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【11】


 剥き出しのコンクリートで一面が灰色の立体駐車場。どこまでも続いていそうな駐車場を双子の姉妹は進んで行く。人が居ない場所を求めて進み続ける。現在は利用されていない駐車場に車は一台もなく、無人の環境は酷く静かだった。二人の足音だけが空しくコツコツと響く。

 カーラーが足を止める。

「ここで休憩しようか」

「……うん、いいよ」

「大分歩いたから少し疲れちゃった……クーヤーは?」

「私は大丈夫、ご飯にしようか」

 コンクリートの柱に背を預けて二人は休み始める。妹のクーヤーは背負っていた袋を下ろすと、中からトレーに入った牛肉とバナナを取り出す。牛肉のパックを姉のカーラーに渡し、自分はバナナの皮を剥き始めた。盗品の食料には余裕があり、暫くは盗みに入らなくても生活できるだけの量があったのだ。

 カーラーはトレーのビニールを破いて肉を生肉を取り出し、そのまま噛みつく。

「……焼いた方が美味しいかもしれない」

「あっ、そうだよね……火があれば良かったね」

「まあ、別に食べられるから良いんだけど」

 彼女は食べにくい生肉を何とか噛み切り、食中毒を少しも恐れずにあっという間に平らげる。それは勇気があるというよりも無知がもたらした愚行。何も知らない双子を縛る者は何もないが、それは逆に守る者も何もないということ。しかし、二人で孤高の存在として生き続ける分には困ることはなかった。

 蓮向かいからすればそれは厄介以外の何者でもないが。

「ライターがあれば良かったのに……あれなら焼けたよ」

「じゃあ、次はライターを取りに行こうよカーラー」

「うん、暫く歩けば民家もあるよ」

 姉はそう言いながら袋に手を伸ばすと中から缶詰を取り出し、開けると口に流し込む。中に入っていたニシンを汁ごと全て飲み干して食べ終えると、缶を遠くに投げ捨てた。クーヤーもバナナを食べ終えて投げ捨てる。その皮は空の缶詰よりも遠くに飛んでいき記録を更新した。

 小さく拍手するカーラー。ふと、クーヤーが口を開いた。

「よく音が響くね、ここ」

「静かだから……ここではどんな音も響くよ」

「……今まで生きてきて一番静かな場所だね」

 クーヤーの頭に浮かぶ今まで経験した静寂は、どれも必ず耳障りな音が混じっていた。娼婦としての仕事が終わり、与えられたわずかな休憩時間で硬いベッドに寝転ぶかつての双子。やかましい店内BGMも夜の街のうるさい音も遠くなり、壁の上にある格子から地上の光と音が小さく漏れていた。地下にある双子の部屋は正に最早牢獄だった。

 唯一気が休まる就寝の時間。しかし、遠くの街の音や男達の怒声は確実に二人の睡眠を妨害していく。彼らの部屋の上でも別の娼婦が店員に怒鳴られたりする声が時たま聞こえ、格子からはネオンの光がギラギラと差し込む。双子にとってはその世界が全て。それ以外を知らない彼女達にとって、今こうして感じている無音の静寂は初めての経験だった。

 駐車場の向こう側、光差す方を見つめる二人。

「私達自由だね……」

「そう、もう何も気にしなくていい……鎖も何もないんだから」

「……自由過ぎて、何したらいいか分からなくなりそう」

 生まれた時から今まで拘束されて生き続けてきた双子にとって、自由な世界で自由に生きることが最大の目的だった。しかし、自由に生きると言っても何もせずに生きていくことはできない。この自由な世界でどうやって生きて、何をしていくのかを二人は考えなければならなかった。ライターを奪って、空き家に住み着いて、その先は。

 姉が呟く。

「私達は誰にも支配されない。誰にも自由を奪われない」

「……」

「司祭になって船から逃げてやっとここまで来た。もう二度と踏みにじらせないの」

 蹂躙された人としての尊厳を取り戻し、双子はようやく人間となった。自由に生きる権利を自分で勝ち取り、弱肉強食の世界で強者の側に返り咲いた。ここから先は全てが自由。誰も命を保証してくれない世界で、彼らは他を蹂躙して生きることを選んだのだ。

