「きっと、中村だわ。意外に戻ってくるが早かったわね」
美玲さんは立ち上がると、ドアに向かっていき、閉めていた鍵を外してドアを開けた。
「早かったのね。もっと時間をかけてくれて構わなかったのに」
「社長。なぜ、海棠くんをこんなところに? しかも鍵までかけて……。瑛斗くんに怒られますよ」
メイクルームに入ってきた中村さんは、美玲さんに言われて買ってきたコーヒーを紙袋のまま、静かに応接セットの机の上へ置いた。
「別に苛めていたわけじゃないわ。ね、理央くん?」
俺は美玲さんに言われて返答に困り、引き攣った笑いしか浮かべられなかった。
「ほら、見てくださいよ。海棠くんも困ってますよ。だいたい、社長が撮影を見届けなくてどうするんですか?」
「あっちは瑛斗と撮影チームに任せておけば大丈夫よ。そんなことより……」
美玲さんは辺りを見渡して、何かを探す素振りをした。
「中村。紙とペンを貸して」
「……。一体、何にお使いになるんですか?」
不思議がりながらも、中村さんはジャケットの内ポケットから革の手帳を取り出して中を開くと、ペンと一緒に美玲さんへ差し出した。
「ありがとう」
美玲さんはお礼を言いながら、中村さんから受け取った革の手帳に何かを書くと、そのまま手帳を開いた状態で中村さんにペンと一緒に手渡した。
「そこに書いてあることは、もう打ち合わせ済みだから。ほら、すぐに行って」
手帳に何が書かれたのかわからなかったが、中村さんは手帳に書かれた内容を見ると、まるで俺と照らし合わせるかのように交互に見つめた。
「やっぱり、何かお考えがあったんですね」
「もちろんよ。こんなチャンスを私が逃すはずないじゃない」
腰に手を当てて自信満々に言う美玲さんへ、中村さんは深い溜め息をついた。
「はー……。瑛斗君に本気で怒られても、私は知りませんよ」
「大丈夫よ。瑛斗ならきっと、狂喜乱舞するわ」
(瑛斗先輩が狂喜乱舞……? いったいなにが……)
俺は口を挟みたかったが、明らかに二人の会話は仕事の話だったので、黙って見つめるだけにした。
「じゃあ、私は行きますけど……。海棠くん、どうかご武運を……」
「えっ……」
同情するような表情で俺に向かって会釈をし、意味深長な言葉を残した中村さんは、メイクルームを出て行ってしまった。
「さてと。理央くんはガムシロとミルクはいる? アイスコーヒーなんだけど」
「あ、ハイ……。じゃあ、両方いただきます……。ごちそうさまです」
中村さんが置いていった有名コーヒーショップの紙袋から、美玲さんは蓋の付いたプラスチックのカップと、ガムシロとミルクを一緒に俺の前に置いた。
「ねえ、理央くん。瑛斗のデザインした指輪、見せてもらっても構わないかしら?」
「あっ……。はい……」
俺はもう、今更リオンじゃないと否定しても無駄だろうと割り切り、首の後ろに手を伸ばして、チェーンネックレスの留め具を外した。
そして、チェーンネックレスから指輪を抜き取ると、俺は指輪を手のひらの上に乗せて、美玲さんに差し出した。