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6-9

【15】


「やせ我慢でよくそこまでやる……」

 ボロボロになりながらもカルラはまだ立っていた。歪み凹んだギターを片手で持ちながら、息を切らして立っていたのだ。司祭第三形態と第二形態では分が悪い。身体能力を大幅に引き上げる形態変化は元の身体能力が高いほど有利ではあるが、それでも形態の数と元の負傷で差が付いていた。

 薄緑色の光を放つクーヤーと赤い光を放つカルラが向かい合う。

「バカ、妹残して死ぬ兄が居るかよ……!」

「……それもそうか」

 腹に穴が空いた状態で長時間の戦闘を行うことはできない。既にカルラの出血量は限界近く、既に意識はフラフラの状態であった。もうこれではただでさえ命中率の低い雷撃を当てることは叶わないだろう。

 だが、その戦意はまだ失われてはいない。

「そんなに形態変化して……大切な物を忘れるのが怖くないのかよ?」

「……私は忘れたいことの方が多い」

「そりゃあ第三形態まで行けるわけだぜ……」

 司祭の形態変化には才能を必要とするが、一方で強い意志も必要とされる。それは自分の中の概念を切り捨ててでも進む執念。体を削ぎ落してでも戦う覚悟。形態変化を使えば味覚や嗅覚が鈍り最終的に失われ、睡眠や食事といった行為も不要になっていくのだ。大半の司祭は追い詰められない限りは使おうと思わない。人であり続ける為に使うわけにはいかないのだ。

 クーヤーが駆け出し、それに近い速度で肉薄するカルラ。

「おらあ!」

 振り下ろされるギターを空中で身を捩って躱すクーヤー。もう一度振りかぶって叩きつけるカルラだったが今度は拳で弾かれ、懐に潜り込んだ彼女に軽いジャブを放たれる。すぐさま加速して離脱したクーヤーは最高速度で彼の背後を取ろうとするが、それを読んだカルラがギターを振り回し彼女の腕に命中させた。しかし、そこで衝撃のあまりギターが壊れてしまう。

「ぐううっ!」

「これもまたロックだぜえ!」

 残ったギターの部品を投げ捨てると正々堂々拳での勝負が始まり、速度で劣るカルラは何発か拳を受けてしまう。だが、相手の戦いの癖が分かってきた彼は視界からクーヤーが消えた瞬間に構え、横に現れると同時に肘打ちを叩き込んだ。彼女が怯んだ隙に拳を何発かお返しし、追い打ちの雷撃を放つ。しかし、それは彼女の右足を軽く焼いただけに終わった。

 速度が鈍るクーヤー。

「権能を使う前に勝負を付けてやる!」

「やってみろ!」

 クーヤーの拳を弾き頭に反撃するカルラ。しかし、彼女は圧倒的な概念防御の硬度故にすぐに立ち直ると、殴り掛かる彼の腕を蹴飛ばしてもう一度その腹を貫こうとする。流石の彼でも第二形態だろうと、二度の貫通には耐えられる筈がない。

 だが、その腕に海坊主の腕が巻き付き遠くへ投げ飛ばされる。

「お待たせしました!」

「兄貴生きてるか!」

「この世にロックがある限りな!」

 体勢を立て直すクーヤーは二人が戻って来たのを見てあることに気が付く。足止めをしていた彼らがそこに居るのであれば、自分の姉は何をしているのか。彼女はカーラーの敗北を悟る。二人は死にかけとは言え不死身の粳部がピンピンとしている状況では、流石のクーヤーも厳しい。

 クーヤーが怒りを露わにする。

「カーラーはどうした!」

「下で伸びてる。迎えに行ったら?」

「ほざけえええ!」

 その瞬間、レジェが携帯電話を操作するとカルラの放った雷撃が彼女に命中する。既にレジェはクーヤーの写真を撮影しており、必中効果はいつでも発動することができた。司祭第二形態のパワーで放たれる雷撃をまともに受けて無傷の筈はない。

 煙が消えると両腕が焼け焦げたクーヤーがそこに居た。しかし、その腕ではもうまともに戦えない。

「祭具が復活するまで待ってて良かった」

「ぐううっ!」

「降伏してください!決着は付きました!」

 だとしても、ここで諦める彼女ではない。

「お姉ちゃああああああん!」

 そう叫んだ瞬間、床を突き破ってカーラーが現れる。既にもう少しも戦えないレベルの重症だったが、クーヤーが呼ぶ声を聴いて途端に駆け付けたのだ。妹を残して死ぬ兄は居ない。カルラはそう言ったがそれが最悪の形で現実になってしまっていた。

