(父さんが倒れたのは、俺のせいじゃない……。本当に……?)
誰かにそう言ってもらえて、どうしようもなく、俺は救われた気がした。
涙が止まらず、喉から嗚咽が漏れる。
「あの家……。実はまだ……ローンが残っていて……。親戚には、さっさと手放したほうが楽だって……言われたり……双子は施設に預けるべきだって……」
(俺は……何を月宮先輩に話してるんだ……)
そう思いつつも、ずっと蓋をしていた気持ちを吐き出さずにはいられなかった。
「でも……俺にはどちらも、どうしてもできなかった……。母さんと父さんが……守りたかったものを、俺が……俺が代わりに守っていきたくて……。だけど、それは俺のワガママで……。結局一人じゃできなくて、那央に迷惑かけて……。そんな俺じゃダメだって、那央に責められている気がして……それで……那央とちゃんと向き合うのが怖くなって……」
(そうか……。俺、那央に責められているって思い込んで、那央と向き合うことから避けてたんだ……。本当にサイテーだ……)
俺は気持ちを吐き出したことで、ずっと気付かないフリをしていた気持ちと向き合うことができた。
「海棠……」
月宮先輩は軽く膝を曲げて屈むと、しゃがみこんで膝に顔を埋める俺の頭にそっと手を置き、優しく撫でてくれた。
「やっぱり海棠はすごいな。海棠理央として兄弟を、家を守る。リオンとして私を救ってくれた。まるでスーパーマンだ。私はどう、この気持ちを伝えればいいかわからないが、ひとつだけ言える。私はどんな時も海棠の味方だ」
(すごい……? 味方……? 月宮先輩が俺の……?)
俺は膝に埋めていた顔を少しだけ上げて、月宮先輩を見つめた。
蒼くて宝石のような月宮先輩の瞳は、嘘や建前ではなく、心からの言葉なんだと訴えかけられているように見えた。
「私を頼って欲しい。きっと、この気持ちは那央君も同じだと思うぞ」
「はい……」
不思議と、俺は素直に月宮先輩の言葉を受け入れられた。
「よし。それじゃあ、明日も私が迎えに来ても構わないな?」
月宮先輩は、俺に立ち上がるよう手を差し伸べてきた。
「えっ……?」
「明日も保育園に双子を送っていくのだろう? あんなに元気の有り余る二人だ。歩いて連れていくには、危険も伴うだろ?」
「で、でも……。今日、こんなに迷惑かけて、これ以上は……」
「今、言ったはずだぞ。私を頼って欲しいと」
「で、でも……」
「海棠……。私も海棠の役に立ちたいんだ。でも、そうだな……。どうしても聞き入れないというなら、あの言葉を使うぞ?」
見たことのない不敵な笑みを浮かべる月宮先輩に、俺は思わず笑ってしまう。
「また、俺を脅すんですか?」
俺は月宮先輩に差し出された手を、しっかりと取った。
「そうだ。海棠のような頑固で分からず屋には、人に頼る訓練が必要だ。でも、取引するというのもいいかもしれないな。よっと」
腕に力を込めて、月宮先輩は俺が立ち上がるように引っ張り上げてくれた。
「取引ですか?」
「ああ。代わりに弁当を……明日、私の分の弁当も作ってくれないか?」
「お弁当をですか?」
「そうだ。ただし、私だけ特別ではなく、海棠と同じものが食べたいんだ」
「俺と同じって……。質素な弁当になっちゃいますよ? もしかすると、白米だけかもしれませんよ」
「たとえ白米だけだったとしても、海棠と同じものが明日も食べられるなら、それでもかまわない」
「ふっ。なんですか……それ……」
自然と笑みが零れ、俺は気が付くと涙は止まっていた。
(やっぱり……)
変な人と言いたかったが、俺の中で月宮先輩は、変な人から頼りになる先輩へ変わっていた。
(もしかして、母さんが俺のことを心配して、月宮先輩と引き合わせてくれた……とか?)
俺はそっと空を見上げた。
天気が良くて雲もない澄み渡った夜空には、数えるほどではあったが星が見えた。
俺は遠くに見える星へ向かって、そっと笑みを浮かべた。