目次
ブックマーク
応援する
6
コメント
シェア
通報
第13話 イケメン王子が我が家にきました。

「月宮先輩……。いいかげん、下ろしてもらえませんか?」


「もう、調子は大丈夫なのか?」


「大丈夫もなにも、どこも悪くは……って、もしかして俺が調子が悪いと思って、お姫様抱っこしたんですが?」


「それ以外に何がある?」


真剣な目で真面目に答える月宮先輩に、俺は体の力が抜けて肩を落とした。


「大丈夫なんで……もう下ろしてください」


「わかった」


月宮先輩は静かに頷くと、俺をゆっくりとコンクリートの地面に下ろしてくれた。


「わー、すごーい!」


「おくるまなのに、ひろーい!」


月宮先輩が俺を下ろしている間に、運転手さんがリムジンのドアを開けると、双子はあっという間に車に乗りこんでしまった。


「あ、コラッ! 二人とも、いいかげんに……」


俺は怒ろうとするが、月宮先輩に咄嗟に肩を掴まれ止められてしまう。


首を横に静かに振る月宮先輩の姿を見て、双子に視線を戻すと、まるで遊園地のアトラクションのように嬉しそうにしていた。


「こんなに嬉しそうにしているんだ。海棠も早く乗ったほうがいいぞ」


ニコニコと本当に嬉しそうにしている双子を見て、俺は降りろと今更言うこともできず、仕方なく俺も車に乗り込んで、月宮先輩に家まで送ってもらうことにした。


俺は月宮先輩の隣に、双子は俺たちと向かい合った席にシートベルトをして座ると、車は緩やかに動き出した。


満面の笑みを浮かべる双子は、窓から外を見たり、月宮先輩や運転手さんに一生懸命話しかけたりと、とても楽しそうにしていた。


「えいとおうじー」


「りおくーん」


ずっと目の前に座っているのに、双子は何度も俺と月宮先輩に手を振った。


双子は人見知りもせず活発な性格だが、自分の置かれている環境を子供ながらに理解しているようで、俺を困らせるようなワガママはほとんど言わない。


俺がアイドル活動を始めて、週末の土曜日と日曜日はほとんど一緒にいることができなくなっても、双子が俺に不満を言ったことは一度もなかった。


そんな二人が、こんなにも無邪気で楽しそうにしている姿を久々に見た気がして、俺は後ろめたさと無力感で、喉の奥がキュッとなる。


「あー! えいとおうじみてー! あそこが、ぼくたちのおうちだよー」


もうすっかり王子呼びが定着してしまった月宮先輩に、玲央が遠くに見えてきた我が家を指差す。


一戸建てが建ち並ぶ、日が落ちた閑静な住宅街で、二階建てで小さいながらも庭付きの一軒家であるごくごく平凡な我が家だ。


「えいとおうじ、ぼくたちのおうちにくるでしょ?」


「くるよねー?」


首を少しだけ傾けて、月宮先輩にまるでおねだりするように問いかける双子を、俺は慌てて窘める。


「コラコラ。玲央も真央もいいかげんにしなさい。月宮先輩は忙しい人なんだから、これ以上迷惑はかけられないんだよ」


「でも、めいわくかけたら、おわびしないといけないんでしょ?」


「そうだよー。えいとおうじに、ごはんごちそうしてあげようよー」


「りおくんごはんは、とってもおいしんだよー。えいとおうじ、いそがしいの?」


「だめなの?」


双子に淋しそうに尋ねられ、俺の顔と双子の顔を交互に見比べる月宮先輩は、答えに困ったように眉尻を下げ、俺に助けを求めて見つめてきた。


「見ろ、お前たち。月宮先輩が困っているだろ。月宮先輩も家に帰ったらごはんがあるから、突然誘われると困るんだよ」


「えー……。じゃあ、えいとおうじ。ぼくたちとごはんができるまであそんでよー。それならいいでしょ?」


「あそんでー。いいでしょ、りおくん」


「だーめ! いいかげんにしなさい!」


俺が強く叱ると、双子は口を尖らせて俯いてしまった。


そんな双子を見て、月宮先輩は慌てふためく。


「わ、私は別に忙しいわけじゃ……。海棠がよければ、その……」


「わーい、やったー!」


「ほら、おうち着いたよ。はやく、はやくー」


いつの間にか家の前に車は到着していて、運転手さんが後部座席のドアを開けてくれると、双子は足をバタつかせて、自分たちでシートベルトを外そうとする。


「わかったから、落ち着きなさい!」


俺は諦めたように深い溜め息をつくと、双子を落ち着かせながら荷物を持って車から降りると、月宮先輩は運転手さんに何かを伝え、車はそのまま走り去ってしまった。


「いいんですか、月宮先輩。車、行っちゃいましたよ」


「ここに置いたままにするわけにもいかないからな。あとで迎えに来るよう頼んでおいた。ほら、荷物は持つぞ」


「だ、大丈夫です!」


また抱き抱えられては困ると、俺は月宮先輩から差し出された手から思わず後退り、黙って玄関に向かう。


「ねー、ねー。えいとおうじー、はやくおうちにはいろうよー」


「はいろうよー。りおくんに、おいていかれちゃうよー」


「あっ、ああ……」


月宮先輩は双子に手を引かれ、俺を追いかけるように、わずかにある玄関アプローチを抜け、扉を開けて中に入る。


月宮先輩より先に双子は靴を脱いで揃えると、手を大きく広げて月宮先輩を歓迎した。


「じゃじゃーん。ようこそ、えいとおうじー」


「ようこそー」


そんな双子に、月宮先輩は困惑しながらも嬉しそうに笑っているように、洗面台から手を洗い終えて玄関に戻ってきた俺には見えた。


「ほら、帰ったらまず手洗いとうがいの約束だろ。月宮先輩を案内してあげて」


「はーい」


「えいとおうじー、こっちだよー。はやくー」


双子に催促され、慌てて靴を脱いだ月宮先輩は、双子に手を引かれながら一階の廊下の奥にある洗面所に連れていかれた。


(本当に、月宮先輩がうちにきちゃったよ……)


想定していなかった急展開に、俺はついていけず頭を抱えた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?