「あなたが海棠理央くんね。今日はわざわざ来てくれてありがとう。会えてうれしいわ」
差し出された握手を求める手に、俺は緊張して動揺しながらも、瑛斗先輩のお姉さんの手を取った。
「は、はじめまして……。え、えっと……海棠理央と申します。瑛斗先輩には、いつもお世話になってます」
「瑛斗の姉の月宮美玲です。ジュエリーデザイナー兼、社長を務めております」
中村さんのときのように、瑛斗先輩のお姉さんからも名刺入れから名刺を差し出され、俺はおずおずと受け取った。
だが、受け取ったはいいものの、俺は初めて会うはずの瑛斗先輩のお姉さんに、なぜか既視感を覚えた。
(瑛斗先輩に感じた既視感とはまた違うんだよなー……。やっぱり姉弟で、瑛斗先輩にどこか似てるから……? いや、もっとなにか……)
胸に引っかかるものを感じながら、俺は受け取った名刺をまたポケットにしまおうとするが、咄嗟に手を止めた。
(そういえば、さっき中村さんから受け取ったときに会社名を確認するの忘れてた。まあ、俺が見たところで知っているはずも……)
流行やブランドものにも興味のない俺が、ジュエリーブランドの会社を知っているはずもないと思いながら、受け取った名刺で会社名を確認する。
(えっと、Luna……ルナ……)
「るなっ……! えっ、ジュエリーデザイナーって……あの……!」
俺が驚いた理由は、名刺に書かれていたのが、ブランドものに疎い俺でも名前は知っているほど有名なジュエリーブランドだったからだ。
国内外のあらゆる大会で何度もデザイン賞を受賞し、男女問わず芸能人や著名人がこぞってオーダーメイドで依頼。
デザインは重厚なものから普段使いまで多岐にわたり、雑誌やテレビで特集を組まれ、幅広い年齢層から支持のあるブランドだ。
(思い出した。瑛斗先輩のお姉さんって、テレビで見たことがあるんだ)
先日、ちょうど流し見していた、あらゆる分野の第一線で働く人物に密着するドキュメンタリー番組で、瑛斗先輩のお姉さんが出演していたのを思い出した。
「ふふっ。こんな若い子に、私のことを知っていてもらえて嬉しいわ」
(あっ……)
自身の両頬に両手を添えて嬉しそうにするお姉さんの顔は、眉を下げて笑うところが瑛斗先輩によく似ていた。
「今日は新作ジュエリーの広告撮影なの。ぜひ、あなたに見て欲しくて、瑛斗にお願いして連れてきてもらっちゃった」
(俺に見て欲しい……? 俺に会いたいじゃなくて……?)
瑛斗先輩のお姉さんが言った言い回しに違和感を覚えるが、俺も笑みを浮かべる。
「こんな機会滅多にないので、邪魔にならないよう端っこで見学させていただきます」
「海棠、本当にすまない。姉のワガママで……。あとは終わるのを待っていてくれるだけで大丈夫だから」
「瑛斗は早く、支度してきなさい。ほら、お迎えも来たわよ。大丈夫、理央くんのことは私たちに任せて」
俺の肩に手を伸ばして瑛斗先輩のお姉さんは俺を引き寄せると、瑛斗先輩に手を振った。
「……。姉さん。お願いですから、くれぐれも理央に迷惑をかけないでくださいね。中村さん。理央のこと、よろしくお願いします」
心配そうな表情を浮かべながら瑛斗先輩は中村さんへお辞儀をすると、迎えに来たスタッフさんと一緒に、メイクルームと思われる奥の小部屋に行ってしまった。
すると、置いていかれてしまった俺を、瑛斗先輩のお姉さんが上から下までまじまじと観察を始めた。
「えっ……あの……」
どうしたものかと困った俺は、中村さんに助けを求めるように視線を向けると、中村さんは深い溜め息をついた。
「社長……。あまりジロジロ見ては、海棠くんに失礼ですよ」
呆れた様子で中村さんが止めに入ってくれるが、瑛斗先輩のお姉さんは、中村さんの声さえも耳に届いていないといった様子で、口元に手を当てながらさらに俺を見つめ続けた。
「あの、俺になにか……。瑛斗先輩と違って、俺なんか見ても何の得にもなりませんよ。あはは……」
俺は笑って言うが、瑛斗先輩のお姉さんは目を細めて表情を曇らせた。
「俺なんかなんて言い方……。理央くんもなのね……」
「えっ……」
「しゃ、社長! 高校生、ましてや瑛斗くんのお友達に、それは失礼ですよ!」
慌てた様子の中村さんが、瑛斗先輩のお姉さんの視界から隠すように、俺の目の前に立ちはだかった。
「ごめんなさいね……。ちょっと思い出してしまって……。じゃあ、あとは中村に任せるわ。またね、理央くん」
そう言い残して、瑛斗先輩のお姉さんは元いたスーツの集団の中に戻っていった。
「しゃ、社長が大変失礼を……!」
慌てふためいている中村さんは、俺に向かって深々と何度も頭を下げてきた。
「い、いえ……そんな。それに、ほんとのことなんで……」
(自己肯定感が低いのは自覚あるけど……。でも、理央くんもって……)
「本当に、本当に申し訳ございません! あ、あっちの壁際に移動しましょう。すぐに椅子をお持ちしますので」
俺は瑛斗先輩のお姉さんの言ったことが引っかかったが、中村さんに促されて、撮影の邪魔にならないよう壁際へ移動した。