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第16話 それは結婚の挨拶です!

俺は仏壇へと静かに向かっていく月宮先輩に、どう立ち振る舞えばいいかわからず、とりあえず月宮先輩の後ろについていった。


月宮先輩は仏壇に向かって一礼すると、仏壇の前に置かれた座布団の上で正座をし、線香を一本手に取った。


「あっ……。よかったら、そこにあるライターで……」


「ありがとう」


慣れた手つきで月宮先輩は蝋燭にライターで火を灯し、線香に火を移すと、小さな炎が上がった。


温かみのあるオレンジ色の炎を、線香を持った反対の手で扇いで火を消すと、前香炉に静かに線香を刺し、月宮先輩はリンを鳴らして静かに手を合わせた。


月宮先輩が仏壇に手を合わせている間、澄み切ったリンの音が俺の耳に響く。


流れるように完璧な所作の月宮先輩の背中を、俺はただ、後ろに座ってじっと見つめた。


「とても綺麗で、優しく笑うお母様だ」


月宮先輩は笑った母の遺影を見つめて、そっと呟いた。


母のことを褒められて、俺は心が満たされたように自然と笑みが零れた。


「自分の親のことをこんな風に言うのは恥ずかしいんですが、本当に優しく……家族を包み込んでくれる存在でした」


俺と弟の那央が喧嘩をすれば、俺たちの話に耳を傾けて、子供ではなく一人の人間として接してくれた。


いたずらや危ないことをした時は、ちゃんと叱ってくれた。


家事で忙しい合間に勉強を見てくれた時は、褒めて伸ばして笑いかけてくれた。


「いつも笑顔で迎えてくれて……。かけがえのない……尊敬できる人でした」


「そうだろうな。そして、聡明で思慮深い方だったんだろうな……。海棠によく似ている」


「似て……ますか? 俺から見て、双子は見た目がよく似てると思いますけど……。自分だと、よくわからなくて」


「見た目だけではない。海棠はしっかりと、お母様の意思を引き継いでいる。あの二人に向ける笑みと慈悲深い目が、お母様にそっくりだ」


(俺が母さんに……)


そう言われて、俺は胸に温かいものが広がっていくのを感じた。


嬉しいような、でも淋しいような、お線香の白檀の香りが懐かしさを感じさせるせいか、そのまま感傷に浸りそうになる。


「家族には……リオンのことを話していないと言っていたが、お母様には話してあったのか?」


「あ、いえ……。母が亡くなったのは双子の出産の時で、もう三年が経っているので……。でも、こうやって仏前でちゃんと報告はしてありますよ」


「そうか……。では、私もちゃんとご挨拶をしなければだな」


「……?」


月宮先輩は何かを決意したように、急に座布団の上から後ずさると、仏壇に向かって土下座を始めた。


「つ、月宮先輩?!」


「私にリオンという存在を与えてくださり、本当にありがとうございます。お母様には感謝の申し上げようもございません。ご子息は、私が責任をもって幸せにいたしますので」


「ちょ、ちょっと! 月宮先輩! 仏前で何を言って……! 顔を上げてください!」


まるで親への結婚挨拶のようなことを急に言い始めた月宮先輩に、俺は慌てふためいてしまう。


「何をって、リオンに対して永遠の忠誠を、お母様にお伝えしようと」


「今のはどう聞いても結婚の挨拶です! 母が心配するのでやめてください!」


「そ、そうか……。いや、しかし……。ここははっきりと……」


俺の慌てる姿に少しばかり狼狽えた月宮先輩だったが、何かを決意したように真剣な表情で、スッと立ち上がった。


「何をはっきりさせるんですか! 必要ありません!」


「……。そうか……」


残念そうに月宮先輩は座布団の上に座り直すと、もう一度手を合わせて一礼をして、蝋燭の火を手で扇いで消した。


(本当にこの人は……。本当に、本当に何を考えているのかわからない……。頭の中に、実はブラックホールでも飼ってるんじゃないか?)


俺はそんな失礼なことを考えながら、月宮先輩の背中を見つめ、静かに溜め息をついた。

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