「ほら、先輩。コーヒーでも淹れますから、そこのソファーに座っててください」
立ち上がろうとして、俺は腰を上げて片膝を立てると、俺を止めるように月宮先輩が話し出した。
「三年も……。ずっと一人であの双子たちを育ててきたのか? 辛くはなかったのか……?」
(えっ……)
真剣な声と表情で月宮先輩に尋ねられ、俺は動揺して返事に困ってしまう。
だが、すぐに顔に笑みを作って、月宮先輩に笑って見せた。
今まで同じような質問は何度とされて、俺は同じように返していたから。
「別に、大丈夫ですよ」
しかし、口角を上げていた口元が、不思議と元に戻っていくのを俺はゆっくりと感じた。
(あれ……。俺、笑えてない……。なんでだろう……)
俺は立ち上がりかけていたのをやめて、力が抜けたようにその場に座り直した。
(俺……)
「……。最初は父がいました。でも働いて、家事をして……。生まれた双子の面倒だけじゃなく、俺たちの面倒まで見て……。そしたら無理をしすぎて、とうとう体を壊してしまって……。今も入院中なんです」
「そう……だったのか……」
「俺の……」
『俺のせいで』と言いかけると、俺は息が詰まって言葉が続かず俯いてしまう。
そんな俺の肩に向かって、月宮先輩の手がそっと延ばされるのを感じた。
「りおくーん! にもつ、おいてきたー」
「おいてきたよー!」
部屋に荷物を置き終えた双子が、小さな足でパタパタと足音を立てながらリビングに走って戻ってくると、俯いて座っていた俺の背中に勢いよく抱きついてきた。
双子の体温を背中に感じ、俺はさっきまで溢れそうになっていた気持ちをグッと抑える。
「コラッ! 走ったら、危ないだろ!」
「はーい。ねー、ねー、ごはんまだー?」
「おなかすいたよー」
「わかった、わかったから。ほら、今準備するから離れろ」
「はーい」
双子は俺から離れると、短い腕を目一杯天井に伸ばして同時に返事をした。
「海棠……」
心配そうに碧い瞳を揺らしながら俺の名前を呼ぶ月宮先輩に向かって、俺は双子にバレないように、そっと自分の口元に人差し指を当てた。
「あっ! えいとおうじ、みてみて! すけっちぶっくだよ!」
「わたしはおりがみ! あそんでー、あそんでー」
俺から離れていった双子は、今度は月宮先輩の手をそれぞれ掴んで引っ張り、月宮先輩を無理やり立たせようとする。
「二人とも、あんまり月宮先輩を困らせるなよ」
「私のことは気にするな。それより……。いや、なんでもない……」
何かを言いかけた月宮先輩だったが、まるで何事もなかったように、双子に手を引かれて立ち上がった。
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
俺は双子を月宮先輩に任せ、急ぎ足でキッチンに向かうと、洗って畳んでおいたエプロンを身に着けた。
(俺は一体、月宮先輩に何を求めようとしてたんだ……)
月宮先輩の突拍子もない行動に感化されてか、思わず心の奥底にしまい込んで蓋をしている感情が、一気に溢れそうになったことを後悔する。
この感情は家族でも友達でも、ましてや昨日話したばかりの人に曝け出していい感情ではないと、自分でも分かっていた。
(分かってる。分かってるけど……)
俺は食器棚を開けて、来客者用のコーヒーカップとソーサーを取り出しながら、またそっと溜め息をついた。