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6-7

【13】


 互いに見つめあっていた粳部うるべ達と双子、先手を打ったのは粳部だった。彼女の手元から現れた黒い鎖は双子の下へ向かって伸びていく。しかし、カーラーに簡単に打ち払われるとそれを掴んだクーヤーが強く引っ張り、粳部が逆に引き寄せられる。駆け出すサンダー兄妹。

「うわっ!」

「まずは一人」

「させるかよ!」

 粳部を挟む双子の間に割って入るカルラ。彼の付きだす拳をカーラーは簡単に躱し、背後から仕掛けるレジェに裏拳を当てる。それを見たクーヤーが加勢しようとするが、そうはさせまいと粳部が鎖を消して駆け出しラリアットをぶつけようとした。だが、察知したクーヤーはそれを躱すとがら空きの粳部の腹に拳を叩き込む。咄嗟に片腕で受け止めようとする彼女だったが、威力を殺し切れずに飛んでいく。

 クーヤーがカルラの背後に回る。

「クーヤー!」

「レジェ!」

 彼が横に跳ぶとそこからレジェが現れ、クーヤーの拳を腰を落として避けると肘打ちを叩き込む。彼女が怯んだ隙に回し蹴りを叩き込もうとするレジェだったが、助走を付けたカーラーの跳び蹴りが逆に彼女の脇に叩き込まれた。

「ぐうっ!?」

「大したことない……」

「ホントにそうかよ!」

 咄嗟にカルラが二人の間に割って入り、拳を何度も放つがどれも簡単に捌かれてしまう。彼がカーラーの拳を避けて足払いをしようとするも、横から現れたクーヤーの連携技で彼は蹴り飛ばされてしまう。彼女らの連携の技術は洗礼されたもので、組んでそれなりに戦ってきたサンダー兄妹よりも崩しにくいものだった。正に驚異的。

「ごおっ!?」

「兄貴ッ!」

「やらせますか!」

 空中で無防備になるカルラに追撃しようとする双子。しかし、どこからか伸びて来た海坊主の手が彼の足を掴んだかと思うと、安全な場所に大きく投げ飛ばした。走り出す粳部とレジェが双子の相手をし、カルラは安全に着地する。足が滑り土煙が彼の周囲で舞った。

「スモークとはいかないがテンションは上がって来たぜ!」

「やれ兄貴!」

『祭具奉納、叫べ』

 そうカルラが叫んだ途端、天地に雷鳴が轟く。

『サンダー!』

 強烈な光が瞬いたかと思うと、その場の全員の視線が彼に釘付けになる。いかしたギターを携えた彼は軽く音を鳴らすと、激しい稲妻が空間を切り裂いて進みクーヤーの腕を掠った。その部位は焼け焦げてしまっており、掠っただけだが確かに腕を貫通していた。威力は圧倒的なものだった。

「これはっ!?」

「クーヤー!」

「何はともあれロックに行くぜ!」

 彼はギターのネックを掴み逆手に持つと、駆け出してクーヤーに振り下ろす。祭具のギターを鈍器として運用し、何度も彼女の拳と打ち合いを続ける。すかさずそこにカーラーが現れて彼を襲うが、彼はギターを振り回して彼女を遠ざけ、すぐさま彼女に雷撃を放つ。しかし、それはあらぬ方向に飛んでいった。

「あ、あれ何ですか!?」

「兄貴の権能『サンダー』効果は高威力の雷撃を放つこと」

 何度か雷撃を放つも明後日の方向に飛んでしまい、当たらずにカーラーの接近を許してしまう彼。

「命中率が低いのがたまに傷」

「駄目じゃないっすか!?」

 大振りのギターで二人を狙う彼だが滑り込んで避けられてしまい、彼の背後の双子は同時に蹴りをぶつける。衝撃でよろけるカルラだったが、意地で振り返ると再び雷撃を放って攻撃した。運良くそれはカーラーの脇腹を貫通する。焼け焦げたことで出血はなかった。

 彼女が姿勢を崩して着地する。

「クソっ!」

「カーラーあれを使おうよ」

「……そうだね」

「させるかああ!」

 嫌な予感がして乱入した粳部。負傷したカーラーに追い打ちをかけようと殴り掛かる彼女だったが簡単に躱され、クーヤーとカーラーが交互に入れ替わりながら攻撃を仕掛け、フェイントを織り交ぜたフェイントが彼女の体を砕いていく。

