「こうやって、理央くんはきっと……。瑛斗がこの話をしたとき、瑛斗の代わりに怒ってくれたんでしょうね。ありがとう……」
俺の肩に置かれた、美玲さんの細くて長い手の指先が微かに震えているのを感じ、俺は首を横に大きく何度も振った。
「お礼を言われるようなことは、なにもしてないです! でも……!」
「理央君。少し、落ち着きましょうか。ほら、そこに座って。ねっ?」
背中に美玲さんの手を添えられて促されると、俺は応接セットのソファに、美玲さんと向かい合うかたちで腰かけた。
柔らかい、沈み込むようなソファの感覚に、俺は沸々と湧き上がっていた怒りが少しだけ収まり、冷静になっていくのを感じた。
俺は自分を落ち着かせるために、息を大きく吸い込んだ後、ゆっくりと吐き出した。
「すみません。大きな声を出して驚かせて……。それに、ドアの向こうは撮影中だというのに……」
美玲さんを驚かせてしまったことはもちろん、たった一枚のドアを隔てて瑛斗先輩は撮影中だというのに、そんなことも忘れて大声をあげた自分の意識の低さに嫌気が差した。
「大丈夫よ。あれくらいの声じゃ、向こう側にいる撮影チームには聞こえないわ。理央くんは真面目なのね。それでいて、芯がしっかりしていて温かくて……。瑛斗に出会ってくれて、本当にありがとう」
無理して笑うことなく、瑛斗先輩のように眉を下げて笑いかけてくれる美玲さんに、俺はやっと落ち着きを取り戻した。
「いえ、そんな……。あの……。もし、知っていたら教えて欲しいんです。なんで瑛斗先輩のお兄さんは、瑛斗先輩にあんなことを言ったんですか……?」
膝の上に置いていた手に拳をつくり、拳の中に入れた親指へ力を込めながら、俺は息をのみ込んで、美玲さんを真っ直ぐ見つめた。
「……。本当にバカよね。兄のは……ただの逆恨みよ」
美玲さんは俯いて、俺と美玲さんの間にあるローテーブルを睨みつけるようにじっと見つめながら、静かに溜め息をついた。
「母が出ていったとき、私は幼かったから母の記憶や思い出はほとんどないの。だから、母に対する執着はないに等しい。けれど、兄は……。自分が母に捨てられたと思って、ずっとそんな負の感情を抱えて生きてきたから……」
「でも……。それなら、恨むべきなのは本来お母さんでは? 瑛斗先輩にその感情をぶつけるなんて、お門違いも甚だしいですよね?」
「理央くんの言う通りよ。瑛斗を恨むのは間違ってるわ。兄は……幼いころから母を恨んでいたけど、恨んでいた相手がいなくなってしまって……。瑛斗にすり替えただけよ」
「……! すり替えたって……そんなの酷すぎます。やっぱり、瑛斗先輩は何も悪くない。それなのに……。大人なのに、どうしてそんな酷いこと……」
声が震え、息が詰まって胸の奥が押し潰されそうな感覚。
そして悲しみと怒りが同時に押し寄せ、俺は膝の上に置いていた自分の手の甲に反対の手を重ねると、溢れだしそうな感情を必死に抑えつけた。