(あれ……? いつもの那央なら……。こんな時、自分の部屋に戻るのに……)
首を傾げながら脱いだ靴を揃えると、俺はボストンバックを手に持って洗面所に向かい、手を洗ってから着替えをバックから取り出して、洗濯機に放り投げた。
(とりあえず、リビングに行くか……)
少し軽くなったバックをもう一度手に持って、自分の部屋へ行く前に那央の待つリビングへ向かった。
リビングに入ると、俺が作り置きしたカレーのいい匂いが残っていて、ダンス練習で疲れた身体が、反射的に俺のお腹を鳴らそうとした。
「おっ! 我ながら、いい匂いに仕上がってんなー。那央も晩御飯に食べてくれたのか?」
「あっ、ああ……。その……うまかったよ……。玲央と真央も、うまそうに食ってた。あ、温め直すか……?」
「えっ……いいのか?」
「べつに……。俺ももう一回、食いたいし。メシは自分でよそえよ」
「な、那央……」
俺は那央が気を使ってくれることが嬉しくて、胸の奥がジーンとして胸がいっぱいになり、思わず那央を見つめ続けてしまう。
「なんだよ?」
「な、なんでもない。なんでもない」
自然と顔が綻んでしまっていた俺に、那央は呆れたように睨みつけてきたため、俺は慌てて首を横に振った。
「じゃあ、母さんに挨拶をしてっと」
ボストンバックを足元に置いて、俺はただいまの挨拶と、今起きたこの感動の出来事を心の中で母さんに伝えようと、仏壇に向かおうとした。
「あ、あのさ……!」
だが那央は、そんな俺を大きめの声で呼び止めた。
「ん? どうした?」
俺は足を止めて首を傾げると、那央は顔を俯かさせていたが、その口元は微かに何か言いたそうに動いていた。
昔から那央は言いにくいことがあると口元を動かすクセがあり、昔と変わらない仕草に俺は思わず笑みが零れそうになる。
(ハッ……! いけない……。ここで笑ったりなんかしたら、思春期の中学生を思いっきり傷つけてしまう……)
せっかく修復しかけている仲を壊すわけにはいかないと、俺は必死に表情を変えるのを我慢して、リビングの入口付近で立ったままの那央に近づいた。
「どうしたんだ? 何か言いたいことがあるなら……。やっぱり、今日遅くなったこと迷惑だったか?」
「違うんだ……。その……」
那央は何かを決意したように顔を上げると、力が入ってしまっているのか、眉間に皺を寄せながら俺を見つめてきた。
「オレ、見たんだ……! 今日、兄貴の部屋のクローゼットで、アレを……」
「アレ……? あれってなんだよ? クローゼットにエロ本なんか入ってないぞ……って……。えっ……?」
俺はスッと一瞬で体温が下がり、冷や汗を首筋に感じた。
「待てよ……。クローゼット……? えっ? 俺の部屋のクローゼットってまさか……」