 しかし、海坊主は既にクーヤーの足を掴んでいた。浮き上がる彼女の体。

「しまっ!?」

「今です!」

「レジェあれをやるぞ!」

「了解!」

 携帯をクーヤーに向けて写真を撮るレジェ。粳部はサンダー兄妹が何を考えているのかが分からない。しかし、彼らはやる時はやる人間だと心から信じているのだ。彼らならばやってくれると、そう信じてサンドバックになりながら海坊主に指示を出していた。

 しかし、相手が悪かった。

「司祭第三形態」

「……はっ?」

 双子が粳部の知らない単語を呟く。次の瞬間、攻撃を凌いでいた筈の彼女の体をカーラーの腕が貫通する。頑強さがまたランダムに低下したのかと思う粳部だったが、体から薄緑色の結晶を生やしたカーラーを見てその考えが消え失せる。目の前に居る殺気立った生き物は正しく怪物だ。

 血を吹き出す粳部。

「粳部!」

「邪魔」

「馬鹿!レジェ!」

 よそ見をしたレジェの下に高速で接近する薄緑色の結晶を生やしたクーヤー。いつの間にか海坊主の腕を引き千切っていた彼女が腕を伸ばす中、ギリギリ間に滑り込んだカルラが彼女の代わりに攻撃を受けた。両腕で掴んで止めるものの威力を殺すことはできず、彼の腹を腕が貫く。

「中々……ロックな一撃じゃねえか……!」

「このおおおっ!」

「カルラさんっ!?」

「やけに元気……」

 動こうとした粳部だったが、カーラーが突き刺していた腕を振り上半身と下半身が泣き別れになる。今までに感じたことのないレベルが違う破壊力。反射の司祭や飾身を超えるその力は、もしかするとグラスの力に少しだけ届きそうな威力だった。正に、次元が違う。

「うおりゃあああ!」

 カルラが至近距離から雷撃を放つ。クーヤーはすぐさま腕を引き抜いて下がり雷撃の中を駆けていく。乱射したことで一発は当たるかと思われたが、運が悪いことに圧倒的な速度から全て回避されてしまう。しかし、避けるということは当たりたくはないということ。

 腹に穴が空いていてもカルラは戦い続ける。

「こいつゴキブリか……!」

「はあ……はあ……」

「兄貴、準備できた!」

 祭具の携帯電話を片手に彼の肩を支えるレジェ。既に彼女はクーヤーの写真を撮影している。準備ができた以上、これから起きることはもう確定した事実であった。

 彼の周囲に電流が迸る。

「これで決める!」

 レジェには二つの権能がある。一つは過去の音声を再生する『留守電』と、二つ目は写真を撮影した相手に攻撃が必中になる『メール』だ。法術も権能も、ありとあらゆる効果や攻撃を理屈を無視して必中させる権能。使用の条件は携帯電話の写真機能で撮影すること。そして、この必中効果は自分以外の者でも使用できるのだ。

 カルラから放たれた電撃が双子の下へ向かって直進する。クーヤーに標的を設定したそれは命中することが既に決まっているのだ。しかし、それは二人の間をすり抜けて明後日の方向に向かう。当たる事は、ない。状況を理解できずに困惑するサンダー兄妹。

「こんな攻撃……当たらなければ」

「あり得ない!私の権能が外れるなんて!?」

「やむを得ないか!」

 二人で交互に入れ替わりながら直進する双子と、それに応戦するサンダー兄妹。重症のカルラの拳は空を切り、双子は連携してヒットアンドアウェイを繰り返す。レジェはその連携を乱そうとクーヤーに横から肘鉄を食らわせるものの、すぐさま現れたカーラーに殴られて怯んでしまう。高速の貫手をギリギリで躱したものの腕が切り裂かれた。

