「……!」
怒りを露わにする俺の姿に、瑛斗先輩は目を丸くして驚いた顔をしたが、何かに気付いたように、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「理央は、私のために怒ってくれているんだな……」
「そうですよ! 他に何があるっていうんですか? だいたい、俺は瑛斗先輩にも怒ってるんですよ?」
「私にか?」
「当たり前です。それに……俺にもです」
(俺は、瑛斗先輩は御曹司として、苦労もなく暮らしてきたと勝手に思い込んでいた。なんてバカなんだ、俺は……)
そんな自分の浅はかさに恥ずかしい気持ちと申し訳なさ、そして怒りでいっぱいになり、俺は言葉が続かず、うなだれるように俯いてしまう。
「理央は何も悪くないだろ……」
「いえ……。瑛斗先輩のことを何も知らなかった俺は、御曹司で気楽に生きてきたって勝手に決めつけてました。最低です……」
俺は握りしめている拳にさらに力を込めると、瑛斗先輩はそれ以上の力で俺の手を包み込んだ。
「そう見えていたのなら、私は嬉しいと思うんだが……」
「どうしてですか……?」
「下を向いて生きていくのは、やめようと思ったからだ」
「……! それは、下を向いてしまっていたことが、あったってことですよね? やっぱり、俺は今すぐ瑛斗先輩のお兄さんを殴ってやりたい。どうして、瑛斗先輩にそんな酷いこと言ったんだって。瑛斗先輩だって苦しんでるのに……。それに、気付かなかった俺自身にも……」
「ありがとう……」
顔を上げられないでいる俺の頭に瑛斗先輩は手を置くと、俺の気持ちを落ち着かせるようにポンポンと、軽く頭を叩いてくれた。
「人は……勝手なんだ。自分の価値観で想像して決めつける……。理央も経験があるだろ……? だから昨日、理央にも自分を責めないで欲しいと思ったんだ……。今思えば、自分を責めていた時の私と、重なって見えたのかもしれないな……」
「瑛斗先輩……」
顔を上げた俺の目から涙が溢れそうになっていることに瑛斗先輩は気が付くと、俺の目元に優しく指先を触れさせて、涙が頬をつたう前に拭ってくれた。
「どうして、理央が泣くんだ……?」
「わからないです……。でも……俺、昨日から涙腺がおかしくなってるんです……。だから……」
伏目がちに視線を落としていた俺の前髪に、瑛斗先輩の指先が触れた。
「瑛斗せんぱ……」
おでこに温かいものが触れてきて、俺の頭の中は真っ白になった。
触れたものが瑛斗先輩の唇だと理解した時には、速まる心臓の音だけが耳に響いていた。