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第10話 えいとおうじに助けられました。

「ほ、本当にありがとうございます。助かりました」


月宮先輩の送迎用高級リムジンで保育園横に辿り着いた俺は、運転手さんにドアを開けてもらって車から降りると、車内に残っている月宮先輩に頭を下げてお礼を言う。


「いや、役に立てたのならそれで……。ここが、保育園というものか……」


しみじみと車内から保育園を見つめて言った月宮先輩に、俺は首を傾げる。


「保育園がそんなに珍しいですか? どこにでもある、普通の保育園だと思いますけど」


(俺も公立の保育園だったから、私立の保育園がどんな造りかなんて知らないけど、御曹司である月宮先輩が通っていた保育園は、さぞかし豪華だったんだろうな……。いや、イギリスにいたってことは、そもそも日本の保育園が珍しいのか?)


そんなことを考えていると、月宮先輩は自ら車のドアを開けて車から降りた。


「瑛斗様?」


「少し、ここで待っていてくれないか?」


「はい。かしこまりました」


運転手さんは月宮先輩にお辞儀をすると、背筋をピンっと延ばし、胸を張った姿で車の横に立った。


「あー、おうじさまだー! ほんものだー!!」


「りおくんが、おうじさまとおくるまのってきたー」


保育園の周りは鉄のメッシュフェンスで覆われているが、双子である弟の玲央と妹の真央が走り寄ってきて、フェンス越しに顔をのぞかせてきた。


その姿はまるで、動物園で柵ごしに動物を見る時のようだった。


「しーっ、しーっ。こんなところで大声出さないの!」


俺は慌ててメッシュフェンスに近づくと、大声で叫ぶ玲央と真央に向かって、口元に指を当て静かにするようジェスチャーする。


「ねー、ねー。どうして、おうじさまがここにいるの?」


「どこのくにのおうじさまー?」


だが、俺のことを無視するように、双子は興奮気味に月宮先輩をキラキラした目で見つめ、必死に手を振っていた。


俺のすぐ横に黙って立った月宮先輩を、双子は首を目一杯反らして見上げる。


そんな双子の姿を見て、わざわざ目線を合わせるために、月宮先輩はその場にしゃがみこんでくれた。


「こんにちは、月宮瑛斗です」


「えいとおうじ?」


「えいとおうじ!」


双子は顔を見合わせると、キャッキャッと声を出して楽しそうに笑いながら飛び跳ねた。


「コラッ! 初めて会ったご挨拶は?」


やっと俺の声が耳に届いた双子は、背筋と腕を真っ直ぐ延ばして月宮先輩を見つめた。


「かいどうれおです。さんさいです」


「かいどうまおです。さんさいです」


双子は同時に月宮先輩に向かってお辞儀をしたが、妹の真央は、まるでお姫様のようにスカートの裾をちょこんと摘まんで、優雅にお辞儀をしていた。


「はい、よくできました。この人は、俺の学校の先輩。自転車が壊れちゃったから、俺のことを送ってくれたんだ。それで、玲央と真央……もう帰りの支度は済んでいるんだろうな?」


腰に手を当てて俺が仁王立ちすると、双子は顔を向かい合わせてにっこりと笑った。


「きゃー、りおくんがおこったー」


「おこったー」


双子は逃げるように、手をつなぎながら保育園の中に走っていってしまった。


「ったく……」


(まあ、テンション高くなるのも分かるけど……。だって月宮先輩って、寝る前に双子に読んであげる絵本に出てくる王子様、そのまんまだもんな)


金髪で碧眼、長身でイケメン。


欠点のないその見た目だけでなく、仕草や話し方からも気品を感じ、今まさに異世界転生してきましたと言われれば、俺は迷うことなく信じてしまうほどだ。


(あれ……? でも、うちの理事長って高貴なおじ様感はあったけど、ハーフって感じでもなかったよな……。ということは、月宮先輩はお母さん似なのかな?)


理事長の姿は、入学式での挨拶や学校紹介のパンフレットでしかお見掛けしたことがないが、月宮先輩の容姿と重なる部分はあまり感じなかったはずだ。


「海棠、追いかけなくていいのか? 時間がないのだろ?」


「あっ、そうだった!」


月宮先輩に言われ、俺は慌てて月宮先輩にお礼を言うために深々とお辞儀をした。


「すみません。弟と妹が騒がしくて……。それじゃあ、先輩。ここまで送ってくださって、本当にありがとうございます。また明日、学校で」


「あ、ああ……」


手を振って見送ってくれる月宮先輩にもう一度お辞儀をしてから、俺は保育園の正門に向かいカードキーを使って中に入った。


駆け足で園庭を抜けていく中、横目で月宮先輩の存在を確認すると、まだ同じ場所に立っていた。

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