「やったー。上れたー」
和兄に頼りながらなんとか塔屋に登れた俺は、腕も足の力も使い果たし、そのまま空を見上げるように大の字で仰向けになった。
降り注ぐ日差しは少し暑く感じられたが、火照った身体に当たる風は心地良かった。
「正直、理央には上るの無理かもって思ったが、いけたなー。理央って部活もやってないのに、よく体が鈍らないな。筋トレでもしてるとか?」
「あ、うん。そうだね。勉強のストレス発散に、家で筋トレぐらいはしてるよ。勉強ばかりじゃ、よくないしね」
(言えない……。本当はダンス練習と、見た目気にして、必死に筋トレしてるって……)
昔から勉強以外は特に秀でたものがなかったものの、運動神経はそこそこ良かったため、俺は運動自体嫌いではなかった。
だからこそ、ダンス練習や筋トレも、それほど苦ではなく毎日続けられていた。
「ふーん、そっか。まあ、運動したくなったら言えよ。俺みたいに、部活入らなくても練習参加できるよう、理央ならどの運動部でも紹介してやるから」
「う、うん。ありがとう……」
(和兄なら、たしかにどの運動部でもウェルカム状態だもんな……)
二年の三王子である以前に、和兄はどの運動部にも所属はしていないが、その類まれな運動神経から、毎日のように運動部の勧誘を受けている。
試合の助っ人やコーチまでこなしているらしいが、二年になった今でも、どの部にも所属はしていない。
それは和兄曰く、一つのことではなく色々挑戦したいかららしい。
(ほんと、和兄ってすごいよなー)
瑛斗先輩といい、和兄といい、何か人より突出したものを持っている人間は、平凡な人間の俺からしたら少し羨ましいと思ってしまう。
(人と比べて俺なんてって思っている時点で、凡人の証拠なんだろうけど……)
俺は胸に浮かんだ黒いものを吐き出すように溜め息をつくと、額に腕を置き、眩しいくらい澄んだ青い空を前髪の隙間から見上げた。
「少しだけ視界が高くなっただけなのに、風景って変わって見えるね。それに、遮るものがないせいか、よく風を感じる気がする」
「そうだなー……」
和兄も俺のすぐ横で仰向けに寝転がると、俺と同じように空を見上げた。
雲一つない青い空を見ていると、ふと、瑛斗先輩の碧い瞳が頭に浮かんだ。
(やっぱり、あれは……)
「ねえ、ねえ。和兄?」
「ん?」
「誰かに、おでこにキスしたことってある?」
「……。なんだよ、いきなり……」
(あっ……)
何も考えず思い浮かんだことを口に出してしまい、俺は慌てて上体を起き上がらせる。
「ご、ごめん。今の忘れて! そ、そうだ。ちょっと早いけど、俺はそろそろ教室戻ろっかな」
羞恥心が込み上げた俺はその場から逃げ出そうと、慌てて状態を起き上がらせるが、寝転がったままの和兄に手首を掴まれてしまう。
「待ってって。なんだ今の質問……。もしかして、月宮先輩にでもされたのか……?」
「……!」
言い当てられて、俺は瞬時に顔が赤くなるのを感じるが、和兄から顔を逸らしながら必死に首を横に振った。
「ち、ちが……。そんなわけ……」
俺は必死に否定するが、和兄は信じていない様子で顔をにやけさせると、上体を起き上がらせた。
「へぇー。まさか、あの月宮先輩がねー……」
「ち、違う! 違うからね!」
「ふーん……。へぇー……」
感慨深く頷く和兄は、まるでいたずらを思いついた子供のような顔になると、俺の手首を掴んでいた手に力を込めて引っ張ってきた。
「えっ……」
急に引っ張られたことでバランスを崩した俺は、上体を起き上がらせていた和兄に抱きとめられてしまう。
すると、そのまま和兄に肩を掴まれて体重をかけられると、その場に押し倒されてしまった。