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4-6

【9】


「……ここか」

 作戦が開始し、一台のトラックを尾行して地下駐車場まで来た藍川。柱に隠れて様子を伺う彼だったがトラックの中から誰かが出てくることはなく、辺りは車の音すらもない無音の空間だった。人を一度も確認していない為に藍川の権能が使えず、相手がどうなっているのか彼には分からない。

 耳元の無線に触れる藍川。

「相手に動きがない。粳部、そっちはどうだ」

『こっちも動いてないです。警戒してるんですかね?』

「……少し待ってから突入する」

 どういう手段を用いて爆弾を増やしたのか、それは分からない。だが、彼らがそれを使用して状況をかき乱そうとしていることは確かだった。トラックのどちらかが爆弾の運搬用で、どちらかが逃走用。その為に藍川は彼と粳部粳部の二手に分かれて行動し、逃走用の可能性が高い方を選んでここまでやって来たのだ。

 藍川が粳部に爆弾の方を任せたのは、彼女を仕事に慣れさせたかったからというのもある。だが、大きな理由は人の相手よりも爆弾処理をさせた方が彼女の精神衛生上良かったからだ。彼女に、人の悪意を見せたくはない。

 様子を伺う彼の下に一般職員からの通信が入る。

『連中の潜伏地を調べたところ、トラックのタイヤ痕を発見』

「やはりか」

『確かに例のトラックなのですが……実は、痕跡が二台ではなく数台分あるんです』

「……何だって?」

 それは辻褄の合わない話だ。確かに彼らが調達したトラックは二台で、それに関しては職員が確認しているので確かな話だ。しかし、二台しかない筈だというのに数台分のタイヤ痕が存在している。トラックが走り、その痕跡が確かに残っているのだ。

 困惑し考えを巡らせる藍川。

『六台、いや七台はトラックがあると思われるのですが……』

「……担当者にNシステムの情報をチェックさせろ。車のナンバーを追え」

『了解』

 そう言って通信が切れる。トラックが自然増殖するとは思えないが、確かにタイヤ痕があるのであればその車は実在する。どこの誰が何の為にそれを用意したのか。車のナンバーを記録するNシステムであれば何かが分かる筈だ。

 彼がトラックを注視していたその時、藍川の耳にかすかな音が入る。それは足音を殺した歩き方。

「……来たか」

 司祭の人間離れした聴力、そして空気の流れを肌で読み取る触感。司祭の中でも最高峰の性能を持つ藍川であれば、視界に頼らずとも敵の動きを探知できる。彼の下にじわじわと近寄る敵は姿を未だに見せず、二十メートルほど離れた場所に居た。だが、藍川が横目でその場所を見ても姿を確認できない。車の影に隠れているのかと思って注視する彼だが、今もゆっくりと移動するそれを確認できなかった。

 そして、ある一つの結論に辿り着く彼。

「なるほど……俺の方で良かったよ」

 見えない敵は細心の注意を払いながら進み続け、ゆっくりとゆっくりと藍川に接近する。彼はそれを未だに目視できていなかったが、もうそれはどうでもいいことだった。別に、そんなことをするまでもなかったのだから。抜き足差し足忍び足、敵が藍川の十メートル圏内に入った。

 藍川が動く。彼から半径十メートルの範囲は、例え見えなくとも壁があろうとも相手の心を感知する。

『権能解除』

 そう藍川が呟いた瞬間、彼に近付いていた司祭の透明化が解除される。彼から十メートル程の距離に居た相手は何が起こったのか理解できず、駆け出した藍川に遅れて反応するも既に遅かった。腹に拳が叩き込まれた相手はよろめきつつもラリアットで反撃しようとするが、動きを読まれ顎に拳を叩き込まれる。脳が振動で揺れて悶える相手に、藍川はダメ押しで両手を組むとすれ違い様に頭を殴った。

 相手が意識を失って地面に倒れるが、藍川も膝を曲げて地面に手を付いた。

「くそっ……反動が」

 権能を使用した反動が頭に流れ込む。彼の弱点は権能を使用して相手を操るとその反動を受けてしまうということ。概怪相手に自害させる分にはまだ反動は少ない方だ。彼らは異常に頑丈で簡単に死なない為、自害させたとしても死なず反動はそこまででもない。しかし、人間は違う。人によっては本当に死ぬ可能性もある為に藍川はそれを使わない。自分が自分である為にも使わない。