 だが、一番の問題はこれで再びレジェの権能が封印されることにある。

「私達は負けない!何もかもに!」

「あの怪我で動けるなんて……!」

「怪物ですか!」

「カーラー!」

 どちらの状況も最悪そのもの。粳部の精神も度重なる死と負傷で追い詰められてきており、粳部以外はいつ倒れてもおかしくないような状態。カルラとカーラーに関しては何故倒れていないのかが不明。しかし、これからの戦いが短期決戦なのは明らかだった。

「いくぞおおお!」

 走り出した双子を迎え撃つ三人。カルラがカーラーを足止めし、今度はレジェと粳部がクーヤーを止める。長時間の戦闘で粳部のボルテージは完全に上がっており、司祭第三形態の彼女の動きに付いて行くどころかそれを超えるレベルの加速を見せる。クーヤーの拳を簡単に躱すと顎を突き上げレジェが横から肘打ちを叩き込む。

「ぐうっ!?」

「ここで決めます!」

「んんんんっ!」

 横から割り込んだカーラーが両手を組んで粳部を殴る。怯んだ彼女を蹴り飛ばして大勢を立て直そうとするものの、間髪入れずにカルラが現れて彼女を殴り抜ける。死にかけとは思えない猛攻が続き、受け流し切れずにカーラー追い詰められていった。

 だが、限界が訪れカルラが膝を着く。

「……馬鹿!何してるフィン!?」

「私達は……自由が欲しいだけだああ!」

 痩せ我慢の笑みを浮かべるカルラはもう動けない。少しも動く気力は残っていない。同じ死に体のカーラーは最後の力を振り絞り、彼女にできる最高速度の突きを繰り出す。当然、今のカルラには防ぐ術も避ける術もない。

 貫手が胸を貫く。

「クソ……兄貴……!」

「ミラ!?」

 だが、貫いたのはカルラではなくレジェだった。彼女は最高速度の貫手を庇ったのだ。胸を貫通する腕は上に切り上げられ、レジェは致命的なダメージを受ける。

「邪魔をす……」

「お前ええええ!」

 助走を付けた粳部のドロップキックがカーラーを弾き飛ばす。姉を助けにクーヤーが向かうものの粳部が足止めし、互いに拳を弾き受け流して戦い続ける。死力を尽くして戦う両者の実力は互角だった。

 その時、カルラの様子が一変する。彼が身に纏っていた赤いオーラが緑色の光に変わり、体から結晶化した概念防御が生えていく。それは双子と同じものだった。彼の怒りが限界を超えて空間を震わせる。

「司祭第三形態!」

 大切な物を更に捨てたカルラが第三形態に到達する。周囲に電流が迸り、彼の権能が最大出力を超えて発射された。空間を焼き切るような一撃は何もかもを引き裂きながら直進し、地面に倒れるカーラーの下へ向かう。既に諦めたような表情を浮かべる彼女はもう少しも身動きを取れずにいた。

 そこに飛び出したクーヤーが割り込む。

「クーヤー!?」

「概念防御最大しゅ……!?」

 概念防御の出力を最大まで引き上げて防ごうとするクーヤーだったが、同じ第三形態に到達したカルラの雷撃はもう防げない。展開された概念防御は一瞬で溶け落ち砕け散り、直進する眩い光は彼女の全身を焼く。煙の中から現れた黒焦げの彼女にもう戦う力はなく、後ろに居るカーラーは通常の姿に戻っていた。

「終わり……ですよね」

「クーヤー!何で!」

「……変だ。姉の形態変化が解けてる」

 第三形態に到達していたカーラーが通常の姿に戻り、黒焦げになった妹の側に駆け寄る。完全に力尽きてしまったとも考えられたが、ボロボロの状態でもあれだけ戦えた以上はそれ以外の要因も考えられた。

 死にかけのクーヤーの体を揺らす彼女。倒れていたレジェが起き上がる。

「庇う必要なんてなかった!本物の司祭のあなたが居ればまだ戦えた!」

「……他の誰かを……司祭にして?」

「ただの人間を生かす必要なんて……」

「……なるほど、理解した」

 死にかけのレジェの肩を粳部が支える。カルラの下まで歩いていくと彼女は足を止め、双子を見下ろした。

「双子の司祭は数が少ない。滅多に居ないレアケース」

 双子が生まれる確率は一パーセント程度であり、そこから二人が司祭になる確率はもっと低くなる。ならば、カーラーとクーヤーが本当に両方とも司祭である可能性は信じるに値しない。そんなレアケースは滅多に起きないのだから。