 再び彼女に攻撃しようと拳を上げるカーラー。だが、その腕は既に再生した粳部が掴んでいた。

「なっ!?」

「好き勝手させるもんですか!」

 手を振りほどき拳と拳を衝突させる二人。衝撃で粳部の腕が破裂するものの、壊れたそばから治り始めて攻撃を受け止める。その様を見てカーラーはあまりの異常さに動揺を見せる。もし彼女が考える通り不死身だったとすれば、どう倒せばいいのか。その隙を突き、カーラーから見て七時の方角から海坊主が彼女を殴り抜ける。

「ぐううっ!?」

「粳部!」

「そういや嬢ちゃん不死身だったな!」

「それよりこれからどうにかしますよ!」

 粳部が喋っている内にチョップが彼女の肩を切り裂くものの、近寄ったカーラーを唇を噛みながら殴り投げ飛ばす。カーラーは空中で姿勢を立て直すと、地面に片足を着けた途端に加速して粳部の視界から消えた。クーヤーも加速すると周囲を高速で跳び回り始め、レジェとカルラは必死に敵を目で追う。

「俺がゴキブリならお前は羽虫だぜ!」

「私が二人を分断します!そうしないと連携に勝てない!」

「でもどうやっ……」

 レジェが言い終える前にカーラーの腕が粳部の首に突き刺さる。突然のことに驚くレジェだったが全ては粳部の段取り通りに進んでいた。彼女は手元から鎖を出してレジェを自分ごと巻き付ける。しかし、粳部の鎖の強度では今の双子の筋力には敵わない。すぐに鎖を粉砕してカーラーは自由の身になる。

 連携を乱そうとする彼女の意図を察知したクーヤーが姉の下に向かおうとした。

「カーラー!」

「させねえ!」

 彼女の動きをずっと見ていたカルラは姉の下へ駆け出す彼女をギターで弾く。すかさず雷撃で追い打ちをかけるものの、圧倒的な速度で避けられて当たることはなかった。しかし、そこで生じた時間ロスで接近したレジェがドロップキックを命中させる。咄嗟に両腕で受け止めたもののこれで姉の下へは向かえない。

「その不死身ウザったい!」

「死ぬほどウザイですよ!」

 粳部の頭を粉砕しようと拳を振るうカーラーだが、彼女は致命的なことに気が付いていなかった。先程から海坊主がその実体を見せていないということに。自分と粳部に落ちる影を見て何かが上にあることに気が付き見上げると、そこには、いつかの時のように全身から針を出した巨大な海坊主が居た。

「なっ」

 海坊主は変幻自在。質量も面積もランダムな存在ではあるが、今回はトラック以上の質量で大量の針を備え降ってきた。カーラーが耐えられるかは別として、まず駐車場のコンクリートの床は威力に耐えられずに崩落する。それは粳部自身を巻き添えにした分断作戦。両者が針に串刺しになることを前提にした作戦。

 三階から一階まで穴を空けて落ちていく彼女らをレジェが見下ろす。

「な、なんて奴……」

「だが、これで分断できたぜえ!」

「……一人だろうとカーラーは負けない」

 依然として本調子のクーヤーと腹に穴が空いた重傷のカルラ。そして、攻撃力の乏しいレジェが三階で向き合っている。戦力差はかなりあり、分が悪いことは事実だった。しかし、あの連携攻撃を封じたのであれば勝機はある。

 彼が穴の下を指差す。

「レジェは下で嬢ちゃんの援護!いいな!」

「一人で奴と戦うのは無理!今の兄貴じゃ」

「形態変化を使う!」

 それを聞いてレジェは苦い顔をする。司祭の形態変化、それは全てを賭けた最悪の手段。目の前の双子の圧倒的な性能も形態変化によるもの。ならばそれを使えばこの状況も少しはマシになることだろう。当然、神が求めるその代償は重いのだが。

「……何も忘れないでね」

 寂しげな目でそう言って穴に飛び降りるレジェ。それと同時に上着を破り捨ててギターを構える。彼の目の前の相手は格上、自分より二つは等級が上のγ相当の実力者。それでもまだ彼の中のロックは鳴り止まない。

「一曲も忘れたくないんだがな……司祭第二形態」

 赤い輝きカルラから放たれ、突風が吹くと共に周囲を電気が迸る。自身の大切な概念を切り離す代わりに概念防御の強度を上げる司祭の手段。他者を拒絶することで強まる拒絶の力。それが司祭の最終手段、形態変化だ。


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