 クーヤーが袋を背負って起き上がる。

「あれだけ苦しんだんだから、その後はずっと幸せだよね?カーラー」

「……うん、誰だって幸せになる権利があるんだから」

 故に、自分達を阻む者は全て排除する。少しでも進む道に足を踏み入れたのなら司祭の力で蹴散らし、自分達が全てを踏みにじられたように他者の全てを踏みにじっていく。彼らを縛る物はこの世界に存在せず、世界で一番自由な双子は無邪気に思うがままに行動するのだ。

 カーラーが立ち上がったその時、何かの視線を感じたクーヤーが後ろを振り向く。

「……カーラー!」

「んっ……?」

 柱の死角の方向に何かがあった。双子から十数メートルの距離、何もない筈の空間に黒い亀裂が走っている。それは現実ではまずあり得ない光景。物理現象を無視した力を扱える存在はこの世には少なく、単なる自然現象として空間がひび割れることはない。光の差さない黒い空間の向こう側には視線の主が鎮座していた。

 ぎょろっとした二つの目が双子を捉える。

「クーヤー!」

「こいつは一体……!?」

 瞬きをした気味の悪い怪物は彼らをジッと見つめ続けたかと思うと、空間の亀裂を閉じてどこかに消えていく。今までは彼らにとって穏やかなものだった静寂が途端に気味の悪いものに変わり、ここが安全な場所ではないということを告げる。一瞬で二人の心は凍り付いた。

 暫くしてカーラーが先に動く。

「何かマズい……今すぐ移動するよ」

「う、うん」





【12】


「何とか絞り込めましたね!」

「おう!俺達兄妹にできないことはないからな!」

「兄貴は何もしてないでしょ」

 廃墟を疾走する三人。捜査に進展があり、ようやく犯人の素性を特定した彼らは逮捕へと動いていた。これ以上彼らを野放しにして被害者を増やすわけにはいかない。増加した目撃証言から大方の居場所に目星を付け、三人は最高速度で向かっている。

「藍川が絞り込んでからは早かった……」

「経営者が所持してた写真から顔は割れて、残ってた頭髪と一致しましたからね」

「要はヤンチャしてる双子ちゃんを逮捕しろってことだろ!それでいいぜ!」

「そんな適当でいいんすかね……」

 犯人二人の事情を知った粳部うるべの心中は穏やかなものではなかった。幼少期に連れ去られた疑いがあり、幼い頃から娼館で働かされていた二人の人生はまともなものではない。送られてきた書類に書かれていたその娼館に関する報告書を読んだ途端、粳部は思わず吐きそうになっていた。そうなれば、彼女の覚悟が揺らいでしまうのも仕方がないだろう。

 建物から建物へと飛び移る三人。

「嬢ちゃん、手加減するつもりかい?」

「えっ?いや……どうでしょう」

「まあ思う所はあるだろうが、今回はやめとけ。俺達の仕事は治安の維持だぜ」

「……酷い境遇の二人ではある」

 シビアな話をするカルラ。その表情を見た彼女は、彼も今回の相手に思う所があるということを見抜く。直感的に生きるカルラは決してただの馬鹿ではないのだ。当然、報告書を読んで双子の境遇を知っている。しかし、既に彼女らは人を殺しているのだ。

 一線を超えた相手にできることはもうこれしかない。

「それはそれ、これはこれってことだよ」

「……わ、分かってます。仕事はやります」

「そう気を落とすなよ!ロックに割り切ろうぜ!じゃないと、死ぬのは俺らだ」

「それに……何をするにも止めないことにはね」

 これでもカルラとレジェは粳部よりも長く蓮向かいに勤めている。こういう任務に携わったのも何回目であり、対処も心構えもできている。犯人の境遇を知っただけで揺らぐほどグラついた足をしていないのだ。まだ仕事の何もかもに不慣れな彼女には、目の前の彼らが途端に頼もしくなったように思えた。

 気を持ち直した粳部。建物から建物へ乗り移ろうと跳び上がるも、突然脚力が弱まり地面に落ちていってしまう。彼女の身体能力は基本的にランダムである為、時たま力や速度が足りないことがある。しかし、これはあまりにも最悪なタイミングだった。

