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第39話 上書きの上書き

「えっ……。いや、その……」


「なんだ? そんなに言いにくいことなのか?」


「え、えーと……」


 俺は瑛斗先輩から顔を逸らすが、逃げても仕方がないと観念して覚悟を決めた。


「お、おでこに……」


「おでこに?」


「……。おでこにキスされたことですよ! 瑛斗先輩にされたって和兄にバレたら、同じようにされちゃったんですよ!」


「……。波多野にか?」


「そ、そうですよ。ったく……。二人とも、俺を揶揄って……。一体、何が楽しいんですか?」


 俺は恥ずかしい気持ちを隠すように、前髪の上から片方の手の平でおでこを覆い隠して俯いた。


「……。波多野のことは知らないが、少なくても私は……揶揄うつもりでしたつもりはないぞ」


「えっ……」


「私は理央が愛おしいと思ったから、した。それまでだ」


(愛おしい……? 俺が……?)


 俯いていた顔を上げて瑛斗先輩の顔を見ると、その顔は真剣で、碧い瞳を真っ直ぐ俺に向けていた。


「私のために泣いてくれて、怒ってくれて……。これを愛おしいと言わないで、なんと表現するんだ?」


「そんなこと、俺に言われても……」


「なあ、理央……。波多野がしたなら、もう一度したいと言ったら、ダメか?」


 瑛斗先輩の手が俺の頬へ向かって伸ばされてきたため、俺は膝の間に顔を埋めると、首を横へ必死に振った。


「ダ、ダメです! ダメに決まってるでしょ!」


「何故だ?」


「何故って……。そんなの当たり前でしょ!」


 俺は恥ずかしさから逃れるように、膝に埋めた顔を上げられずにいると、瑛斗先輩の手が優しく俺の頭に触れた。


「理央。顔を上げてくれ」


「い、嫌です!」


「それなら……。みんなに秘密をバラしてもいいのか?」


「……! なんでこんな時に、そんなこと言うんですか!」


 まるで駄々っ子のように俺は首を横に振るが、瑛斗先輩は優しく俺の頭を撫で続けてきた。


 その感触は心地良く、優しく撫でられることで胸に温かいものが広がり、俺は自然と顔を上げてしまった。


「理央……」


 優しい声で瑛斗先輩に頭を撫でられたまま名前を呼ばれ、俺は瑛斗先輩から目が離せなくなってしまう。


 心臓の音が耳に響いてうるさいと感じるほど、こんなにもドキドキしているのは生まれて初めての経験だった。


「不思議だ……。理央といると、私は私だと認めてもらっている気になるんだ」


「俺はそんな……。大層なことしてないですよ……」


「いや。私の家族の話を、きちんと最後まで聞いてくれた。正直、気が軽くなった」


「そ、そうですか……。それならいいんですけど……」


「だが……。なんだろうな、この気持ち……。このような沸き立つ気持ちを、私は今まで知らない……」


「沸き立つって……。えっ……!」


 あっという間に顔が近づいてきて、俺は思わずギュッと目を瞑った。


 視界を閉ざしたせいで、前髪越しのおでこに触れてきた瑛斗先輩の唇の感触は、より一層リアルに感じられ、俺は一瞬で全身が火照るのを感じた。


(ど、どうしよう……。このままもし、告白とかされたら……俺……)

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