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第55話 夢から覚めたというべきかな

 撮影が終わった俺は、瑛斗先輩の送迎車ではなく美玲さんが手配してくれたタクシーで、リユニオンのダンス練習のために事務所へ向かった。


 事務所に併設されている更衣室のロッカー前で、撮影用に借りた衣装からTシャツと短パンに着替えると、なんだか胸にぽっかり穴が開いたような淋しさに似た感覚を覚えた。


(終わっちゃった……。いや、夢から覚めたというべきかな……)


 眩しいと感じるほどのライトに照らされ、一斉に注ぎ込まれる熱い視線。


 包み込むような拍手と、終わった後の達成感。


 アイドルをやっているのだから、それらは毎週末のライブで感じているはずなのに、今日の撮影ほどの高揚感を、正直今まで一度も感じたことはなかった。


 その理由は簡単だ。


 熱い視線や拍手も、それらは全て俺には向けられていないと分かっているからだ。


 自分以外に向けられているものへ、自分が喜びを感じるはずがないのだから。


 アイドルを始めた理由は、誰かに認められたいや、応援されたいと思ったからじゃない。


 ダンスや歌で自分を表現したいわけでも、憧れの人がいたわけでもない。


 家族と家を守るために、お金を稼ぐ手段として始めただけだ。


(でも、俺はその理由を……今まで言い訳にしていた気がする……。ステージから俺のことを応援してくれる人がいないのは見て分かるから、傷つかないように……。他のメンバーとは違うって、自分に言い聞かせていただけじゃないのか……?)


 自問自答をしながら、着替えのために脱いだ今日の撮影衣装を手に持って、俺は溜め息交じりにじっと見つめた。


(美玲さんがそのまま着て帰って構わないと、靴まで全身一式くれたけど……。なんだか浦島太郎の、玉手箱をもらったような気分だ)


 そんな表現が浮かんだのは、夢のような時間から、現実世界に戻されたと感じたからかもしれない。


 俺は目の前に広げていた撮影衣装を綺麗に折り畳んでロッカーにしまうと、ロッカーからスニーカーを取り出して履き替え、家から持参したウォーターボトルとタオルを手にして更衣室を後にした。

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