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6-8

【14】


 立体駐車場の一階、瓦礫が積もる穴の下にレジェが着地する。薄暗い影が満ちる一階に上からの光が差し込んでいた。その穴の中心、大きな針だらけの海坊主が瓦礫の上に鎮座している。生死を確認する為に彼女が近寄ると、衝撃と共に海坊主を突き破ったカーラーが飛び出す。

「ちっ、まだ生きてるか」

「何なのこの化け物……これが司祭だって……?」

 瓦礫の中から粳部うるべが這い出て、傷を治しながら立ち上がる。形態変化をしていたカーラーにはあまり傷が付いておらず、不死身の粳部はすぐに治せる為に両者の消耗はないに等しい。だが、カーラーの体力は決して無限ではない。ここにレジェという戦力が加わればチャンスはある。

 粳部の横に並ぶレジェ。

「レジェさん、あの姿は何ですか?異様に強いっすよ……」

「あれは司祭の形態変化、大切な物を捨てた司祭の究極系」

 体中から緑色に光る結晶が生えた司祭の通過点。忘れたくない思い出、趣味、味覚、家族、それらを自分の中から削り落とすことで司祭が核としている己の概念をより純粋な物に近付ける。人間らしさや生きる動機すらも薄れてしまいかねない最終手段を双子は切ったのだ。その代償は重いというのに。

「見て、概念防御が結晶化してる……ああなると生半可な攻撃は効かない」

「だ、だからカチカチなんすね」

「……死なない奴なんて居る筈がない。まずお前から殺すね」

 殺害を宣言するカーラー。彼女は粳部の体がどうなっているのかを知らず、実際にそれを知る者も居ない。彼女を殺し切れるかもしれないし殺しきれないかもしれない。少なくとも、カーラーの圧倒的な身体能力であれば粳部を一方的に虐殺することだろう。

 カーラーが消えたかと思うと、次の瞬間には粳部の頭が百八十度を超えて回転していた。彼女は一瞬で接近して粳部の首をへし折ったのだ。しかし、すぐに首が回転して正しい位置に戻ると粳部とレジェは別の方向に走り出す。どうにかして二人で倒さなければならない。

「いでええ!」

「粳部、相手の動きを止められる?」

「や、やれるだけのことはやります!」

 高速で周囲を跳び回るカーラーに対して彼女は鎖を飛ばす。しかし、それは簡単に躱され粳部の脇腹は手刀で切り裂かれた。レジェは携帯電話を構えてカメラのシャッターを切ろうとするが、カーラーのあまりの速さから撮影が間に合わない。粳部は海坊主を出すと再び全身に針を生やして射出させが、それも躱され彼女は粳部へと進む。

 しかし、次の瞬間にカーラーが足を滑らせる。その足元には海坊主の体が影のように伸びており、泥のようなそれに足を取られて姿勢を崩したのだ。

「こいつ!?」

「今です!」

 レジェがシャッターを切る。携帯電話のカメラにはカーラーの姿が映し出され、遂にカメラのフレームに彼女が捉えられた。そしてレジェの権能の発動条件が揃い、発動する。

 粳部へ向かっていた筈の彼女が突然方向転換し、レジェの下へと吸い寄せられていく。

「何をした!?」

「それは既に当たっている。それが『必中』」

 何故自分がレジェの下へ向かっているのか理解できない彼女は、レジェの蹴りを受けてようやく止まる。レジェの権能である写真を撮った対象への必中攻撃は、このように現実を捻じ曲げる。攻撃を考えた時点でそれは当たったことになり、後から辻褄を合わせるように放つ攻撃が命中するのだ。故に、当たる為にカーラーは自然に動いてしまう。

 カーラーの反撃を受け流すレジェ。

「やっぱりお前を先にする!」

「ところで音楽の趣味は?」

「ない!」

「つまんない女!」

 レジェの拳は全てカーラーの体に命中する。その圧倒的な速度でも一発も躱すことはできず、せめて攻撃を自分の拳で防ぐことで精一杯であった。防戦を強いられたカーラーは足払いでレジェの姿勢を崩すと、生じた隙に彼女の横に回って殴ろうとする。

