「おーい、理央ー。聞いてるかー?」
「な、なに? 和兄」
「なにって……。弁当、全然進んでないだろ。さっきから上の空だし」
「あ、うん……。そうだね……」
「そうだねって……。なにかあったのか?」
昼休み、俺はいつものように屋上で和兄とお昼を食べていた。
昨日同様に晴れて澄み切った天気とは違い、俺はどんより、というよりも霞みがかったようにぼんやりしていた。
こんな上の空の状態になってしまっている原因は、自分が一番よく分かっている。
『涙は止まったな』
そう言って、とてつもなく整った瑛斗先輩の顔が、ゆっくりと俺のおでこから離れていくのを、俺はただ見つめ続けてしまった。
正直、そこからの記憶がほとんどない。
そのまま何が起こったのか頭で理解出来ないまま車は学校に到着し、瑛斗先輩と別れて教室に向かったが、午前中の授業は頭に何も入ってこなかった。
長い金色のまつ毛に、細く鼻筋の通った鼻。
吸い込まれそうな碧い瞳に、少しだけ厚めで血色の良い滑らかな唇。
まるで、精巧につくられた西洋人形のように整った瑛斗先輩の顔。
あんなに近くで見たのは初めてで、こんなに時間が経っているにも関わらず、思い出すだけで俺の心臓は跳ね上がった。
そして、おでこに触れた瑛斗先輩の唇の感触は、さらに俺の顔を熱くさせた。
(なんで、おでこにキスなんか……。いや、瑛斗先輩は海外生活長かったわけだし、挨拶だろ……。でも、あの時は挨拶でするタイミングじゃ……。それに、瑛斗先輩はなんで俺に家族のこと……)
「月宮先輩と何かあったのか?」
「えっ!」
俺がまたぐるぐると考え込んでいると、心の内を覗かれたように和兄に言い当てられ、俺の心臓はさらに跳ね上がった。
「噂になってるぞ。今朝、理央が月宮先輩の車に乗って登校したってな」
「う、噂……? えっ……? ほ、ほんとに……?」
(軽率だった……)
車内の出来事でぼーっとしていて、瑛斗先輩と一緒に登校するところを誰かに見られる可能性を考えていなかったことに、俺は激しく後悔する。
(ああ……。なんで、そんな当たり前のことに気付かなかったんだろ……。三王子の一人である瑛斗先輩の車から、俺なんかが急に降りてきたら不思議……というより不快に思うよな……)
クラスではできるだけ存在を消して、前髪で顔を隠している地味メンの俺なんか、本当なら瑛斗先輩の隣に並ぶことさえ許されないはずだ。
(どうしよう……。せっかく目立たないよう過ごしてきたのに……)
「おーい、理央。大丈夫か?」
俺の視界を遮るように、顔の前で和兄に手を振られて、いつのまにか俯いていた顔を慌てて上げる。
だが、顔を上げたはいいものの、アイドルをやっていることが何かのきっかけでバレてしまうかもしれないという不安で、頭の中がいっぱいだった。
「あ、うん……。べつに……」
歯切れの悪い返事をした俺の頭に、和兄は手のひらを乗せると、俺の頭を軽く叩いた。
「あー……。ごめん、ごめん。あんま気にするな。噂自体は理央に対してどうこうというよりも、月宮先輩はなんて慈悲深いんだ……! ってことがメインになってるからさ」
「メイン……? って、えっ……? そうなの……?」
「ああ。誰かが理央と一緒に登校した理由を、わざわざ月宮先輩に直接聞いたらしいんだ。そしたら『体調不良の生徒を送り届けた』って答えたらしい。それで、体調を崩した特待生を遅刻しないように送り届けた月宮先輩は、なんてお優しいんだ……って、勝手に広がったらしいぞ」
「それって、妄想……。ま、まあ……。そういうことなら安心したよ……。はぁー……」
瑛斗先輩ファンの妄想に若干の恐怖を感じながらも、反感を買わなくて済んだことに俺は肩の力を抜き、安堵の溜め息を漏らした。
(でもやっぱり、瑛斗先輩との接し方は考えないとな……)
何かの拍子に俺とリオンが関連づけられてしまっては困るため、俺は細心の注意を払うことを忘れないようにしなければと思った。
(だけど……)
学年も違うため、会わないようにするのは簡単だった。
だが、瑛斗先輩のあんな家庭環境の話を聞いてしまった以上、突き放すわけにもいかないのが本音だった。
(むしろ……。ほっとけないというか、気になるというか……)
「それで? 実際のところはどうなんだ?」
「……。えっ……? どうってなにが?」
俺が首を傾げると、周りに誰もいないのに、和兄はわざわざ耳打ちするように俺の耳元で囁いてきた。
「だから、月宮先輩と付き合ってるのか?」