 彼が最強の存在であるのは『理論上は一度だけ、どんな相手でも自害させることができる』からだ。

「……全く、クソみたいな弱点だよ」

 荒い呼吸を整えながら再び立ち上がった彼は相手を見下ろし、もう一度権能を使用して心を探る。こうして相手の計画を全て把握することができれば、もう相手の策について何時間も考える必要がなくなるのだから。

 テロリストの計画についての記憶を漁っていた時、藍川はあることに気が付く。

「こいつら……どういうつもりだ!?」

 彼は咄嗟に耳元の無線機に触れると粳部達に呼びかける。事態は既に彼らの想定とは違う方向に向かっていた。当初は爆破テロを行うテロリストという認識だったが、今の彼らはそれとは全く異なるテロリストに変わってしまった。どっかの誰かさんの入れ知恵で。

 声を荒げる藍川。

「粳部グラス!あいつら司祭を追加で三人も貰ってやがる!」

『えっ三人ですか!?』

「あと、司祭の数は合計で五人だ!」

 元から所属していた一人と、後から提供された二人。そして今回追加された三人。一人は藍川が既に倒した為に確保されていたが、それでもまだ相手は五人も司祭を保有していたということになる。彼の足元で伸びている一人についてはもうどうでもいいが、それでも相手にはまだ四人もの司祭が居るのだ。

 落ち目のテロリストには明らかに過剰戦力。

「それと中に複製の司祭が居る。既に爆弾とトラックを複製していた!俺達が追ってたのは囮だ!」

 その時、一般職員からの通信が入る。

『報告!例のトラックと同じナンバーの車をNシステムが記録してますが……恐らく六台居ます!』

『こちら例のトラックを目視で確認!』

「やはりか……確かにあったんだ」

 トラックの後ろに駆けていく藍川。積み荷を確認しようとしたその時、トラックの扉が吹き飛んだかと思うと中から二人の司祭が飛び降りる。煙の中から現れた司祭には余裕が溢れており、まるで藍川のことを待っていたかのようだった。

 敵の目的を理解する藍川。

「司祭二人で俺の足止めか……爆弾は他のトラックだ!ここにはない!」

『それじゃあ私達が追っていたのって……』

「当然囮!敵を倒して他のトラックを追うぞ!」




【10】


「だ、そうですけどグラスさん……」

「してやられたということか……」

 物陰に隠れながら話すグラスと粳部。先発のトラック二台はまさかの囮、それを追っていた粳部達三人はまんまと嵌められたわけである。一度蓮向かいに襲撃されたことから学習し、二度目の襲撃を恐れて対策を練ったのだと考える粳部。しかし、そこにはどうやって戦力を補充したのかという問題が付きまとう。

 物陰から顔を出してトラックを見るグラス。

「あの中に司祭が居るわけですか……どうします」

 グラスは暫くの間無言で考え、耳元の無線機に手を当てた。

「各自トラックを追跡しろ。本部に爆弾処理班とα+相当の職員の派遣を要請」

『了解』

「……私達はあれを倒して他のトラックを追う。それしかない」

 息を飲む粳部。完全に立ち上がったグラスはトラックを見据え、逃がすつもりはないと睨みつける。既に両者共に臨戦態勢。彼女の様子を見て覚悟を決めた粳部も立ち上がり、トラックの中に居るであろう敵を見る。

 彼女はもう覚悟をしなければならない。

「やります……というか、やるしかないです」

「その調子だ」

 グラスがそう言った途端、トラックの扉が蹴飛ばされて飛んでいく。跳ねながら地面を転がっていくそれを目で追っていた粳部だったが、すぐにそれよりもそれをやった人物の方を気にするべきだということに気が付く。グラスの視線の先には二人の司祭が居た。

 一人が中から飛び降りる。

「思ったんだがよお、昔より配達が遅くなったと思わねえかあ?昔は早かったのによ」

 トラックの中に居る司祭に関しては粳部とグラスも見覚えがあった。攻撃を反射する反射の司祭。二人から逃げ切った男が再び二人の前に現れたのだ。だがしかし、もう一人に関してはテロリストの容疑者リストにも居なかった。

 あれは補充された新しい司祭だ。

「昔は高速道路で速度超過しまくりだったからなあ!そりゃ法律にうるさい今より早いわけだ」

「……何の話だ」

「ドライバーの奴速度落としやがって……納得いかねえよなあ!おい!」

「会話不能か……」

 飛び出した謎の司祭がグラスに蹴りかかるが、彼女は圧倒的な速度で回避すると彼から距離を置く。粳部も離れながらトラックから動かない反射の司祭を監視する。何もせずにいる相手が不審でしょうがなく、何をしでかすか分からないことから粳部は出方を伺う。