「本当に司祭なのは妹……恐らく、彼女の権能は他人に概念防御を与えること」

「えっ!?じゃあ、姉の方は司祭じゃなかったんですか!?」

「なるほど、そういや祭具は一つしかなかったもんな……」

「人間を司祭に……じゃあ、本体が倒れてその力も消えたと」

 双子が祝詞を唄った時、祭具であるガラスのコップは一つだけしか現れなかった。権能らしきものを戦闘中に見せなかったのは既に権能を使用していたから。これで生じた全ての疑問に納得がいく。彼らはもう全てを出し切っていたのだ。

 浅い呼吸のクーヤーが途切れ途切れに話す。

「何でそんな馬鹿なことを……」

「姉は……敬うもの……でしょ?」

 それを聞いてハッとした表情を浮かべるサンダー兄妹。自由を求めた双子の姉妹は、生き延びる為に自分の中の概念を切り捨てることすらも厭わなかった。司祭第三形態に到達し誰にも止められなくなった彼らは、ただ自分達の為に進み続けた。それでも、残った家族を切り捨てることはできなかった。

「……自由を求めた果てですか」





【16】


「犯人は医療班が運んでいった。相当な手合いだったみたいだな」

 全身を包帯でグルグル巻きにされたサンダー兄妹の前で藍川が話す。別件を終えてようやくやって来た彼だったが、既に事件は解決していた。荒地の土管の上に座る既に体力の限界の兄妹と、その前に立つ元気な粳部と藍川。簡易的な治療を終えたとは言え一度基地に戻って本格的な治療を受ける必要があった。

「最強無敵のサンダー兄妹の敵ではないがな!いでえ!」

「応急処置しただけで重症なんですから……静かにしててください」

「クラスγ二人を相手によくやったよ……」

 本来、サンダー兄妹二人ではあの双子を倒すことはできなかった。勝因は双子の連携を乱せたこととレジェの権能が発動したこと、カルラが第三形態に到達したこと。そして、粳部がここに居たこと。粳部単独では双子に勝てる確率は五分五分だっただろう。勝てたかもしれなかったし勝てなかったかもしれない。

「私の天敵は双子だった……知ってたら参加しなかった」

「でも、レジェさんのおかげで勝てたじゃないですか」

「……結果的にはね」

「我が妹も最強だからな!粳部もロックを聴けば俺達のようになれるぞ」

「ははは……考えておきます」

 ロックにあまり興味がない彼女からすればやんわりと断りたい提案だ。

「ロックがあれば何でもでき……いでえっ!」

「死ぬぞクソ兄貴」

「しかし、兄妹の相手が姉妹というのは因果な話だな」

 兄妹が姉妹と戦わされる意地の悪い運命の巡り合わせ。最悪の境遇故に道を踏み外した無知な姉妹がもし普通の人生を送れていたら、ロックを愛した兄妹がもし間違った道を進んでいたら。そんな可能性の話が彼らの脳に過ぎるが、そんな仮定に意味はない。

 重傷のカルラが土管から立ち上がり、よろけて少し姿勢を崩すがすぐにしっかりと立った。

「あの双子は運がなかった、そして無知だった。それだけの話さ」

「話はそれでおしまい。私達は双子じゃなくてサンダー兄妹。世界最強の兄妹」

「……そうですね。過去はもう変わらないんですから」

 レジェが立ち上がるとカルラがその肩を支える。その足取りはとても弱々しく、二人が揃ってようやく歩けるようだった。彼は少しだけ歩くと止まり、不意に振り返って粳部に話しかける。

「そうだ、俺の本名はフィン・ランドー!未来のロックスターだぜ」

「私はミラ。ライブに来たらチケットタダにしてあげる」

「ま、まあアメリカに行くことがあったら……多分寄ります」

「次はイギリスだぜ!ツアーの最後だからな!」

 それはそれはやかましいライブなのだろうと思う粳部。しかし、もしライブの案内が来たらその時は行ってみようかと考えていた。それくらいの優しさは彼女にもある。

「そうだ嬢ちゃん、兄妹は居るか?」

「……まあ、姉が一人居ます」

「大切にしてね。司祭が切り捨てちゃいけないものは家族だよ」

「ってことだ!」

 大手を振ってサンダー兄妹が立ち去る。彼らと粳部が再び出会うことはあるのか。それは誰にも分からないが、彼女はサンダー兄弟が健やかに生きることを祈っていた。ロックを愛しロックに生きる彼らに、ロックの神の祝福があらんことを。

 二人背中が小さくなり始めた頃、黙っていた藍川が口を開けた。

「悪かったな、戦闘に間に合わなくて」

「ホント……色々ギリギリの勝負でしたよ」

「詫びと言ってはなんだが、飲みにでも行くか?」

「お酒はそんなに好きじゃないですけど……今日は付き合いますよ」


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