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第9話 イケメン王子は救世主でした。

(特待生は教師の便利屋じゃない! あー、まずい! このままだと、お迎えの締め切り時間に間に合わない!)


放課後、昨日に続いて今日も帰るところを教師に捕まってしまい、プリント作りの雑用を言い渡されてしまった。


どうやら他の生徒とは違い、一般庶民の特待生には教師も頼みごとをしやすいようだ。


(なんか、昨日と同じ状況な気がするぞ)


そう思いながら、俺は階段で人にぶつからないように気を付けて下り、下駄箱で上履きから靴に履き替えると、肩に掛けているカバンの紐をしっかり握りしめた。


(よしっ!)


気合を入れて昇降口から駆け出すと、急いで校舎裏の駐輪場に向かう。


(しっかし、いくら使われないからって、駐輪場を正門や昇降口から真逆の場所に設置するなんて、嫌味としか思えないぞ!)


遠くのほうで日が落ち、空が茜色から変わりつつある空を見上げて、俺は全速力で校舎を大回りする。


生徒の大半が電車通学と車での送迎である月宮学園では、自転車通学者は俺くらいだ。


しかも、チャイルドシートを前後につけたママチャリでなんて、高校生でも稀だろう。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


全速力で走ったため息が切れてしまうが、なんとか駐輪場に辿り着いた俺はカバンから鍵を取り出して、自転車の鍵を外す。


そのまま急いで駐輪スタンドから自転車を引っ張り出してサドルに跨ると、ふと、何か違和感を感じた。


「んっ……?」


(もしかして……)


俺は慌てて自転車から降りてタイヤを確認すると、後ろのタイヤの空気がほとんど抜けてしまっていた。


「嘘だろ……。こんな時にパンク? あー、どうしよう……」


自転車はとても走れる状態ではなく、俺は焦ってその場で足踏みしてしまう。


(本当にどうしよう……。今から全速力で走っても、絶対に間に合わないし……)


弟の玲央と妹の真央は双子で同じ保育園に通わせているが、その保育園はお迎えの締め切り時間にものすごく厳しい。


家から徒歩圏内だった公立の中学時代とは違い、自転車を全速力で飛ばしても片道三十分はかかる現在の通学距離。


入学したばかりでイレギュラーな用事が多く、お迎えの締め切り時間に遅れることが多かった俺は、つい先日、園長先生に時間厳守を勧告されたばかりだった。


(まあ、当たり前だよな。遅れた分、先生の負担が増えるし、他の保護者の目もある。俺だけ特別待遇ってわけにもいかないもんな)


もっと遅い時間まで延長保育のある保育園に転園を勧められたが、今の保育園は家にもっとも近い場所にあったため知り合いも多く、何より双子が毎日楽しそうに通っているため、転園なんてさせたくなかった。


(あいつらには、母さんがいなくて淋しい思いをさせているわけだし、少しでも笑っていて欲しいんだ……)


「って、考え事してる場合じゃないだろ、俺!」


(あー、どうしよう! 那央に連絡? いや、那央がこんな時間に捕まるわけがないし……。とりあえず、遅れるって保育園に電話しないと……)


慌てて俺はカバンからスマホを取り出して操作するが、画面は変わらず真っ暗なままだった。


「嘘だろ……。こんな時に充電切れって……」


俺はスマホをカバンに戻し、公衆電話で電話をかけるために校舎に戻ろうと振り返ると、誰かがこちらに向かって走って来るのが見えた。


「えっ……? つ、月宮先輩?」


その姿は紛れもなく、月宮先輩だった。


「ど、どうして……? 何かあったんですか?」


俺の目の前に到着した月宮先輩は、息を切らしながら膝に手をついた。


「あそこから……海棠が慌てている様子が……見えて……気になって……」


月宮先輩が指差す方向は、三年の教室がある五階の渡り廊下だった。


「えっ? あそこからわざわざ、こんな離れた駐輪場まで走って来たんですか?」


「あっ、ああ……。もし困っているなら……何か役に……立てるかもしれないと……思って……」


俺は信じられず、五階の渡り廊下と息を整える月宮先輩を何度も見比べてしまう。


(こんなに離れた場所なのに、わざわざ……)


「どうして、そこまで……?」


(俺がリオンだから……?)


すぐに浮かんだ続きの言葉を、俺はずるいと思いなから、口に出さずに黙って飲み込んだ。


それは、頭のどこかで無意識に、月宮先輩なら俺が言って欲しい言葉をくれると、期待したからかもしれない。


「理由などない。困っているかもしれないと思ったら、居ても立ってもいられなくなっただけだ」


「……っ」


(月宮先輩は、ただ思ったことを言っただけだ。深い意味はない。俺が良いように解釈しているだけだ。けど……)


一人で悩んで解決するのが当たり前、というより仕方がなかった俺には、月宮先輩が手を差し伸べてくれたことが、どうしようもなく嬉しくて言葉が出てこなかった。


「それで、一体どうしたんだ?」


「あっ……。その……。実は自転車がパンクしちゃって……。俺、弟と妹がいるんですけど、保育園のお迎えに、このままじゃ間に合いそうもなくて……」


「それなら、私の車に乗ればいい」


「えっ……?」


「駐車場にうちの車を待たせてある。ほら、さっさといくぞ」


「えっ? えっ? ま、待ってください。そんな、月宮先輩にそこまでお世話になるなんて……」


俺は必死に首を横に振る。


「いいから、黙って私のいうことを聞け。そうでないと……全部バラしてしまうぞ。ほら、さっさと自転車はしまい直せ。置いていくぞ」


月宮先輩は、まるで人質のように俺からカバンを奪い取ると、昼休みの時のように、スタスタと先に歩いていってしまった。

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