「えっ……。いや、その……」
「なんだ? そんなに言いにくいことなのか?」
「え、えーと……」
俺は瑛斗先輩から顔を逸らすが、逃げても仕方がないと観念して覚悟を決めた。
「お、おでこに……」
「おでこに?」
「……。おでこにキスされたことですよ! 瑛斗先輩にされたって和兄にバレたら、同じようにされちゃったんですよ!」
「……。波多野にか?」
「そ、そうですよ。ったく……。二人とも、俺を揶揄って……。一体、何が楽しいんですか?」
俺は恥ずかしい気持ちを隠すように、前髪の上から片方の手の平でおでこを覆い隠して俯いた。
「……。波多野のことは知らないが、少なくても私は……揶揄うつもりでしたつもりはないぞ」
「えっ……」
「私は理央が愛おしいと思ったから、した。それまでだ」
(愛おしい……? 俺が……?)
俯いていた顔を上げて瑛斗先輩の顔を見ると、その顔は真剣で、碧い瞳を真っ直ぐ俺に向けていた。
「私のために泣いてくれて、怒ってくれて……。これを愛おしいと言わないで、なんと表現するんだ?」
「そんなこと、俺に言われても……」
「なあ、理央……。波多野がしたなら、もう一度したいと言ったら、ダメか?」
瑛斗先輩の手が俺の頬へ向かって伸ばされてきたため、俺は膝の間に顔を埋めると、首を横へ必死に振った。
「ダ、ダメです! ダメに決まってるでしょ!」
「何故だ?」
「何故って……。そんなの当たり前でしょ!」
俺は恥ずかしさから逃れるように、膝に埋めた顔を上げられずにいると、瑛斗先輩の手が優しく俺の頭に触れた。
「理央。顔を上げてくれ」
「い、嫌です!」
「それなら……。みんなに秘密をバラしてもいいのか?」
「……! なんでこんな時に、そんなこと言うんですか!」
まるで駄々っ子のように俺は首を横に振るが、瑛斗先輩は優しく俺の頭を撫で続けてきた。
その感触は心地良く、優しく撫でられることで胸に温かいものが広がり、俺は自然と顔を上げてしまった。
「理央……」
優しい声で瑛斗先輩に頭を撫でられたまま名前を呼ばれ、俺は瑛斗先輩から目が離せなくなってしまう。
心臓の音が耳に響いてうるさいと感じるほど、こんなにもドキドキしているのは生まれて初めての経験だった。
「不思議だ……。理央といると、私は私だと認めてもらっている気になるんだ」
「俺はそんな……。大層なことしてないですよ……」
「いや。私の家族の話を、きちんと最後まで聞いてくれた。正直、気が軽くなった」
「そ、そうですか……。それならいいんですけど……」
「だが……。なんだろうな、この気持ち……。このような沸き立つ気持ちを、私は今まで知らない……」
「沸き立つって……。えっ……!」
あっという間に顔が近づいてきて、俺は思わずギュッと目を瞑った。
視界を閉ざしたせいで、前髪越しのおでこに触れてきた瑛斗先輩の唇の感触は、より一層リアルに感じられ、俺は一瞬で全身が火照るのを感じた。
(ど、どうしよう……。このままもし、告白とかされたら……俺……)