底知いどそこしらず

 瞬間、まるで流星のように輝き跳び回るグラスによって粳部を縛る概怪が切断される。鈴の形の概怪も撃ち落され、着地した箇所の概怪を足で薙ぎ払うと彼女は遂に静止した。Ω-の等級に恥じない桁違いの性能、着地した粳部はかつて見た本物と遜色ないことを確信する。

 グラスの人形と駆け出し共に概怪へ貫手を突き刺す映画監督。

「さあさあ尺を縮めるぞ!」

「な、何でグラスさんが!?」

「私の権能、現代劇場は過去に飲んだ毛でもコピー可能さ!何度でも!」

 現代劇場にコピーできないものは一つの例外を除き存在しない。司祭だろうと何だろうと完全に模倣可能で、一度毛を飲んだ者は何度でもコピーして姿を変えることができる。故に彼はΩ最強の評価を受けており、その危険さ故に幽閉されてしまっているのだ。この権能はあまりにも無法過ぎる。

 監督達が概怪を真っ二つに引き裂く。

「司祭のストックはまだあるぞ!天童裕」

『祭具奉納、高所絶壁退路なし』

 彼がそう言うと人形はグラスの姿から粳部の知らない男に変わる。粳部は海坊主に腕を伸ばさせると概怪を締め上げ、そのまま振り回して他の概怪を薙ぎ払う。弾き飛ばされ跳ね回る概怪を彼女は先回りし、追い打ちで更に蹴り飛ばす。再び弾き飛ばされた概怪が空中で姿勢を戻し着地した。

 その時、人形の手に祭具が握られる。

『枯れ峰』

 人形の男がその手の錫杖を地面に叩き付けた瞬間、周囲の概怪が転倒する。着地したばかりの概怪も再び姿勢を崩して転倒し、粳部は再びできた隙を逃さず迫ると概怪を蹴り飛ばした。空中で映画監督が更に蹴り飛ばして地面に叩き付けると、人形は再び錫杖を叩き付けて周囲の敵を転ばせる。

「こいつの権能は何だろうと転ばせる!周囲の相手だけだがな!」

「め、めちゃくちゃ過ぎる!」

 その時、部屋の角で動かなかった概怪が光線を映画監督に向けて放つ。彼はそれを避けることなく真正面から受け止めると、そのままその概怪の下へと歩いて行く。高まった概念防御によって光線は受け止められ、直撃することなく防がれる。司祭の上澄みの上澄みである彼だからこそできる芸当だ。

 途端に全速力で駆けだした映画監督が概怪に接近すると、敵は光線を止めて格闘戦に切り替えようとするが既に遅かった。懐に入った映画監督の乱打で概怪の体が凹み変形していく。あまりにも格が違い過ぎるのだ。

「まとめて片付ける!三好辰」

『祭具奉納、望み望まれ生まれ来る』

 人形が更に別の男へと姿を変え、祝詞を唱え始める。粳部は不安定な身体能力に悩みながらも概怪を殴り飛ばし、邪魔をしてきた海坊主の拳を避けながら刀を作り出す。そのまま概怪に斬りかかるが、掠り傷を付けただけで刀は折れてしまった。

 彼女の背後に概怪が迫る。

『根源領域』

 人形の手にトランペットの祭具が握られた瞬間、周囲の概怪が一か所に瞬間移動する。根源領域は周囲の敵の位置を操作する権能。発動により部屋中の概怪が中央に集められ、状況を理解できない概怪達が隙を晒す。

「今だ粳部君!やれ!」

「あーもう!無茶ばかりさせないでください!」

 任された粳部は大きく跳び上がるともう一度海坊を呼び出し、姿形を大きくすると全身に針を出させる。そして、その巨体を彼女が蹴り飛ばして地面に直撃させた。圧倒的な質量と加えられた粳部の蹴りを前に耐え切れる筈もなく、下に居た概怪全てを押し潰して粳部は着地する。

「君のスペック、時によって変わり過ぎじゃないか?」

「悪かったですね……どうせ私はオンボロのシャワーですよ」

「そうは言って……いや、早くミールメーカーを追おう」


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