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第19話 俺には何も言う権利がないから……

「今日は……ありがとうございました」


玄関で靴を履く月宮先輩に、俺は頭を深々と下げる。


「いや、私こそ……。貴重な体験だった」


俺が顔を上げると、月宮先輩は目尻を下げて優しく笑ってくれていた。


「本当にありがとうございます。双子の……あんな幸せそうな寝顔は、久々に見ました」


御飯を食べ終わってお腹がいっぱいになった双子は、月宮先輩と一緒にソファーでテレビを見ていた。


だが、俺が洗い物を終えて戻ってきた時には、二人とも月宮先輩の左右の膝に頭を置いて夢の中だった。


起こさないよう、月宮先輩の膝から静かにそっと頭を下ろしてソファに寝かせると、二人とも幸せそうに笑みを浮かべて眠り続けていた。


(楽しかったんだろうな、月宮先輩との時間が)


本当は俺が二人と遊んでやりたいが、家事があるため、こうやって一緒に時間を過ごしながらも、あまり構ってあげられていないのが現実だ。


(本当は、二人とも甘えたいよな……。でも、俺は我慢させてしまってる……)


普段、双子がワガママを滅多に言わないのは、俺に気を使って我慢しているだけなんだろうと思うと、胸が締め付けられた。


(俺が意地になっているから……。諦めてしまえば……。そうすれば、もっと楽に……。双子にも、そのほうが……)


父さんが入院してから抱えている考えが、俺の頭を過る。


「海棠……?」


考え込む俺の顔を、月宮先輩が心配そうに覗き込んできた。


「あ、ごめんなさい。ちょっと、ぼーっとしてました」


俺は胸の前で両手を振って、なんでもないとジェスチャーした。


その時、玄関の扉が急に開かれた。


「……。あんた、誰?」


帰ってきたのは、弟の那央だった。


学ランの前ボタンを全部と、ワイシャツのボタンを半分まで開けて着崩した制服姿の那央は、あからさまに月宮先輩を睨みつけた。


顔は俺に似ていながらも俺の身長を優に越し、中学生にしてはかなり大きいほうの那央だったが、さすがに月宮先輩には敵わず、見上げる形になっていた。


「コラ、那央。ガンつけるな。この人は、俺の学校の先輩で月宮先輩。自転車がパンクして困っていたら、車で双子のお迎えに付き合ってくれて、助けられたんだ」


「……チッ。なんで、オレに連絡してこなかったんだよ……」


舌打ちをして苛立った様子の那央は、月宮先輩から顔を逸らすと、スニーカーを脱ぎ始める。


俺は苛立つ理由が分からず、首を傾げた。


「なんでって……。時間もなかったし、あんな時間じゃ那央は捕まらないと思って……。あ、ごはんまだだろ? 月宮先輩送ったら、すぐ支度するから」


「いらねーよ! 帰りにラーメン奢ってもらったから」


那央は苛立ちを露わにして声を荒げたため、俺は思わず肩をビクつかせてしまった。


「そ、そっか……」


(まあ、食べてきたならしょうがない……。おかずは、明日のお弁当にでも……)


俺が静かに肩を落とすと、月宮先輩は突然、那央の胸ぐらを掴みかかった。


「おい……」


「つ、月宮先輩?!」


突然の出来事に、俺は驚いて狼狽えてしまうが、月宮先輩と那央はお互い牽制しあうように睨み合っていた。


「海棠は忙しい中、御飯を準備して、食べずにお前の帰りを待ってたんだぞ。

なのに、その態度はなんだ?」


「は? 赤の他人が何言ってんだよ? 離せよ!」


胸ぐらを掴む月宮先輩の腕に、今度は那央が掴みかかる。


「他人ではない! 私は……」


「わー! 待った、月宮先輩! ストップ! ストップ! 手を離して!」


慌てて俺は二人の間に割って入り、那央の胸ぐらを掴む月宮先輩の手を離させた。


「海棠……」


「ごめん、那央。俺ちょっと先輩を送ってくるから、双子のことよろしくな。今、リビングで寝ちゃってるけど、帰ったら起こして風呂入れるから」


「……」


那央は返事もせずに俺たちに背を向けると、荷物は玄関に置いたままで階段を駆け上がっていった。


静かになった玄関で、俺と月宮先輩の間に微妙な空気が流れる。


「すみません、月宮先輩……。那央は今、微妙なお年頃なので……」


「歳は関係ないだろ。なぜ、あんな態度をとられて海棠は怒らないんだ?」


「それは……。俺には何も言う権利がないからですよ……」


俺はそれ以上何も答えることができず、俯きかけて月宮先輩に背を向けた。


「海棠……」


「俺……。リビングから、ブレザー取ってきますね……」


そう言い残し、俺は逃げるようにリビングへ自分のブレザーを取りに向かった。


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