俺は仏壇へと静かに向かっていく月宮先輩に、どう立ち振る舞えばいいかわからず、とりあえず月宮先輩の後ろについていった。
月宮先輩は仏壇に向かって一礼すると、仏壇の前に置かれた座布団の上で正座をし、線香を一本手に取った。
「あっ……。よかったら、そこにあるライターで……」
「ありがとう」
慣れた手つきで月宮先輩は蝋燭にライターで火を灯し、線香に火を移すと、小さな炎が上がった。
温かみのあるオレンジ色の炎を、線香を持った反対の手で扇いで火を消すと、前香炉に静かに線香を刺し、月宮先輩はリンを鳴らして静かに手を合わせた。
月宮先輩が仏壇に手を合わせている間、澄み切ったリンの音が俺の耳に響く。
流れるように完璧な所作の月宮先輩の背中を、俺はただ、後ろに座ってじっと見つめた。
「とても綺麗で、優しく笑うお母様だ」
月宮先輩は笑った母の遺影を見つめて、そっと呟いた。
母のことを褒められて、俺は心が満たされたように自然と笑みが零れた。
「自分の親のことをこんな風に言うのは恥ずかしいんですが、本当に優しく……家族を包み込んでくれる存在でした」
俺と弟の那央が喧嘩をすれば、俺たちの話に耳を傾けて、子供ではなく一人の人間として接してくれた。
いたずらや危ないことをした時は、ちゃんと叱ってくれた。
家事で忙しい合間に勉強を見てくれた時は、褒めて伸ばして笑いかけてくれた。
「いつも笑顔で迎えてくれて……。かけがえのない……尊敬できる人でした」
「そうだろうな。そして、聡明で思慮深い方だったんだろうな……。海棠によく似ている」
「似て……ますか? 俺から見て、双子は見た目がよく似てると思いますけど……。自分だと、よくわからなくて」
「見た目だけではない。海棠はしっかりと、お母様の意思を引き継いでいる。あの二人に向ける笑みと慈悲深い目が、お母様にそっくりだ」
(俺が母さんに……)
そう言われて、俺は胸に温かいものが広がっていくのを感じた。
嬉しいような、でも淋しいような、お線香の白檀の香りが懐かしさを感じさせるせいか、そのまま感傷に浸りそうになる。
「家族には……リオンのことを話していないと言っていたが、お母様には話してあったのか?」
「あ、いえ……。母が亡くなったのは双子の出産の時で、もう三年が経っているので……。でも、こうやって仏前でちゃんと報告はしてありますよ」
「そうか……。では、私もちゃんとご挨拶をしなければだな」
「……?」
月宮先輩は何かを決意したように、急に座布団の上から後ずさると、仏壇に向かって土下座を始めた。
「つ、月宮先輩?!」
「私にリオンという存在を与えてくださり、本当にありがとうございます。お母様には感謝の申し上げようもございません。ご子息は、私が責任をもって幸せにいたしますので」
「ちょ、ちょっと! 月宮先輩! 仏前で何を言って……! 顔を上げてください!」
まるで親への結婚挨拶のようなことを急に言い始めた月宮先輩に、俺は慌てふためいてしまう。
「何をって、リオンに対して永遠の忠誠を、お母様にお伝えしようと」
「今のはどう聞いても結婚の挨拶です! 母が心配するのでやめてください!」
「そ、そうか……。いや、しかし……。ここははっきりと……」
俺の慌てる姿に少しばかり狼狽えた月宮先輩だったが、何かを決意したように真剣な表情で、スッと立ち上がった。
「何をはっきりさせるんですか! 必要ありません!」
「……。そうか……」
残念そうに月宮先輩は座布団の上に座り直すと、もう一度手を合わせて一礼をして、蝋燭の火を手で扇いで消した。
(本当にこの人は……。本当に、本当に何を考えているのかわからない……。頭の中に、実はブラックホールでも飼ってるんじゃないか?)
俺はそんな失礼なことを考えながら、月宮先輩の背中を見つめ、静かに溜め息をついた。