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第56話 ダンススタジオ

(さてと……)


 気持ちを切り替えて、俺はそのまま廊下を歩き、ガラス張りのダンススタジオ前に到着すると、外から中を覗き込んだ。


(さすがに、ちょっと早いか……)


 ダンススタジオ内に備え付けの時計を確認すると、集合時間より一時間ほど早く、明かりはついているものの、中には誰もいなかった。


(でも、まあ……中で待ってればいっか)


 俺は中で集合時間が来るのを待とうと思い、ダンススタジオのドアを開けた。


(ライトに照らされる上、こんな鏡だらけの空間なんて、最初は慣れなかったよなー……)


 ダンススタジオ内は前後を鏡で覆われ、どこに視線を向けても自分が見えるこの空間は、リユニオンに加入した当初、俺は嫌で仕方がなかった。


 それは、容姿に元々自信があるわけでもなかったので、鏡に映る自分を見るのが単純に恥ずかしかったからだ。


 そんな気持ちでダンスレッスンに臨んだところで、鏡に向かって顔を上げられるはずもなく、俺は俯いてばかりでダンスの先生から怒られていた。


 だがある日、週末ライブでふとした拍子に顔を上げたときだった。


 たった一人、俺のイメージカラーのオレンジに身を包んで、俺を必死に応援してくれている人がいることに気が付いた。


(俺を……応援してくれている人がいる……。しかも、あんなに一生懸命……)


 その人の存在に気が付いて、俺はちょっとでもその人に向けて顔を上げられるように、変わろうとしたことを思い出した。


 自分に自信をつけさせようと、筋トレを始めて、同時に体幹トレーニングも始めた。


 髪型やメイクも、動画を見たり、スタッフさんに教えてもらいながら練習したおかげで、どんどん上達していった。


 次第に、理央としてではなく、自信に満ちたリオンへ完全になりきることで、鏡に映る自分を見るのも恥ずかしくなくなった。


 俺はそんなことを思い出しながら、スタジオに入ってすぐの場所で、足元にウォーターボトルとタオルをちょこんと置くと、体育座りをしてスタジオの中を見回した。


(そっか。こうやって、ここにいられるのも……。全部、末広がりさんとして俺を応援してくれていた、瑛斗先輩のおかげなんだ)


 俺は改めて、瑛斗先輩の存在が、どれだけ俺に影響を与えてきたか深く実感した。


(そして、また……)


 目が離せないまま、吸い込まれそうなど惹きつけられる表情。


 自分を見て欲しいという気持ちが、ひしひしと伝わってくる目と仕草。


(瑛斗先輩みたいに、俺もあんなことができたら……。そしたら、もっと……)


 撮影のときの記憶を呼び起こすことに集中しようと、俺は目を瞑って膝に顔を埋めたとき、ダンススタジオのドアが勢いよく開いた音で慌てて顔を上げた。


「おっ! リオンが早いなんて珍しいなー。どうしたんだ? しかも、練習日なのに髪と化粧もばっちりじゃん」


「レンさん……」


 俺に向かって手を振りながら中に入ってきたのは、リーダーのレンさんだった。

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