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6-3

【5】


「私の権能『天電天糸てんでんてんし』はその場の過去の音声を再生できる」

「と、言いますと……?」

「……『留守電』を再生する」

 レジェがそう言って携帯電話のボタンを押すと、英語の機械音声が聞こえた後にピーと鳴り何かが再生される。誰かが歩くような足音、何か服を脱ぐような衣擦れの音。携帯電話のノイズ混じりの音声に耳を傾ける四人。それは一体何の音声なのか、粳部うるべは理解しようと傾注する。

 椅子に誰かが座るような軋む音が鳴った。その後、金属が破断するような大きな音が突然鳴り響く。

『えっ何だ』

 年配の男の声が出て来た。粳部はそれが今までの音の主であることを理解する。となれば、今の金属が壊れるような音は一体誰が鳴らしたのか。粳部は遅れてこれが今回の事件の犠牲者の記録であることを理解する。レジェの権能『天電天糸』は過去の音声を再生できるのだ。

 誰かの足音が響き音が忙しくなる。

『お前何してっ……!?』

 突然、何かが破裂するような音が鳴ったかと思うとグチャっという耳障りな音が響く。何が起きたのかを理解した粳部の表情は歪み、他の三人はポーカーフェイスのまま少しも表情を変えない。彼らは何が起きているのかを把握することだけに神経を集中させていた。

 人が倒れるような音と複数人にも聞こえる足音。

「……二人?」

『これ食べれるかな?……硬いけど食べれそう……匂いはいいよね』

「なあ、誰と話してんだ?」

 ふと疑問に思うカルラ。その女は一人でブツブツと呟きながら食べ物を物色しているようだった。やはり金を探すような素振りは音を聞く限りはない。異常な人物による考えなしの犯行かと思う粳部だったが、そこに何か理由があるのではないかと考える。

 冷蔵庫がガチャリと開く音が鳴った。

『前より少ない……そうだね……棚はどう?……硬い食べ物ばっかり』

「若い声だな」

『とっとと行こう……うん』

 そう言った後に何度か物音がすると、足音が遠ざかり何も聞こえなくなる。犯人は食品だけを強奪して部屋から逃げ出した。あまりにも非合理的な犯行だったが、事実として被害者は殺害され部屋から食品がなくなったのだ。犯人の目的は食品の可能性が高い。

 携帯からはノイズしか聞こえなくなり、レジェが留守電の再生を止めた。

「留守電の記録はここまで……これが事件の全ての音声」

「凄いですねレジェさん……これ調査の時凄い便利じゃないですか」

「ありがとな!」

「おめえに言ったんじゃねえよ」

 ふざけるカルラと突っ込むレジェ。彼らがこうして話を脱線させるせいで余計に時間が掛かっているのではないかと考える粳部。しかし、自分よりも経験豊富な彼らに口出ししようと思う程の度胸は彼女にはなかった。こんな調子でも粳部よりも有能だ。

「ノイズをクリアにできないか?少し気になることがある」

「可能……でも本部に戻って専門の人に頼まないと」

「そうか、なら頼む。お前たちは各被害者の繋がりを調べてくれ」

「了解です」

 言い方に疑問を覚えた粳部だったが、藍川が部屋の玄関へと歩いて行くのを見て慌てて追いかける。それはここから先は自分は不在だと言っているようなもの。ベテランな上に口数が少ないグラスの時ならまだしも、この二人と共にずっと仕事をできる自信は彼女にはない。

 玄関で呼び止める粳部。

「ちょ、ちょっと!鈴先輩どこ行くんですか!」

「悪いな、別の任務があるんだ。あと、過去に似た事件がないか記録を漁ってくる」

「えっ!?じゃあ私一人であの二人と……?」

「別に目を離した途端に機密を漏らすような馬鹿じゃないさ」

「そっちの話じゃなくて!」

 手を振って外に出ていく藍川。ここから先、まだ不慣れな状態でこの二人に仕事をさせながらミスなく仕事をこなすというのは、彼女にとっては中々の心労だ。だがしかし、Ω+という最高位の等級を持つ藍川は基本的に忙しい。彼女は知る由もないが、彼は他にも危険な案件を抱えていた。

 一人で呆然としていると祭具をしまったレジェとカルラがやってきた。

「他の被害者宅にも調査に行く……」

「えっ、ああはい分かりました!」

「俺も調査頑張らないとな。今ロック聴く奴は死なないって論文書いてるんだ」

「クソみたいな論文……」

 そんな事実があれば、世界中の人にロックを聴かせることで世界平和が実現できると思う粳部。最も人々に好まれている音楽は何だろうかと考える彼女だったが、すぐにそんなことを考えている場合ではないと判断する。思考を彼らに汚染され始めていた。

「じゃ、じゃあ……行きましょうか」

「お嬢ちゃん緊張し過ぎだぜ?そんなんじゃ演奏できない」

「いい加減静かにして兄貴……」

「か、カルラさんは事件捜査の経験は?」

 ふと、気になってそんなことを聞いてみる粳部。既に彼女の嫌な予感は頂点だった。

「四回くらいだが、全部レジェが解決してくれた」

「……マジです?」

「カルラは緊急時の為の暴力装置……捜査については期待しちゃ駄目」

「荒事は任せろ。ロックに解決するからな」




【6】


 粳部とレジェが居るのは最初の被害者の家。家主が不在だった為に食品以外に被害がなかったものの、確かに玄関ドアは尋常ではない力で破壊され司祭の犯行であることは確かだった。ここでレジェの権能を使い犯行の様子を確認することが彼らの目的だった。

