(待っててくれてる? いや、そんなわけ……)
そう思いながら、俺は平屋建ての保育園に、園庭側からドアを開けて、双子の教室を覗き込む。
「コラッ、なんで帰る支度が終わってないんだ?」
「だって、れおくんがー」
「まおがー」
教室の壁に掛けられたままだった自分たちのタオルを、慌てて外して手に持った双子は、お互いを指差す。
「分かったから、早く帰りの準備をしなさい」
「はーい」
手を挙げていいお返事をした双子は、自分たちのリュックを取りに、教室の奥に置かれたロッカーに向かっていった。
時間がギリギリでお迎えが一番最後になってしまったため、教室には双子と担任の先生一人だけだった。
「せんせい、れおくんおむかえきたよー」
「きたよー」
「あら、海棠さん。よかった。間に合わないかと思ってドキドキしちゃったわ」
教室の端に置かれた机に向かっていた先生が、連絡帳片手に急ぎ足で俺に駆け寄ってきた。
「先生、またギリギリになってすみません。玲央と真央、今日も元気でしたか?」
「とても元気でしたよ。はいこれ、連絡帳です。それにしても海棠さん、王子様ってなんのことか分かる?」
「えっ……」
「今さっき、二人ともお兄ちゃんが迎えに来たって園庭に飛び出しちゃったから、慌てて追いかけようとしたんだけど、すぐに戻ってきて王子様がいたーって言うから」
「へっ、へー……。きっと、通りすがりの人を見間違えたんじゃないですかね?」
俺は目を泳がせながら、しらばっくれることにした。
(別に隠す必要もないけど、なんか……先生たちに月宮先輩のことがバレると、面倒なことになりそうだと思ったからだ。それだけだ)
他意はないと、なぜか俺は俺自身に言い聞かせていると、双子が膝に抱きついてきた。
「じゅんびできたよー」
「できたよー」
「よーし、いい子だ」
俺は跪いて二人を両手で抱き寄せると、ギュッと力を込めて抱きしめた。
「うーん。本当に理央くんは、よくできたお兄ちゃんだわー。偉いわねー」
(偉い……)
もう、幾度となく言われた言葉が胸に引っかかるが、俺はいつものように気にしないふりをする。
「ありがとうございます……」
「それに、本当に海棠家は目の保養ねー。でも、なんで理央君は急に、前髪でお顔を隠しちゃったの? せっかく綺麗なお顔なのに」
「あっはっは……」
去年も双子の担任だった先生には、前髪で顔を隠す前の俺の素顔を知られている。
顔を隠す理由は、アイドル始めたからですと正直に言うわけにもいかず、乾いた笑いでなんとか誤魔化した。
「ほ、ほら。玲央、真央。先生にさようならは?」
「さようならー」
「さようなら!」
「はい。さようならー。また明日ね」
手を振って見送ってくれる先生に俺はお辞儀をして、教室の外に置かれた靴箱で靴を履き替えるために向かい、双子をすのこの上に座らせた。
「ねえ、ねえ、りおくん。おうじさま、まってるよね?」
「残念、王子様は帰りました」
「えー! やだー!!」
すのこの上で並んで座りながら首を振り、足をバタつかせてイヤイヤをする二人に、俺は頭を優しく撫でる。
「やだって言っても、いないものはいないの。ほら、靴を履き替えて。今日は自転車がないから、手をつないで歩いて帰るぞ」
駄々をこねる双子にそれぞれ靴を履かせ、自分の荷物と双子の荷物をまとめて持って立ち上がった俺は、荷物の重さで思わず足元がふらついてしまう。
「りおくん、だいじょうぶ?」
「だいじょうぶ?」
繋いだ手に力が込められ、心配そうに俺を見上げている双子に、俺は歯を見せて笑ってみせた。
「大丈夫、大丈夫! お兄ちゃんが力持ちなの知ってるだろ? ほら、いくぞー」
双子を安心させようと、俺は真央と手を繋いだまま、玲央を片手で抱っこして持ち上げた。
「すごーい、りおくん! ちからもちー!」
「まおも、まおもー!」
玲央を下ろし、今度は俺の制服の裾を掴んでおねだりしていた真央も、同じように抱っこしてあげる。
「わーいっ!」
本当は膝に手をついて息を整えたいほど心拍数が上がって疲れていたが、双子に悟られないよう必死に笑ってみせた。
「あ、みてー。まだ、えいとおうじのおくるまあるよ?」
(えっ……)
抱っこしていた真央を下ろし、玲央の指差す方向に目を向けると、たしかに月宮先輩の車は、まださっきの場所から動いていなかった。
(どうして……)
「ぼくたちをまっててくれたのかなー?」
(そんなわけ……)
「あー! えいとおうじがいるよー」
今度は真央が指差す方向を見ると、保育園の正門で月宮先輩が俺たちに背を向けて立っていた。
俺は双子の手を握って急ぎ足で正門に向かい、門をカードキーで開けて月宮先輩に声をかけた。
「どうしたんですか、月宮先輩。なにか忘れ物でも?」
「私は帰るとは一言も言っていないぞ」
(……。いや、それは質問の答えになってないんだけど……)
俺はどうしたものかと溜め息をつくと、双子はじっと月宮先輩の顔を見上げる。
「もしかして、りおくんを待ってたの?」
「りおくん、おひめさまだったの?」
「はっ?」
急に何を言い出したのかと思った時にはもう遅く、双子はぴょんぴょん楽しそうに飛び跳ね始めた。