目次
ブックマーク
応援する
6
コメント
シェア
通報
第8話 スキンシップですよ。

「ごちそうさまでした」


「あ、いえお粗末様でした……って、え? 月宮先輩、剣道できるんですか?」


月宮先輩から蓋と箸を受け取って膝の上に置こうとするが、俺は驚いて手を止めてしまう。


「剣道はあっちでやらされていたからな」


「あっちって?」


「イギリスのボーディングスクールだ。日本では寄宿学校と言ったほうが伝わると聞いたが」


(ボーディングスクール……寄宿学校……)


聞きなれない単語な上に驚きの事実が次々と発覚し、俺は状況の理解が追いつかなくなっていく。


「えっ……? い、イギリス? 月宮先輩って帰国子女なんですか? この月宮学園にずっといたわけじゃないんですか?」


「何言ってんだ、理央。月宮先輩は去年転入してきたんだぞ」


「そ、そうだったんだ……」


外見はまだしも、この国に溶け込んでいる月宮先輩の姿と父親が理事長という理由で、俺は勝手に和兄と同じく、初等部からこの月宮学園に通っているのだと思い込んでいた。


「日本語、お上手なんですね」


「ああ……。母が……教えてくれたんだ」


(あっ……)


ほんの一瞬、月宮先輩の表情が曇ったように俺には見えた。


月宮先輩のその表情は、中学時代の俺に咄嗟に重なって見え、俺はそれ以上掘り下げてはいけないと判断して話題を変えた。


「そういえば、和兄聞いてよ。那央も剣道やってて強いみたいなんだけ、アイツ、学校の部活じゃなくて、なぜか近くの道場に通ってるんだ。剣道はしたいみたいだけど、昇段審査とか大会がめんどくさいって……剣道ってそういうものなのかな?」


「まあ、剣道は勝負だけじゃなくて、己の精神を鍛えるスポーツでもあるからなー。しかし、那央かー。懐かしいなー。いつも俺と理央の後をついて来て、まるでカルガモの親子みたいだったもんなー。元気か?」


「元気といえば、元気が有り余っているというか……。今、絶賛反抗期中……」


弟の那央は小さい頃、俺の後ろを離れずについてきて、兄という立場の贔屓目に見てもその姿は可愛かった。


だが、今はその面影すら感じられない。


「何言ってんだ。那央の反抗期なんて、可愛いもんだろー」


「それ、和兄の記憶に残ってる那央が子供のままで止まってるから言えるんだよ。那央はもう中学三年生だよ。最近の中学生なんて、もう……」


俺は思い出して、深い溜め息が出てしまう。


「そうは言っても、やっぱり弟は可愛いだろ? あー、俺も理央くらい可愛ければ、今からでも弟が欲しいって思うんだけどなー。昔にもらっておけばよかったなー。いや、今からでも養子にくるか?」


そう言って、和兄は俺の肩を掴んで自分に引き寄せると、俺の頭を犬を可愛がるように掻き乱した。


「ちょ、ちょっと和兄。やめてって! 男子高校生掴まえて可愛いは悪口だ……よ」


言いかけたのは、和兄に引き寄せられていた体が、腕を引っ張られて引き戻されたからだった。


「月宮先輩……?」


俺の腕を掴む月宮先輩は、なぜか和兄を睨みつけていた。


一方、睨みつけられている和兄は、肩を竦めて呆れたように笑っていた。


「そんな怒んないでくださいよ、月宮先輩。これはただのスキンシップですよ、スキンシップ。なあ、理央?」


「う、うん……」


頷いた俺を見て、月宮先輩は黙って掴んでいた俺の腕から手を離した。


「じゃあ、俺はもう行こっかなー。午後は移動教室だし。ほら、理央。飲みかけだけど、コレいるか?」


「え、本当? やったー。飲み物買い忘れたから、喉乾いてたんだよねー」


和兄の飲みかけのパックジュースを、俺は片手で受け取ってストローを口元に近づけるが、月宮先輩にまた腕を掴まれてしまう。


「えっ……?」


俺が呆気にとられていると、月宮先輩はあっという間に顔をストローに近づけ、パックジュースを一気に飲み干してしまった。


「あー! 俺の分が!!」


月宮先輩の訳のわからない行動に、喉が渇いていた俺は声を荒げるが、同時に予鈴のチャイムが学校中に大きく鳴り響いた。


「嘘! まだ食べ終わってないのにー……」


「急げよ、理央ー。特待生様が、授業に遅れるわけにはいかないだろ」


「わかってるよ!」


俺は慌てて食べかけの弁当を口の中に掻き込むと、急いで弁当箱を片づける。


「月宮先輩。あんま、人のものは欲しがらないほうがいいですよ」


微かに聞こえた和兄の声は、いつもの冗談めかした話し方ではなく、どこか真剣な口ぶりに聞こえた気がした。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?