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2-3

【4】


「あのー……そろそろ外してもらえませんかね」

「おお悪い、今外す」

 藍川により数時間ぶりに目隠しを外される粳部うるべ。完全に光を遮断する目隠しだった為に、瞳に光が飛び込むと暗闇への慣れから目が痛い。粳部が次第に感覚を慣らし辺りを見渡すと、そこには広くて白い施設が広がっていた。ここが藍川の言っていた『蓮向はすむかい』という組織の基地なのだろうかと辺りを見渡す粳部。

 驚き開いた口が塞がらない粳部に隣の藍川が語りかけてくる。

「検査、早く終わって良かったな」

「……よくないですよ!六時間もかかったんですよ!」

「数日とかと比べればまだ早い方だ。職員に感謝した方がいいぞ」

 今日は検査ということでここに連れて来られた粳部だったが、機密保持の為と言って目隠しを付けられた状態で検査を受ける羽目になった。全身をいじられて不愉快だった粳部。自分の体がどうなっているのかを調べる為には仕方がないと自分を納得させる彼女。何も分からないものを運用するわけにはいかない以上、この検査はやむを得ない。

 溜め息を吐く粳部。

「これで何も分からなかったら呪いますよ」

「勘弁してやれ」

 そう言って歩き始めた藍川の後をピッタリと付いて歩き、粳部はこの広い施設を進んでいく。すれ違う人の中には外国人も混じっており、壁に設置された大きなモニターにはよく分からない数字が羅列されている。こんな組織がずっと隠匿され続けていたことに驚く彼女。通りすがっただけで数百人は職員が居た。

「ここに居る人達は何してるんですか?」

「情報処理の担当者、施設の維持を行う作業員が大半だ。殆どが住み込みだよ」

「はえー」

 何やら本格的に秘密の組織のようだと思う粳部。この特殊な施設には数多の重要な秘密が秘匿されている。粳部がこの施設に連れて来られた時、最後に確認できた場所は地下鉄の連絡通路だった。藍川に呼び出されて共に地下鉄に乗り、ある駅で降りたところで目隠しを要求された彼女。何をするのかと思いつつも目隠しをしたが、それから二分も経たない内に検査が始まったのだ。

 全てが白い道を歩く二人。

「ここ、どういう場所なんです?」

「概怪や司祭を拘束したり、調査した情報を整理して保存する場所だ」

「……私達、地下鉄の通路からここに来たんですよね?」

 この大きさの施設が地下鉄の通路から二分ちょっとで行ける場所にある筈がない。こんな広大な土地を利用しているとなれば、確実に地下鉄の隣にはない。この空間は何らかの特殊な力を用いることで入れるようになっている。どう考えても理屈では説明できないことが起きていることに困惑する粳部。

「特別な出入り口があるんだ。機密保持の為にお前には見せてないが」

「やっぱり、目隠ししてる間にワープか何かしたんすね……」

「拘束した概怪や司祭が脱走したらこの世の終わりだ。機密は何よりも大事なんだよ」

 細い通路に入り、コツコツとした足音だけを辺りに響かせて奥に進んでいく。暫く歩き人通りが少なくなってきたと思い始めた頃、藍川がある扉の前で足を止める。彼は懐からカードを取り出すと扉に取り付けられた端末に触れた。瞬間、機械音がしたかと思うと扉が開く。迷いなく中に進む彼の後をついて行く粳部。

「ここだ、ここでやる」

「どこでもいいですけど……何やるんでしたっけ」

「特訓だ。お前の不死性がある程度分かった以上、実戦で戦えるように鍛える」

 そう言って足を止め粳部に振り向く藍川。重心を下ろして戦う構えを取り、いつでも彼女の方に動き出せるように体勢を整える。彼女からすれば冗談ではない。再生能力がどれだけのものなのかまだハッキリとしていないのだ。胸を貫かれたとしても再生できた。腕を引き千切られても指を少しだけ切っても再生できた。

しかし、脳を破壊された場合に再生ができる自信はない。おまけにあまり運動をしない粳部には、自分が激しい戦闘ができるとは思えなかったのだ。

「ちょ、ちょっとは手を抜いてくれますよね?」

「お前の強度チェツクやあの怪物のパワーについても調べないといけないからな」

「えーっと、それはつまりどういう意味なんですか?」

「抜かりなくってことだ」

 次の瞬間、藍川の姿が消えたかと思うと風を切りながら粳部の胸に平手を叩き付ける。あまりの速度と唐突さに追い付けず一撃を許してしまい、体は壁へと吹き飛んでいく。粳部は想像を超えた痛みに悶えるが思考は比較的ハッキリとしており、空間を把握すると着地して衝撃を殺す。しかし、反撃の余裕はない。

