辺りは真っ暗の中、俺は音を立てないよう玄関の鍵を静かに回し、そっとドアを開けて家の中に入った。
(さすがに、今日はちょっと遅くなっちゃったな……)
明日のライブに向けたメンバー全員での振付確認後、俺はレンさんとサクヤさん、そしてルカさんと一緒に初めて居残りをした。
軸足がブレずにターンをする方法や、メリハリのつけ方などを教わりながら、ダンススタジオが使える時間の可能な限り練習をした結果、いつもより帰りが遅くなってしまった。
(遅くなるって那央には連絡したけど……。もう、玲央も真央も寝ちゃってる時間だよな……)
いつもの土曜日であれば、夕方の練習開始までは双子と過ごし、練習の数時間だけ弟の那央に双子の面倒をお願いして、家を空けるようにしていた。
だが、今日は瑛斗先輩の撮影見学もあったため、朝から丸一日、那央へ任せっきりになってしまった。
せっかくの休みの日だというのに、双子に構ってやれなかったことと、頼りすぎてしまった那央に対しての罪悪感で俺の胸は痛んだ。
(でも……)
罪悪感を感じる半面、俺は充実感と上達していく過程が楽しくて心は弾んでいた。
(声を出さずにできるボイストレーニングがあるなんて、知らなかったなー。ルカさんにせっかく教わったんだし、さっそくやってみるのも……)
考え事をしながら着替えの入ったボストンバックをそっと足元に置いて、俺は靴を脱ごうとする。
「おかえり。遅かったな……」
「わっ……! な、那央……! えっ……あっ。た、ただいま……」
(び、びっくりした! って、えっ! 那央が俺の帰りを出迎えてくれた……)
リビングからわざわざ出てきて、那央が俺のことを玄関まで出迎えてくれるなんて何年ぶりだろうと、思わず驚いてしまう。
(こんな日が来るなんて……)
俺は感慨にふけり、胸の奥が締め付けられたのと同時に目頭が熱くなってしまった。
だが、さすがにここで泣いたら那央にウザがられてしまうと思い、俺は鼻で息を吸い込んで、なんとか我慢した。
「今日はその……一日ありがとな。おかげで助かったよ」
「いや、別に……。どうせ、休みだし……」
顔を逸らし俯く那央に、俺はこれ以上どう話かけたらいいか分からず、靴を脱ぐのをわざと手こずらせながら、那央から視線を逸らしてしまう。
一緒に暮らす兄弟なのに、いや、兄弟という近い存在だからこそ一度離れてしまうと、今更どうやって元に戻していいか分からないといったところかもしれない。
離れてしまった距離を再認識して淋しさを感じつつも、俺はなんとかしなければと思い、顔を上げて会話を続けようとした。
「メ、メシはもう食ったのか? ごめんなー、双子の寝かしつけまでさせちゃって。大変だっただろ?」
「……。べつに……」
(あっ……)
なにか癇に障ったのか、苛立ちながらぶっきらぼうに言い残して、那央はリビングへ戻っていってしまった。
呆気なく終わりを迎えてしまった会話に、胸に穴が開いたような喪失感を感じつつ、俺はリビングに戻っていった那央の行動に違和感を覚えた。