(うーん……。子どもの頃って、悲しい思い出はすぐ忘れるようにするもんなー。まあ、今はこうやって、また一緒に過ごせているわけだし)
そう思った俺は、それ以上無理に思い出すのをやめた。
「ねー、ねー? あと、どれくらい?」
「どれくらーい?」
「ほーら。和兄の邪魔をしてないで、こっちで待ってなさい」
和兄の足へ纏わるように掴まり続ける双子へ向かって俺が声をかけると、双子は口先を尖らせながら、渋々和兄から離れた。
「はーい」
「えいとおうじ、さっきのつづきやろー」
和兄から離れた双子は、今度は瑛斗先輩の元に走り寄ると、瑛斗先輩の手を引いてソファーへと向かっていってしまった。
「ごめんね、和兄。荷物置いて着替えたら、俺も手伝うから」
「なに言ってんだ。オレに全部任せておけって。それより、理央。ちょっとこっち来い」
コンロの火にかけているフライパンの蓋を少し開けて、熱の入り具合を確認し終えた和兄は、俺を呼ぶように手招きをした。
「……?」
何だろうと思いつつ、俺は首をちょっと傾げて肩にかけていたスクールバックを足元に置くと、キッチンのコンロ前に立つ和兄の元に向かった。
「なに? 和兄。あっ、今更だけど、今日は本当にありがとう。おかげで助かったよ。そうだ、瑛斗先輩にもまだお礼を伝えて……」
俺はリビングのソファー前にいる瑛斗先輩へ、お礼を言おうと声をかけようとすると、和兄は俺の頭にそっと手を置いた。
「なに、和兄? どうしたの? わっ……!」
頭に置かれた手で急に髪を搔き乱され、自分の長くて邪魔な前髪で視界が隠されてしまうと、和兄の顔が見えなくなってしまった。
「ちょ、ちょっと! もう、和兄! いいかげんに……」
和兄の手首を掴んで、俺の髪を搔き乱していた手の動きをなんとか止めると、やっと和兄の顔を見ることができた。
(えっ……和兄……)
思わず俺が言葉を失ってしまったのは、和兄が眉を下げて、唇を噛みしめながら、酷く悲しげな顔をしていたからだった。
「理央は……。一人で頑張ってきたんだな。大変だっただろうに……」
「和兄……?」
(あっ、そっか……。きっと、聞いちゃったんだ。うちの事情を……)
和兄には母さんが亡くなったことも、父さんが入院していることも話していなかったが、和兄の口ぶりで、俺の家の事情を瑛斗先輩か那央から聞いたんだと悟った。
心配かけないようにと話さなかっただけなのだが、結果として隠していたのと変わらないため、俺は和兄に後ろめたさを感じてしまう。
「あ、あのね……」
言い出そうとするも、それ以上言葉が続かず俯いてしまった俺の頭を、和兄は何も言わなくていいよと言ってくれるかのように軽く叩いた。
(やっぱり、和兄は優しいな……)
俺は胸に温かいものが広がるのを感じつつ、顔を上げて、和兄に満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう。でも、一人じゃないよ。だから、大丈夫だよ」
(たしかに、最近までは一人で頑張らないとって思ってた。でも瑛斗先輩のおかげで……)
「……。そっか……」
和兄は俺の頭を優しく撫でると、微かに笑みを浮かべた。
「ほら。さっさと着替えて、手を洗ってこい。もうすぐ晩飯が出来上がるぞ」
「うん。ありがとう……」
俺はキッチンを出てリビングに向かい、ドアの近くに置いていたスクールバックを手に取ろうとしたが、不思議と足は瑛斗先輩の元に向かっていた。
(なんだろう……。今、すごく瑛斗先輩に……)
胸がざわめく理由も、どうしてこんなにも瑛斗先輩と話がしたいのかも分からなかったが、俺は脇目も振らずに瑛斗先輩へ向かって行った。