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第3話 卵焼きを食べられてしまいました。

「さーて、飯だー。めしー」


フェンスに囲まれた屋上の床に座り、俺の横で嬉しそうに弁当を広げる和兄こと、波多野和也は、俺の一つ上の先輩だが、昼休みは俺といつも屋上で弁当を食べている。


幼い頃、家が近所だった和兄は、俺と弟の那央といつも一緒に遊んでくれていた。


だが、和兄が急に引っ越してしまって、それ以来会う機会がなくなってしまっていたが、偶然この月宮学園で再会した。


昔からカッコよかった和兄は、運動部をいくつも掛け持つ類まれな運動神経の持ち主で、肩幅の広いガッチリとした体格だけでなく、顔立ちがはっきりして短髪の容姿は、爽やかという言葉がこんなにも似合う人を見たことがないって思うほどだ。


由緒正しい男子校の私立月宮学園に初等部から在籍しており、前年に引き続き、月宮三王子という学年ごとの人気投票で選ばれる役職の一人でもある。


「さあ、今日もおかず交換しようぜ」


「和兄、なんで俺の作った弁当をそんなに食べたがるの?」


和兄のお弁当はお手伝いさんが作ってくれるらしく、まるで料亭の仕出し弁当のような豪華さなのだが、和兄はいつも俺の作ったものを食べたがる。


「俺は理央が作ったやつだから食べたいんだよ。家庭の味で、世界で一番うまい」


「いや、そんなわけ……。どう考えても和兄のお弁当のほうがおいしそうだよ。見てよ、今日のなんて、ほとんど晩御飯のあまりを詰めただけだよ」


「そこがいいんじゃないか。理央の作る晩御飯、気になるなー。今日部活終わったら行ってもいいか?」


「ダメ。その……俺だって忙しいんだから」


和兄に心配かけまいと、俺は家の事情やアイドルをしていることを話していない。


それに、一般生徒ならまだしも、授業料諸々が免除で生徒の模範であるべき特待生の俺は、芸能活動はもちろん、アルバイトも禁止されているからだ。


成績はトップで修めているんだから、それくらい許されてもと思うが、バレて面倒なことになるのは極力避けたい。


大人しくこのまま特待生として三年通えば、大学推薦を確実に貰えて将来は安泰。


そのために、いつもは分けている長い前髪を真っ直ぐ下ろすことで顔を出来るだけ隠し、百六十五センチのまだまだ成長途中の俺は、学校で根暗キャラを徹底して演じている。


「部活も入ってないのに忙しいって、本当にバイトとかしてないんだろうな?」


「してないよ。和兄と違って勉強で忙しいんだよ」


「へいへい。俺はどうせ部活バカですよー」


そんな他愛もない話をしていると、屋上の扉が開かれ、誰かが屋上にやってきた。


「お、月宮先輩じゃん。せんぱーい」


(月宮先輩って……あの、三年の三王子の? うわー、本物だ……。近くで初めて見たよ)


和兄が呼びかけて近づいてきた人物は、和兄と同じ月宮三王子の一人で、別名、氷の王子とも言われている月宮瑛斗先輩だった。


ここ、私立月宮学園の理事長の次男で典型的な御曹司だが、噂によると立派な兄と姉がいるため、父である理事長は放任らしい。


今まで遠くで見かけることしかなかったが、近くで見たその容姿は、大手ファッション誌の専属モデルを務めているだけあって、どこをとっても目を惹く存在だった。


長身で細身に見えつつも、バランスよくついた筋肉は独特の色気があり、顔はまるで精巧につくられた西洋の人形のように整った目鼻立ち。


さらに金髪碧眼という日本人離れした風貌は、和兄とは別の魅力で同性からも人気があるのは頷け、さすが三王子といったところだ。


(でも、なんだろうこの感じ……)


初めて間近で会うはずなのに、俺は不思議と既視感のようなものを覚えた。


「こんなとこにいたのか、波多野。言ったよな? 今日は生徒会とミーティングだって」


月宮三王子は生徒会とは別に、事あるごとに学校行事に駆り出され、一年中色々と忙しいらしい。


「弁当くらいゆっくり食わせてくださいよ。あっ、ほら見てください、この弁当。俺の理央が作ったんですよ」


「か、和兄!」


和兄は俺の作った弁当を自慢げに、月宮先輩へ見せつけた。


御曹司に庶民丸出しの弁当を見られた俺は恥ずかしくなり、和兄から弁当を取り返そうとするが、月宮先輩は静かに呟いた。


「たしかに、うまそうだな」


(えっ……)


意外な反応に俺は思わず鳩が豆鉄砲を食らったように呆気にとられていると、月宮先輩はあっという間に卵焼きを手で摘まみ、口に放り込んだ。


「あー! 俺のー!!」


和兄は差し出していた俺の弁当を慌てて引っ込めた。


「ほら。もう取らないから、さっさと来い」


「えー……」


「すまないな、えっと……」


「あっ、海棠……。一年の海棠理央です」


「海棠。卵焼き、旨かったよ。すまないが波多野は借りていくな」


月宮先輩は和兄の腕を掴むと、和兄を無理やり立たせた。


「ほら、いくぞ波多野」


「あーあ、仕方ないか……。じゃあな理央ー」


未練たらたらに俺に弁当を返した和兄は、月宮先輩に引っ張られるように行ってしまい、二人がいなくなると屋上は一気に静かになった。


「王子に卵焼き食べられちゃった……」


なんだか浮世離れした体験をした気分だったが、やっぱり俺の胸には不思議と何かが引っかかる。


(なんだろ、デジャブみたいな……。あの声と体つき、どっかで会ったような……)


俺は首を傾げながら、自分の弁当の続きを食べ始めた。

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