 家主に捜査を見られないように外に出してきた粳部がリビングに戻る。

「家主を外に出してきました……できますかレジェさん?」

「可能、留守電を再生する」

 機械音声が聞こえた後にピー音が鳴り、携帯電話特有のノイズが周囲に響く。一時間前にアパートで聞いたような金属が壊れる異音が響いた後、犯人と思われる誰かの足音が近付いてくる。ここでも迷わず食品だけを持って行ったのであれば犯人の目的は確定する。

 足音が止まり、冷蔵庫を開く音が響く。

『結構ある……それ食べられる?……多分……そう』

「誰かと通話してるんですかね?」

「こんなずさんな犯行なのに……指示役が居ると?」

「それは……そうっすね」

 犯行があまりにもずさん過ぎる。中に人が居れば殺害し、金目の物を盗まずに食品だけ盗んでいく謎の犯行。こんな非合理的な行動はそういう弱点の司祭だからという結論しか出ない。そして、粳部の中に新しい疑問が生じる。

 何度か物音がすると足音がしてすぐに止まった。

『これどうやって食べるの?……噛み砕けない硬さじゃない……うん』

 そのやり取りを最後に足音は小さくなって消え去り、携帯電話のノイズだけが周囲に響く。それだけしか記録は残っていなかったようだ。ボタンを押して再生を止めるレジェ。

「やっぱり……金銭を探す素振りがない」

「あの……司祭の弱点が誰かと被ることってありますか?」

 粳部の脳裏に浮かんでいたのはグラスの存在だった。食べ物を大量に食べなければ死んでしまう彼女の弱点をよく知る粳部は、同様に食べ物だけを盗む犯人の行動に心当たりがあった。しかし、司祭についてよく知らない粳部は自分の推測に確信を持てずにいた。

「同じ司祭は存在しないよ。権能、祭具、祝詞、弱点、全部が人によって違うの」

「全員違うわけですか」

「でも……似ていることはある。例えば同じ刀の祭具だけど長さや厚みが違ったりする」

「じゃあ!僅差で違う弱点ってことはあり得ますよね!」

 同じ司祭が存在しないというのは大原則だ。一つの例外を除き権能、祭具、祝詞、弱点が被ることはない。炎を出す権能と爆発を起こす権能が異なるように同じものは存在せず、似たものだけがそこにある。同様に弱点も人によって異なり、ジャンプをしてしまう弱点と木の上でジャンプをしてしまう弱点は別物だ。

「なら、食べ物を食べなければ死んでしまう感じの弱点かもしれません!」

「……その可能性は十分あるね。念の為にこの地域の飲食店を見張らせようか」

「は、蓮向かいってマンパワー凄いですよね……」

 レジェが耳元の無線に手を当てると職員に今の決定を通達する。そんな中、リビングの扉が開いたかと思うとレジェにお使いに出されていたカルラが戻って来た。茶封筒を脇に抱えていた彼の姿を見てまた話が脱線しそうだと思う粳部。それに、彼女は明るい人間は好きではあったがそれは疲れないというわけではなかった。

「よお!頼まれてた物持って来たぜレジェ!」

「兄貴グッジョブ」

「おう!ところで音声は確認できたか?」

「確認できたけど進展はない」

 カルラの前で携帯電話を操作し過去の音声を再生する彼女。カルラが聞いたところで何も解決する筈はないが、頼みを断る程仲が悪いわけではないようだ。犯人の独り言を聞いていると彼の表情が少しずつ真顔に変わっていく。

「ああ、やっぱり犯人は双子だな」

「そうっす……え!?」

「……何で分かったの」

「声質、足音を聴けば分かるだろ?しっかし、歩くタイミングを合わせるなんて変な癖だな」

 粳部がかすかに覚えていた違和感、それは足音の奇妙さ。カルラはそれを見抜いて犯人が二人組だということに気が付いたのだ。奇妙な独り言についても、それは同じ声の双子が会話をしているというとんでもない真相だった。三流ミステリーではありそうだが、現実で突然やられて思いつく筈がないと思う粳部。

「双子!?双子ですか!?」

「同じ声ってことはそうだろ。まあ、何でこんな犯行なのかは結局わかんねーけど」

「……後で音声を担当者に渡して確認してみる」

「おう!それと、頼まれた物」

 脇に抱えていた茶封筒を手渡すカルラ。何を取りに行かされたのかを知らない粳部は、後ろから回り込んでレジェが取り出した書類に目を通す。しかし、全文が英語で書かれた資料に彼女は思わず面食らう。面倒くさがりながら翻訳する。

「全部英語……えー目撃証言では百六十センチ程度の白人女性を目撃」

「被害者宅付近で犯行時間に二名の女性を目撃……当たりかも」

「おっ、解決できそうか?」

 堂々と歯を見せて笑うカルラ。それを見て世の中何が起きるか分からないものだと粳部は思った。こういうクリティカルヒットは往々にして起こることだ。それに彼はただの暴走特急ではない。粳部の中でのカルラの評価が上昇する。

「か、カルラさん中々鋭いですね」

「そりゃまあ、俺たちサンダー兄妹は最高にロックで最強だからな!」

「いずれ国一つ手に入れると言われている……」

「お二人って仲良いのか悪いのかどっちなんですか……?」


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