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第62話

(まあ、当たり前だよな……。急に俺が、こんなこと言ったら笑われて……)


「ふーん……。いいんじゃねーの」


 ルカさんは俺の胸元を、まるでノックするように拳を軽く当ててきた。


「えっ……?」


 俺は驚いて口を開けたままルカさんを見つめてしまうと、ルカさんは唇の端を少しだけ上げて笑っていることに気が付いた。


「ルカさん……」


 ファンに向ける満面の笑みではない、初めて見たルカさんの笑った顔に、俺は安堵して笑みが零れた。


「おー。ルカのツンデレが発揮……。おっと……」


 拍手をしだすレンさんをルカさんが睨みつけると、レンさんは逃げるように目を逸らした。


(認めてもらった……。ルカさんに……)


 俺は想像もしていなかった出来事に嬉しくなり、思わず両手でガッツポーズをしてしまった。


「お、俺! 頑張ります!」


「ああ。頑張れよ」


 今度はルカさんに肩を叩かれると、胸の奥が熱くなるのを感じた。


「ルカも今の状況に甘んじて胡坐かいてると、知らねーぞ。時代は下剋上だからなー」


「ふんっ。オレがそんなヘマするはずないでしょ。どーぞ、ご勝手に言っててください。だいたい、リオンよりオレが、レンさんをセンターから引きずり降ろすのが先ですよ。覚悟してくださいね」


 そう言い残して、ルカさんはそのままダンススタジオの一番奥に行ってしまった。


「あーあ。リオンはルカにも気に入られちゃったなー。これでもう、センター狙う宣言の後戻りできないなー。どうする、リオン?」


 天井に向かってレンさんは腕を伸ばして軽く伸びをすると、満足そうな笑みを浮かべながら立ち上がった。


「えっ……?」


 レンさんが浮かべる満足そうな笑みを見た俺は、自分が何かの罠へ嵌められたような気分になった。


「えっ……? れ、レンさん……。もしかして……」


(まさか、今のは全部計算して……。そういえば……)


 今思えば、ルカさんがレンさんを殴ろうとしたとき、本来ならばサクヤさんが真っ先に止めるはずなのに、止めなかったことへ違和感を覚えるべきだった。


 きっと俺が後戻りできないようにするため、レンさんはわざとルカさんをたきつけたのだと気付くと、俺は足の力が抜けて、その場にしゃがみこんでしまった。


(や、やられた……)


「まあ。それぐらいの気合、入れてけってことだよ」


 しゃがみこんでしまった俺に、レンさんは少しだけ屈んで俺の頭に手を置くと、軽く撫で始めた。


「しっかし、ルカはなんで最初からリオンを目の敵にしてたんだろうなー。お前たち、なんかあったのか?」


「いえ、特別何かあったわけでは……。でも……。今思えば、俺の中途半端なリユニオンに対する態度に、苛立ったのかなって……。そう、今なら思います」


「まぁー。ルカも本気だからなー。きっと俺たちと一緒で、リオンには期待してたんだろうなー」


 リユニオンは十五人という大所帯。


 全員が全員、この世界で生き抜いてやるというほどの、やる気に満ち溢れているかといえば、それは嘘になる。


 だが、もし本当にレンさんが言うように、俺に対してルカさんが期待してくれていたとすれば、期待を裏切ったことで嫌われても仕方なかったと思う。


 俺は申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになり、スタジオの隅に行ってしまったルカさんに、そっと頭を下げた。


「リオンは真面目だなー」


 俺の頭の上にまた手を置くと、レンさんはさっきより優しく、俺の頭を撫でた。


「まあ、ルカも可愛いところがあるってことでさ。アイツのこと、嫌わないでくれよな」


「そんな……当たり前です……」


 俺はもう一度改めてルカさんに頭を下げようとすると、ルカさんが床に置かれていたジャージの上着を羽織ったのが見えた。

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