 視線の先に藍川が居る。

「やるな。やはり反射神経が強化されてる」

「やるなじゃないですよ殺す気ですか!?」

 藍川から逃げようと走り出す粳部だが、逃すまいと彼の拳が迫ってくる。それらを見て何とか躱しつつ逃げるも、腕を掴まれて壁に投げつけられる。粳部の速度は全速力の為に上がっているが、藍川の速度と経験を超えられる程ではなかった。内出血の痛みも再生ですぐに打ち消されていく。

「最低なんすけど!」

 藍川は再び一気に距離を詰めてくるが今度は見逃さず、粳部も自分に迫ってくる拳に対応して拳で殴りかかる。二つの拳が衝突した瞬間に彼女の全身に鈍い衝撃が走り、耐えきれなかった粳部の拳がひしゃげて潰れる。肉が捻じれ、骨は砕ける人外の力。流石にあれを粳部の拳で受け止めるには強度が足りなかった。

 思わず涙が出る粳部。

「あああっ!いでええ!」

「悪い。実は手を抜いてる」

「あなたねええ!」

 粳部が文句を言おうとしたその時だった。砕けた筈の彼女の拳が自然に再生し、全てがなかった事になる。砕けた骨は元の形に戻り、床に飛び散った血肉は体の中に戻っていく。粳部の再生能力は確かなものだ。藍川の拳の威力を打ち消せるだけの耐久力はなかったものの、これだけの再生力があればある程度のことはできる筈だ。

 藍川が粳部から距離を起き、彼女を殴った拳を手で抑えている。

「なっ、治った」

「なるほど、耐久力はないがパワーはしっかりあるみたいだな」

「……もしかしてその腕」

 藍川が抑えているその腕には傷が付いており、粳部の拳でダメージを受けたのか彼が痛そうにしている。藍川には粳部のような再生力がない代わりに、絶対の防壁である概念防御があるのだ。あれがある限り、普通の攻撃は藍川のような司祭には届かないだろう。だが、粳部の攻撃は藍川に傷を付けるだけの特殊性と威力を持っている。

「概念防御を突き破ってる……だが、お前には概念防御がない」

「概念防御についてもう一度教えてくれませんか?」

「そうだな……もう一度説明しておくか」

 どうやら、ここで一時休戦としてくれるようだ。粳部は呼吸を整えて肩の力を抜く。平穏から命の危険に叩き落されて気がどうにかなってしまいそうな彼女だったが、この時間で精神を落ち着かせつつ知識を深めなければならない。

 力を抜いた藍川と向き合う粳部。

「概念防御は司祭と概怪しか持たない鉄壁だ。文明の産物、生物に強い耐性を持ってる」

「つまり、司祭とかに攻撃するには概念防御がないといけないと」

「いや、実はそういうわけでもない」

「えっ?」

 粳部がどういうことだと思った瞬間、地面から現れた光の鎖が藍川の腕に絡みつく。唐突なことに驚いた粳部だったが、それがどこかで見たことがあるものだと分かった途端に彼が言わんとしていることを何となく理解する。あの鎖は藍川と谷口が戦った時にどこからか出てきた光の鎖。

「それって確か」

「これは法術、古来からある常識の外の力。普通の人間でも使えて概念防御を貫通する」

「うわつよ!それあるなら司祭じゃなくても戦えるじゃないですか」

「才能に左右される、あまり強くない、拘束に特化……これでいけると思うか?」

 法術はあまり再現性が高くない。才能に左右される上に習得に時間が掛かり過ぎる。誰かが突出して強いだけでは組織というものは成立できない。司祭というとんでもない存在に依存している今の現状ですら駄目な例に片足を突っ込んでいるというのに、効力のあまりない法術に戦闘を任せてしまってはもうおしまいだ。