 グラスを追う敵。彼女が祝詞を唄い始めた。

『祭具奉納、底なし沼にただ一人』

「それを待ってた!」

井戸底知いどそこしらず

 祭具が現れ、出力が限界を超えた彼女が加速する。アスファルトを大きくへこませて飛び出した彼女は敵の脇腹をその手で抉り、急旋回するともう一撃与えようと駆け出す。圧倒的な速度に対応できず驚愕する謎の司祭。しかし、その表情はすぐに笑みに変わる。

「速度超過だぜ」

「ん?……なっ!?」

 瞬間、急激にグラスの速度が落ちる。三分の一以下まで遅くなり大きな隙を晒した彼女に、謎の司祭はラリアットで腹に腕を叩き込む。突然の緊急事態に困惑するグラスは距離を置き、再び殴り掛かろうとするも完全に速度で敵に負けていた。先手を取った敵が背後から殴り掛かり、彼女が瞬時に対応するも拳を捌ききれずに攻撃を受けてしまう。

「違反切符を切らなきゃだなあ!女あ!」

「グラスさん!?」

「よそ見」

 急襲した反射の司祭。彼が粳部に近付いた途端に粳部は弾き飛ばされてしまう。しかし、彼女は海坊主を呼び出すとその腕を伸ばして地面に突き刺し、バネのようにして縮むと再び接近する。弾性力を活かした飛び蹴りを叩き込む彼女だったが、反射の壁を破れずに足が折れてしまう。横に回った反射の司祭が回し蹴りを繰り出すが、粳部はギリギリ海坊主でガードさせて威力を殺した。

 一方、相手に速度で負けているグラスは苦戦を強いられていた。高速で接近する相手が間合いに入った途端に蹴りを放つも、相手は瞬時に反応して躱し横から殴る。咄嗟に片腕でガードするグラス。

「制限速度じゃちと遅いぜ!」

「お前の権能、一定の速度を超えた敵に制限を課すのか!」

「俺は速さにうるさい男だぜ!」

 反射神経は変わっていないものの速度で大幅に不利な状況。相手に攻撃を当てることすらままならない中、グラスは相手と距離を取りながら策を練る。遠くの相手に攻撃を当てる手段は何か。せめて接近するまでの足止めができれば何とかなるが、粳部は反射の司祭の相手で精一杯だった。

 その時、あることを思いつくグラス。

層展乱雷そうてんらんらい!」

「法術か!」

 例え体の動きの速度を制限されたとしても、法術の速度までは制限できる筈がない。グラスから放たれる幾多もの雷は敵の司祭まで向かっていく。いくら相対的に今のグラスより早いとしても、圧倒的な範囲に広がる雷を避けられる筈はなかった。

 だがしかし、敵の前に現れた反射の司祭が雷の前に立ちふさがり、その電撃を全て跳ね返す。

「何っ!?」

「しまった!」

 電撃を浴びるグラス。司祭は概念防御がある為に威力をかなり抑え込むことができたが、それでもダメージはある上に足止めをされてしまった。グラスが動けない隙に接近した男が腹にドロップキックを叩き込む。防御体勢も取れずに彼女はその攻撃を受け止め、地面に転がり起き上がる。

 状況はかなり悪い。だが、できないことがないわけではない。

「……こうなれば、やるか」

「制限速度を守って俺に勝つ気か!その意気や良しッ!」

 諦めるつもりのないグラスは再び構えを取り、突っ込む制限の司祭の拳を弾くと縫うように貫手を繰り出す。しかし速度の差は残酷で、彼女を速度で凌駕する相手はそれを避けると背後から殴りかかった。それは今のグラスには避けられない攻撃。

 しかし、その拳は空を貫いた。つまり当たらなかったのだ。

「何っ!?奴はどこへ……!」

 制限の司祭が辺りを見渡した時、迫りくる拳が顔に当たって吹き飛ばされる。壁を突き破って転がる彼の先にグラスが回り込むと、思い切り蹴飛ばして元の場所まで彼を戻した。明らかに、制限速度を超過している。

 グラスはただそこに佇むだけで周囲の水分を蒸発させ、人を焼き付くすような熱量を発生させる。これがΩ-の本気だ。

過食オーバーロード

 限界を超えた過剰な出力は制限速度を超過する。目には目を、速度には速度を。


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