 しかし、そこを粳部のドロップキックが襲う。完全に思考の外からの不意打ちであった。

「しつこい!」

「結構です!」

 体勢を立て直したレジェが再びカーラーに殴りがかり、当たることを確信した彼女が咄嗟に防御態勢を取る。一発目の拳は確かに当たり、距離を取ろうとしてカーラーが後ろに下がる。だがその時、彼女は二発目の拳が当たらずに空を切るのを見た。カーラーは必中だった彼女の拳が当たらないことに疑問を覚えるが、体が粳部の下に引き寄せられ貫手がその腹を貫く。

 既に必中効果は粳部へと移っていたのだ。

「何っ!?」

「こ、これは!?」

「私の権能の『必中メール』は、送り主を変更することで対象を変えられる」

 戦闘中、レジェは片手で携帯電話を操作してメールの送信者を変更していたのだ。写真を撮った時点で既にターゲットの設定は終了し、後は誰がその必中効果の恩恵を受けるのかを設定すればいいだけ。そして、携帯の画面を見ない限りはその対象が誰なのかが分からない。

「おらあああ!」

 粳部の徒手空拳を受け止めながらそのランダムな威力に悩まされるカーラー。絶対当たる粳部の拳を払いながら後退するも、粳部の影から現れた海坊主の針攻撃が全弾命中して全身に突き刺さった。しかし、身を捩るとそれら全てを粉砕する。だが、彼女は針の破片が舞うカーラーの視界には既に居なかった。

「ッ!?」

 姿勢を低く落とした粳部の足払いを受けて姿勢を崩すカーラーに、レジェのドロップキックが必中で当たる。コロコロと必中効果の対象を変えるその戦法は正に驚異。これをカルラとタッグでやっていれば圧倒的な強さだったことだろう。しかし、粳部も引けを取らない。

 カーラーは大きく飛んで柱にぶつかった。

「凄いですね必中……」

「さっき不発に終わった理由が分かった」

「えっ?」

「『双子』だったから。双子は同一人物、つまりどちらもターゲット」

 カルラの雷撃が必中にならなかった理由がそこにある。一卵性の双子はお互いがお互いのクローン。故に同一人物であり、片方をターゲットにするともう片方もターゲットになってしまう。そうなれば雷撃はどこへ向かえばいいのかを判断できなくなり命中しない。単純な理屈だった。

「同じ的が二つあって、どれを撃てばいいか分からず権能がバグった」

「じゃあ、二人が離れた今なら」

「行ける」

 その時、瓦礫の中から飛び出したカーラーが二人に飛び掛かる。必中効果の対象が変わらない内にその対象を潰そうとレジェへ向かう彼女だったが、レジェが携帯電話を片手で操作しているのを見て必中効果が粳部に移ることを確信する。

 その進路が粳部の方へと変わった。

「はっ!?」

 だが、体が引き寄せられたのはレジェの方だった。それは完全なるフェイント。彼女はただ適当にボタンを押していただけで必中効果の対象を変更したわけではない。経験則からそうだろうと判断したカーラーの判断ミスだったのだ。

 レジェの拳が彼女の顎に必中する。そして、反対側から粳部も殴る。

「フェイントなんて……!」

 司祭第三形態に到達した彼女の速度は凄まじい。形態変化を使えないレジェでは当然全能力で劣る。しかし、彼女が速度でかく乱しようとしても攻撃を必中させる時には無理やり引き寄せられ、必中効果が入れ替わることでカーラーが追い詰められていく。

 粳部の拳をクロスカウンターで返す彼女だったが、すぐにレジェに引き寄せられて殴られる。もう粳部以外の全員が追い詰められてフラフラになっていた。片手で携帯を操作するレジェを見るカーラー。

「それさえ壊せばあああ!」

 振り払うレジェの手を片手で弾き、カーラーは片手で祭具の携帯電話を破壊する。しかし、レジェの表情に動揺はない。普段通りの無表情を貫いたまま、勝ったとでも言うように堂々と見つめていた。

「……まさか!」

「とどめえええ!」

 槍状に変化した海坊主の腕を掴む粳部。既に必中効果は粳部へと移っている。祭具を失ったことで必中効果の変更はできなくなったものの、権能自体が失われるわけではない。急加速してレジェの権能の効果範囲から脱出しようと試みるカーラーであったが、既に必中の為の引き寄せは始まっていた。

 槍が彼女の腹を貫通する。

「こんな……ことが」

「中々やるじゃん」

「レジェさんこそ」

 勝者は粳部とレジェとして、片方に決着は付いた。


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