「月宮先輩、そういうセリフはちゃんと顔を見て言いましょうよ」
脅しの常套句はイケメン王子が言ったにも関わらず、どうにも決まっていなかった。
「う、うるさい。私だって戸惑っているんだ」
月宮先輩は見上げる俺の視線から顔を逸らし、少し頬を赤らめさせていた。
(なんか、こっちまで恥ずかしくなってくるな……)
どうにもこうにも、このままの状況では話しにくいと思った俺は、机と椅子が整然と並べられ、窓から光が差し込む空き教室を見渡して指を差す。
「とりあえず、座って話しませんか?」
「あ、ああ……」
俺は窓に向かっていき、念のため外から見えないようにカーテンを閉めると、中央の一番前の席に弁当袋を置いて座った。
すると、月宮先輩はわざわざ俺から三つも席を開けて後ろの席に座った。
「あのー、月宮先輩。そんな離れていると話がしづらいんですが……」
「……」
座って俯いたまま、月宮先輩は首を横に振るだけだった。
「はー……。月宮先輩、いいですか? 今、目の前にいるのは後輩の海棠理央です。リユニオンのリオンではなく、ただの海棠理央です。そう思って、こっちに来てもらえませんか?」
「わ、わかった……。目の前にいるのは海棠、目の前にいるのは海棠……」
月宮先輩は自分に言い聞かせるように、俺の名前を何度も呪文のように呟く。
そして、大きく息を吸って吐き出すと、スッと立ち上がって俺のすぐ後ろの席に座りなおした。
「よ、よし。いいぞ」
「じゃあ、話を続けますね。まず、俺がリオンと同一人物だって気付いたのは、昨日ぶつかった時にですか?」
「ああ。正直、屋上で初めて会った時は疑いもしなかったんだが……」
「まあ、そうでしょうね。そうじゃなきゃ、俺も困りますし」
簡単にバレてしまっては、わざわざこんな邪魔な長さの前髪で顔を隠し、必死に根暗キャラを演じている意味がなくなってしまうと、俺は前髪を指先でとかした。
(っといっても、昨日は急ぐあまりに油断していた俺が、そもそもいけなかったんだけど。あーあ……)
俺は力が抜けたように机に突っ伏して、月宮先輩の顔を見上げる。
「やっぱり……決め手は衣装が見えたからですか?」
「それもあるが……確信したのは、その指輪だ」
「指輪……? ああ、それでさっき、あんなにまじまじと見てたんですね。そっか、考えてみれば、月宮先輩がプレゼントしてくれたんですもんね。でも、同じデザインのものを持っているだけかもって、思わなかったんですか?」
「その指輪は……私がリオンをイメージしてデザインしたものなんだ。世界に同じデザインは存在しない」
「へぇー、なるほど……って、これ! 月宮先輩が自分で作ったんですか?」
驚いた俺は、机に突っ伏したままだった上体を慌てて起き上がらせる。
「デザインは私だが、作ったのは姉の……工房の職人だ」
「へぇー、すごいなー」
ネックレスとしてチェーンに通している指輪を手の平に乗せて、俺はデザインをもう一度よく確認しようと、顔の近くに持っていく。
男でも指につけやすい幅広デザインで、俺のイメージカラーのオレンジとゴールドが混ざった色が素材になっていて、よく見ると、表面に荒い凹凸の加工と細かい線のデザインが施されていた。
(ってことは、この線一つとっても、月宮先輩がリオンを思って、何か意味があるんだろうな……)
せっかくもらった誕生日プレゼントで、デザインもかなり気に入って身に着けていたが、月宮先輩がわざわざ俺を思ってデザインしたと思うと、余計に愛着が湧いてくる。
「これ、どの角度から見てもすごいカッコいいなって思って、気に入ってたんですよ。リオンは本当に、月宮先輩に愛されているんですね……」
指輪を指先で摘んでボソッと呟くと、俺は指輪の輪っかの中から月宮先輩の顔を覗き込んだ。
「何をいう。そんなの当たり前だ」
腕を組み、胸を張って自信満々に言う月宮先輩に俺は思わず笑みが零れてしまう。
「な、なぜ笑うんだ?」
月宮先輩は俺が笑った理由が分からないといった様子で、不服そうな表情を浮かべていた。
「だって、なんだか月宮先輩ってあべこべで面白いんですもん。リオンのことになるとキャラ変わりますし、まるで子供みたいで」
「こ、子供みたい……。そうか……やっぱり私は変なのか……」
まるで怒られて尻尾と耳を下げた大型犬のように、月宮先輩は突然シュンとなって俯いてしまった。
まさかそんな落ち込むとは思ってもいなかった俺は、慌てふためいてしまう。
「あ、違うんですよ! 別に月宮先輩をバカにしているとかじゃないんです。リオンのことになると表情がコロコロ変わって、可愛いなーって思って。でも、月宮先輩? そんなに愛しているリオンである俺を脅すなんて、どこか矛盾していませんか?」
俯く月宮先輩の顔を下から覗き込むようにすると、月宮先輩は少し困った顔をしていた。
(あ、この顔……)
帽子を深く被って、マスクで顔を隠し俯くだけのあの人と、月宮先輩が重なって見えた。
(やっぱり、月宮先輩が末広がりさんなんだ……。そっか、金髪は帽子の中に入れて、目はわざわざカラコン入れて黒くしてたんだ)
俺の中で、いつも俺だけを必死に応援してくれるあの人と、目の前にいる月宮先輩がやっと一つになった。
(こんな綺麗な人が俺のこと……)
俺は無意識に、俯いているせいで顔が髪で隠れる月宮先輩に向かって手を伸ばしていた。