俺が双子を保育園に預けて車に戻ってくると、瑛斗先輩はさっきまでの楽しそうな時間が嘘のように、酷くうなだれていた。
「双子に……泣かれてしまった……」
瑛斗先輩はショックを受け止めきれていない様子で、今度は膝に肘をついて頭を抱え始めた。
「私はどうしたら……!」
「いや、大丈夫ですって……」
俺がシートベルトをしたのを運転手さんが確認すると、今度は学校に向かって車が走り出したが、瑛斗先輩はまだ落ち込んだままだった。
「つき……あっ……。え、瑛斗先輩……」
ついつい苗字が出てしまうほど、まだ呼び慣れない名前呼びに戸惑いながらも、俺は瑛斗先輩に声をかけた。
「二人とも、瑛斗先輩と一緒にいるのが楽しかったんですよ。保育園大好きなのに、あんなに行きたくないって駄々こねたのは初めてで、正直びっくりしました」
聞き分けがよく、今まで保育園への登園をぐずったことは一度もない双子が、保育園に着いた途端、車内で泣き出したときは本当に驚いた。
泣きじゃくる双子を、なんとか車から降ろして保育園に預けてきたが、俺もさすがに後ろ髪を引かれる思いだった。
「担任の先生も、双子のあんな姿を今まで見たことがないから、目を丸くしてびっくりしてましたよ」
「そうか……」
「実を言うと、昨日一度起こしてから寝かしつける時も、朝起きた時も、二人とも瑛斗先輩の話ばかりでした。まだー、まだーって、何度も聞いてきてたんですよ。お兄ちゃんとしては、ちょっと嫉妬しちゃいました」
「うん……。そうか……」
俺の話を聞いて、瑛斗先輩はまるで幸せを噛みしめるように、少しだけ上を向いて目を瞑った。
その口元は、とてもにこやかだった。
(また……双子に会って欲しいと思うのは、俺の勝手なワガママなんだろうな……)
頼って欲しいと言われたものの、困ったときに頼ることとワガママは違うと思い、俺はそれ以上、瑛斗先輩に何も言い出せなかった。
「あ、そういえば……コレ……」
俺はカバンから弁当袋に入ったお弁当を取り出して、瑛斗先輩に差し出した。
「あの……。新しいお弁当箱がなくて……。なので、俺が昔使っていた弁当箱で、使い古した感が否めなかったんですが……。あっ、もちろん、ちゃんと洗ってありますよ!」
差し出されたお弁当を見て、瑛斗先輩は一瞬驚いた表情を浮かべるが、またすぐに口角を上げて笑うと、お弁当を受け取った。
「本当に作ってくれたんだな……。中を見てもいいか?」
「だ、だめです! でも、言われた通り、中身はちゃんと俺と同じですよ。あと、食べ飽きたかもしれませんが、卵焼きも入ってます」
「本当か! 実は、かいど……いや、理央の作った卵焼きは、私の大好物になったんだ」
まだ名前を呼ぶのに照れ臭そうにする瑛斗先輩に、俺まで恥ずかしくなってしまうと、自分の頬が熱くなるのを感じた。
「そ、それはよかったです。そうやって言ってもらえると、作り甲斐がありましたよ。そういえば、瑛斗先輩のおうちは、卵焼きは甘めだったんですか? それとも……」
俺が口籠ったのは、瑛斗先輩の表情が微かに曇ったことに気が付いたからだった。
(そういえば、瑛斗先輩のお母さんの話をしかけた時も……)
『日本語、お上手なんですね』
『ああ……。母が……教えてくれたんだ』
昨日の屋上での出来事を思い出し、俺はまた話題を変えようとするが、すぐには思い浮かばず、言い淀んでしまう。
「あ、あの……えっと……」
そのまま何も浮かばず言葉に詰まっていると、瑛斗先輩は眉を下げて困ったように俺に笑いかけた。
「理央は……本当に優しいな……」
「えっ……?」
「気を使ってくれているんだろ、私に」
「いえ……。そんなことは……」
「昨日の屋上でもそうだっただろ? 母の話になったとき、咄嗟に話題を変えてくれた。正直、私の家族の話は……聞いてもおもしろいことはない。だが、理央には……」
瑛斗先輩はそのまま言いかけて、口を閉じて黙ってしまった。
「瑛斗……先輩?」
俺が名前を呼んでも、瑛斗先輩から返事は返ってこず、閉じた口元は微かに唇を噛み締めていた。
そのまま口元を見つめていると、気持ちを整えるように、瑛斗先輩が小さく息を吸い込んだのが分かった。
「理央には……聞いて欲しいと思ってしまっている……。私のワガママでしかないが……少しだけ、私の話を聞いてもらっても構わないか?」
俺を真っ直ぐと見つめてくる瑛斗先輩の碧い瞳に憂いを感じ、俺は目が離せないまま静かに頷いた。