「例えば、集光しゅうこう

 藍川が手から光の玉のようなものを出し、拡散して放つ。霧のように消えていくそれは粳部にはとても強そうには見えず、素手と比べて随分と頼りなかった。

「無理ですね……」

「まあ、拘束する分には便利だ。概怪を弱らせた後に法術で拘束、ここに収容」

「先輩も法術使えるみたいっすけど、結構簡単なんですか?」

「最低でも五年は掛かる」

 気の長い話だ。五年も掛けて法術を極めるよりは格闘技術や、己の権能を極めた方が為になると考える司祭は多い。簡単には捕まってくれない敵を大人しくさせるには直接殴るのが一番だ。普通の職員はこれを習得する以外に道がないのだが。

しかし、粳部が先日の藍川と谷口の戦いを思い返してみると、戦術の幅を広げる為には法術を学んでおくこともありかもしれないと考える。だが、流石に五年は厳しかった。

「気が遠くなるんで覚えるのは諦めますかね」

「そうだな、基本に忠実であった方がいい。下手な小細工は逆効果だ」

「ですよね!」

「ということで、今からその基本がしっかりしてる奴と戦ってもらう」

 藍川がそう言った瞬間に奥の扉が開き、外から小学生か中学生くらいの少年が入ってくる。無愛想な表情だったせいで認識が遅れた粳部だったが、あれはまだ子供ではないかと気が付く。ぴっちりとした服を着たその少年は死んだような瞳のまま藍川の前に立つと、彼には一瞥もせずに話しかける。

「俺の相手はこの人か」

「子供ですよね……完全に」

染野そめのは俺の二番弟子だ。歳の割に優秀な司祭でな、強いぞ」

 無機質な雰囲気と子供らしい風貌で脳が掻き乱されている粳部。どう考えても普通の人間ではないことは見れば分かるのだが、その強さが彼女には想像付かないのだ。底が知れないのだ。この見た目と歳でも司祭で、組織の中で任務に当たっている。それは恐ろしいことである。粳部と同様に、正体が不明であることによる得体の知れない恐怖。

 染野という少年が腰を下ろしていつでも動き出せる姿勢になる。

「ルールは簡単、染野に一発でも当てられれば勝ち。いいだろ?」

「い、いいって言われても相手の強さが分からないので何とも言えませんよ」

「法術は使わず、ある程度動きは合わせるんだな……」

「そうそうそれくらい手加減してもらわないと」

 粳部の再生能力は高く、ある程度のパワーとスピードを兼ね備えている。しかもあの黒い怪物を出せるというアドバンテージがあり、戦闘センスのない彼女をかなりサポートしてくれている。ここまでお膳立てしてようやく同じ土俵に立てるのだから、法術を使わないというハンデは当然のことだ。そうしなければ勝てない。

 故に粳部は忘れていた。数分前に理不尽な試験を課してきたあの藍川が、こんな手抜きを許すとは思えないことを。

「だが、権能は使ってもいい」

「へ?」

「……了解」

 とんでもない制限解除が彼女に聞こえた瞬間、遠くに居た少年が一瞬で距離を縮め飛び蹴りを喰らわせる。何とか片腕で防いだものの骨や筋肉はダメージを受け、そこから彼が繰り出す回し蹴りを避けて距離を置く。壊れた粳部の腕は次第に再生していくが劣勢の状況はどうにもならない。

「待って待って!」

祭具奉納さいぐほうのうすすり捧ぐはつゆさかずき

 止まった少年の手元が輝き、何やら良くないことが起きようとしている。しかし粳部はそれが何なのかを知らず、止める術すらもない。祝詞を彼が歌った瞬間、白い手袋がその手にはめられる。司祭が祭具を手にしたということは、権能が解放されたということだ。

 少年の目が鋭く粳部を見据える。

削身噛身切そぎみかみきり

「ッ!来い!」

 身の危険を覚えてあの黒い怪物を側に呼び出す粳部。いざという時の肉の盾としても優秀だが、まずは相手の実力を測る為に先手を打って攻撃させる。自分を知らない以上、相手を知らなければ話にならないのだ。動き出した怪物が少年に突撃しようと直進する。

 その瞬間、粳部の足が何故か切断される。

「なっ!?」

「染野が権能を解禁したぞ。どうする粳部」

 関節の部分の肉が抉られるように破壊され、粳部は自立できずに倒れてしまう。黒い怪物はその場で止まってしまい、少年は粳部のことを遠くから見下ろしている。動いていない。彼はその場から一歩も動いていないというのに、粳部の足は立てなくなる程に破壊されたのだ。

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