「ぐわあああ!」

 彼女は落ちながら慌てて海坊主を出し、腕を伸ばして対岸の壁を掴もうとするがわずかに届かず落ちていく。しかし、叫ぶ彼女の声が止まる。伸びた腕を掴んだカルラが引っ張り上げ、粳部はコンクリートの地面に投げ出された。間一髪の救出劇だ。

 息を切らす粳部の隣で海坊主が消えていく。

「た、助かりました……私、身体能力がちょくちょく変わるもんで」

「こんな調子で戦えるの?」

「まあそういう時はロックで乗り切れ!」

「どうしろと」

 埃を払って起き上がり、粳部は車のない立体駐車場を見渡す。人も居らず音もよく反響する灰色の空間。どこまでも静かなその場所に彼女の声が残響となって響いた。

「ピンチの時は手を貸して最強無敵のサンダー兄妹!って叫んだらすぐ行くぞ」

「……あの、気になったんですけどお二人の等級は?」」

「私がβ……」

「俺はβ+!まあ、すぐに頂点のΩ+までいってやるさ!」

 それはつまり平均的な司祭の実力。下のレジェですら粳部の二つの上の等級で、逆にカルラはあのラジオに劣る等級ということになる。藍川が言っていたうちのチームは上澄みの集まりというのは間違いではなかったと彼女は思う。

 その時、響く足音を聞いたレジェが真っ先にその方を向く。

「あれは……犯人のカーラーとクーヤー!」

「も、目撃証言は性格でしたね!」

「マジに双子じゃねえか!こいつはレアだ!具体的には子持ちの鮎くらい」

 子持ちの鮎を食べたことがあるのかとツッコむ者はここには居ない。三人の視線の先には同じ顔と服装をした一卵性の双子、彼らが追い続けていたカーラーとクーヤーが立っていた。堂々と駐車場の中心で立つ彼らには逃走の気配がなく、無表情のまま三人をジッと見つめている。

 クーヤーが先に口を開いた。

「ライターは持ってる?」

「おう!俺はいつだって誰かの情熱に火を点けるぜ」

「持ってるって、カーラー」

「そうみたいねクーヤー」

 何故ライターを欲しがっているのかを考えた粳部ではあったが、少し前に戦った制限の司祭のことを思い出してただ変人なだけかもしれないと判断する。パッと見ではカルラが一番おかしいように見えるが、実際のところはぶっちぎりで双子の方がおかしかった。無知は罪なのだから。

 祭具の携帯をポケットから出すレジェ。

「殺人、窃盗、不法侵入の罪で逮捕する。抵抗しないで」

「嫌、私達を止めることはできない」

「これからの私達は自由、いつまでもどこまでも」

『祭具奉納、分け与え満ち満ちて』

 双子が同時に祝詞を唄う。その様を見て衝撃を受ける粳部とレジェ。兄妹で司祭になるパターンでさえレアケースだというのに、まさか双子で両方とも司祭のパターンが実在するとは思っていなかったのだ。その特異な存在が持つ権能は、一体どのような破壊的な力を持つのか。

 高揚するカルラ。

「すげえ!どっちも司祭かよ!」

「こんなことってあるんすか!?」

「来るよっ!」

単身退路たんしんたいろ

 弱い光が光ったかと思うと、クーヤーの手にガラスのコップが握られる。彼女はそれを地面に投げ捨てると二人で戦う構えを取った。そのコップが祭具であることは明らかだったが、戦闘の役に立たないと判断して捨てたのだ。ラジオのような戦闘に使える祭具はそこまで多くはない。

 粳部に緊張が走るが、レジェの方はすぐに冷静になる。

「何をしたって止められない……」

「私達の自由は奪えない……」

「姉妹揃えば最強だから」

 その言葉を聞いてお互いの顔を見合わせるサンダー兄妹。

「そうかよ!ならこっちも行くか!」

「私達は天下無敵のサンダー兄妹……」

「いずれ全世界を支配するたった二人の兄妹だ!」

「来なよ野蛮人。最高のロックを聴かせてあげる」



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