「海棠は本当によくやっている。双子を、あの家を見ていれば分かる。誰も海棠に文句をいう筋合いもないし、責める権利もない。むしろ、褒められるべきだ」
はっきりと言い切る月宮先輩に、俺は心が大きく揺らぐ。
「そんなこと……」
「いいから私の話を最後まで聞け。海棠は、全力で家族を守ろうと頑張っているんだろ? お母様とお父様の代わりに」
「それは……。でも、そんなの当たり前じゃないですか……。そんなの……」
「当たり前ではない! お父様が倒れたのは、海棠のせいではないのでだから! 海棠は本当に頑張っていて、偉いと思う。しかし、もう少し誰かを頼ってもいいんじゃないか? 海棠を大切に思う人が、頼ってもらえないと悲しむということを、私はちゃん理解して欲しい」
そんなことを言われたのは初めてで、俺は何か糸が切れたように、自然と熱いものが一粒、眼から頬をつたって零れ落ちた。
「あ、あれ……。どうしたんだろ、俺……」
唇が震え、一粒、また一粒と涙が止まらなくなっていた。
「あわわわ! す、すまない! 無遠慮に言いすぎてしまって……。お、怒っているわけではないんだ」
俺の肩を掴んでいた月宮先輩の手が慌てて離されると、俺は必死に首を横に振る。
(違う……。月宮先輩は間違ってない……。だから、こんなにも心が……痛いんだ……)
月宮先輩の言葉は、俺の心に衝撃と温かいものを染み渡らせてくれた。
(ああ、もう……)
俺は鼻の奥がツンとする痛みを感じながら、慌ててブランコから立ち上がると、月宮先輩から少し離れて背を向けた。
突然の俺の行動に、街灯に照らされて映し出されている足元の影で、月宮先輩が俺の背後で慌てふためいているのが振り向かなくてもわかった。
(本当に、この人は……)
止まらない涙を必死に抑えようと、俺はその場にしゃがみこんで顔を膝に埋めた。
(俺は……)
母さんが亡くなって、父さんが倒れて、俺は何度も周りから悪意のない『偉い』という言葉を言われ続けた。
『海棠って、親代わりに弟と妹の面倒みてるらしいぞ。偉いよなー』
『双子ちゃんも、理央君になら任せて安心ね。偉いわー』
相手にはそんなつもりがなくても、偉いという言葉は俺を苦しめ、息を詰まらせた。
俺は偉いと言われる度に、自分のせいでこうなったのだから自業自得なんだと、責められてる気がして、自分を追いつめることしかできなくなっていたからだ。
次第に『偉い』という言葉はプレッシャーになり、一人で全てやらなければと思いこんでしまっていた。
だから那央に助けを求めると、自分が出来損ないに思えて、今では那央と向き合うことさえも避けてしまっていたのだ。
けれど、あんなに嫌だった言葉が、月宮先輩に言われた時、スッと俺の体の中に溶けたようだった。
それは、俺が誰かに言って欲しかった、ずっと待ち望んでいたことを、言ってもらえたからかもしれない。