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第6話 イケメン王子が脅してくれません。

そんな無意識の行動にハッとした俺は、慌てて手を引っ込めた。


(何してんだよ、俺……)


動揺を隠すように、俺は口元を手で覆い隠した。


「実は……。あんなことを言ったが、何かして欲しいだとか具体的なことは、なにも考えてはいなかったんだ……」


「えっ……?」


「海棠がどこかに行ってしまうと思って……それで、その……勢いで……」


(俺が……? リオンじゃなくて……?)


どうでもいい、ただの言い間違いなだけかもしれないのに、俺は自然と胸を弾ませてしまっていることに心が乱される。


(バカか俺は。なんで、月宮先輩に認められた気になってんだよ……。月宮先輩が好きなのはリユニオンのリオンだ。俺……海棠理央じゃないだろ……)


自分にそう言い聞かせると、俺の胸の奥で、何かがキュッと締め付けられた。


(ただの俺に魅力があるはずがないんだし。そうだよ、だいたい月宮先輩は、俺とは次元の違う人なんだから)


理事長の息子で御曹司、しかも人気モデルで月宮三王子の一人。


生活のためだけに、見せかけでアイドルやっている作り物の俺とは雲泥の差だ。


(月宮先輩は……こんな俺が大好きなリオンだって知って、どう思ったんだろう……)


頭を過った疑問を、俺は深く考えずに月宮先輩に聞いてしまう。


「月宮先輩は……俺がリオンと同一人物だと知っても、まだリオンを応援してくれるんですか?」


すると、月宮先輩は急に椅子から立ち上がった。


「そんなの当たり前だろ!! リオンは私の生きがいなんだ!」


大声で宣言した月宮先輩は、目の前の机を両手で力強く叩いた。


俺はそんな月宮先輩の姿に呆気にとられてしまい、目をパチクリさせてしまう。


「リオンは私にとって、本当にかけがえのない存在なんだ! 愛しているんだ!」


「わ、分かりました! 分かりましたから落ち着いてください!!」


まるで盛大な告白をされたような気分になり、俺は恥ずかしくて居たたまれなくなるが、月宮先輩は真剣な顔のままだった。


俺も慌てて立ち上がり、落ち着かせるように月宮先輩の両肩を手で叩き、椅子に座るよう促した。


「ふんっ……」


鼻息荒く、足と腕を組んで椅子に座りなおした月宮先輩は、少し不貞腐れたように俺から顔を逸らした。


(本当にこの人は……)


「すみません、リオンへの愛を疑ってしまって……」


俺も椅子に座りなおすと、まだ顔を逸らしたままの月宮先輩を真っ直ぐ見つめた。


「まったくだ。どうしてリオンへの愛を疑われなければいけないんだ?」


「そうですよね。でも月宮先輩……怒らずに聞いてくださいね?」


「なんだ?」


「月宮先輩は、リオンがいなくなってもいいんですか?」


「そんなわけないだろ……。リオンがいなくなったら私は……」


想像したのか、月宮先輩はこの世の終わりと言わんばかりに、目に見えてわかるほど肩を落として意気消沈してしまった。


「俺も……正直困ります。だから、ぜひ月宮先輩には黙ってて欲しいんです。ご存じの通り、俺は先輩と違って特待生なので、アルバイトはもちろん、芸能活動なんてご法度です。だから、黙っている代わりにリオンにして欲しいこととか、今ここで言ってみてください」


「リ、リオンに何か要求するなんて、そんなおこがましいことは……私にはできない」


月宮先輩は必死に首を横に振った。


「そう言われても……じゃあ、練習中の新曲を誰よりも先に披露するとかはどうです?」


「そんな抜け駆け、ファンとして許されるはずがない!」


「リユニオンのメンバーに会わせて欲しいとか?」


「私はリオン推しであって、箱推しではない」


(箱推し……? ああ、メンバー全員推しってことか。んー……あとは……)


俺は立ち上がって、何かいい案が浮かんでこないかと、月宮先輩の席の周りを行ったり来たりする。


「月宮先輩に、必ずライブ中にファンサするとか?」


「リオンはいつも、私に向かってしてくれている!」


「じゃあ、リオンとデートしたい……とか?」


「私は抜け駆けせずに、正々堂々とリオンのファンでいたいんだ!」


「正々堂々って……」


(本人脅している時点で……って落ち着け。ツッコむと、果てしなくなるぞ)


堂々巡りの会話に俺は足を止めて深く溜め息をつくと、ふと時間が気になり、教室のホワイトボードの上に取り付けられている壁掛け時計を確認する。


(もう、こんな時間だ)


時計は昼休みが半分過ぎ去った時刻を指していた。


(和兄、俺が来ないことに今頃心配してるかも……。そろそろ屋上に行かないと、まずいよな……)


俺は呆れたようにゆっくりと、元々座っていた椅子に座りなおすと、月宮先輩を見つめて溜め息をついた。


「はー……月宮先輩。リオンで求めないっていっても、ただの海棠理央なんかに求めるものなんてないでしょ? なんでも持ってる先輩にとって、俺はなんの価値もないんだから」


「えっ……」


「別にフォローとかしなくていいですよ。当たり前のことですし」


(あ……。俺、嫌味な言い方しちゃったな……)


奥底にしまっている卑屈な性格が思わず出てしまい、俺はばつが悪くなって月宮先輩から思わず顔を背けてしまう。


(ん? でも、なんかこの状況だと、俺が先輩に興味を持ってもらえてないって、いじけているみたいじゃないか?)


段々自分でもよく分からない状況に悶々としてくると、俺はもう一度勢いよく立ち上がった。


「月宮先輩!」


「な、なんだ?」


「提案なんですけど、俺に対する要求は、おいおい考えません? もう逃げたりしないですから」


「逃げ……ないのか?」


「逃げも隠れも、避けたりもしませんよ。だいたい、逃げたところで、この学園に月宮先輩と一緒にいることには変わらないでしょ」


「そうか……」


月宮先輩は安心したように、目尻と眉尻を微かに下げて笑みを浮かべた。


(あ、笑った。へぇー、氷の王子もこんな風に笑うんだ……。って人間なんだから当たり前か。でも……)


その表情は一言で言い表せないほど魅力的で、同じ男であるはずなのに、俺は不思議とドキドキしてしまう。


(なんて顔面偏差値が高くて破壊力のある微笑みなんだ……レア度も相まって効果は絶大だ)


さすが人気モデルだと関心しながら、俺は心臓がまだ飛び跳ねているのを感じて、思わず胸を抑えた。


「じゃ、じゃあ。昼休み終わってしまうんで、今日はもう解散ということで。俺、もう行きますね」


机に置いていた弁当袋を手に持つと、月宮先輩はすぐに俺の腕を掴んだ。


「波多野のところに行くのか?」


「えっ? ええ。和兄とはいつもお昼を一緒に食べているので、そろそろ行かないと心配かけちゃうんで」


「和兄……」


静かに月宮先輩が呟くと、俺の腕を掴む手に微かに力が込めたように感じた。


「私も行く」


「え?」


「私も行くと言ったんだ。ほら、行くぞ」


月宮先輩は立ち上がって、俺の腕から手を離すと、まるで先導するようにスタスタと歩いて行ってしまった。


「えっ? え……? ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 月宮先輩!!」


俺は仕方なく、月宮先輩のあとを追いかけた。

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