「か、和兄?」
俺の顔の横に両手をついて、笑みを浮かべたまま見下ろしてくる和兄。
まるで組み敷かれてしまったような格好に、さすがの俺も驚きで声が裏返ってしまう。
「どうし……」
「そういうのって、実際やってみたら分かるかもしれないぞ」
「えっ……? な、何言って……。実際って……じょ、冗談だよね? 和兄……」
俺は和兄と同じように笑ってみせるが、和兄の顔から急に笑みが消えた。
「なあ、理央……」
「えっ……?」
「どうして、こんなに前髪伸ばしてるんだ?」
真剣な声と表情で、風で微かに揺らぐ俺の長い前髪を、和兄の指先がそっと触れてくる。
「そ、それは……。ほら、俺が入学してすぐのときに言ったでしょ。俺はこの学校では、地味メンとして平和に過ごしていくんだって。俺ってイケメンだから、特待生なのに目立って良いことなんてないでしょ。そ、それに、三王子に選ばれても困るしさ。あっはっは……」
笑って取り繕うように俺は答えるが、和兄は真剣な表情を変えず、俺を見つめるだけだった。
「俺が聞いてるのは……」
俺の前髪に触れたまま和兄が何かを言いかけたとき、屋上の扉の開く軋む音がした。
「あ、あれ? もう、いないのか……」
微かに聞こえてきたのは、瑛斗先輩の声だった。
「え、瑛斗せ……」
俺は思わず瑛斗先輩の名前を呼ぼうとするが、和兄に口を手で覆われてしまった。
(えっ……)
驚いて俺は和兄を見上げると、和兄の顔がゆっくりと近づいてきて、そのまま俺のおでこに和兄の唇が触れた。
「……!」
おでこからゆっくりと離れていく和兄の顔を見つめていた俺は、驚きのあまり、声を出すことも忘れてしまっていた。
すると、そんな俺を見下ろしていた和兄とほんの数秒見つめ合うと、和兄はいつもの笑顔を取り戻したように浮かべ、俺の上から退いて立ち上がった。
「月宮せんぱーい。ここですよー」
和兄は何事もなかったかのように、屋上入口に向かって歩き出していた。
慌てて俺は上体を起き上がらせ、おでこを手で覆い隠しながら和兄の背中を見つめた。
(ど、どうして……。えっ……? えっ……?)
瑛斗先輩のことで頭を悩ませていたはずなのに、さらに和兄まで加わってしまったことで、俺の頭の処理能力は完全にオーバーヒートしてしまった。