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第2話 アイドル活動はそつなくこなします。

「さあ、今日も全力で行くぞ!」


それぞれのイメージカラーの衣装を身に纏った俺たちは、舞台袖で円陣を組む。


「リユならできる!」


「いっくぞ! リユニオン!!」


照明が落とされたライブ会場のバックスクリーンに映像が映し出され、大音量でイントロが流れ始めると、俺たちは歓声を合図に、十五人全員で一斉に飛び出すようにしてポジションについた。


「今日もまた会えたね!」


「この時代で再会できて本当に嬉しいよ! みんな大好きだよー!!」


眩い照明は楽曲にあわせてメンバーカラーに次々と変わっていき、息の合ったフォーメーションダンスに魅了された観客席のボルテージはどんどん上がっていく。


リユニオンは再会という意味で、通称はリユと呼ばれている。


メンバーは十五人の大所帯アイドルグループで、毎週末行われるライブはいつも盛況な人気ぶりだ。


ライブ終わりにはファン全員とハイタッチ、握手会やグッズ販売会にネット配信など、グループ名の再会という意味を意識して、ファンとの交流を大事にしているのが売りだ。


そんな輝かしいアイドルグループの中で、俺はいつも一番後ろの端っこでソロパートもないまま、コーラスとバックダンスに徹している。


この世界は、目の前のファンから求められる者がセンターに向かっていく。


ファンの持つペンライトと、身に着けるTシャツは推しの色。


だから俺のイメージカラーのオレンジ色は、観客席には見当たらない。


それを悔しいと思わないのが他のメンバーとの大きな違いで、そのことにファンも気付いている結果だろう。


本当はもう少し練習やレッスンに参加したい気持ちはあるが、俺の家庭環境がそれを許さない。


『泣かないで。すぐに戻ってくるから』


そう言って、当時中学生になったばかりの俺と、一つ下の弟の那央に笑って手を振った母さんは、双子の玲央と真央の出産時に帰らぬ人となってしまった。


母さんを心から愛していた父さんは一番ショックだったはずなのに、俺たちのために仕事に家事、そして双子の育児までこなしていた。


しかし、そんな無理はいつまでも続くはずもなく、父さんは去年とうとう身体を壊してしまって今も入院中だ。


生活費に学費、さらに入院費と積み重なり、母さんの保険金だけではと不安を抱えていた俺は街でスカウトされ、アイドルグループ『リユニオン』の『リオン』として、少し前からアイドル活動を始めた。


弱小事務所でメンバーの人数も多いため、ライブチケットの売上はほとんど事務所に持っていかれがちだが、月一ペースで行う個人でのライブ配信中の投げ銭と個人グッズの売上のおかげで、高校生がアルバイトする以上の収入を得られていた。


だがそれは、特定の一人のおかげでもあった。


(あ、今日も来てくれてる)


週末のライブには遅れてでも必ず毎週訪れてくれる俺の男性ファンが、今日も途中で入って来たのが見えた。


髪をしまった帽子を深く被り、どんな時でもマスク姿のため決して素顔を見たことはないが、誰よりも背が高いあの人は、いつも一番後ろの立ち見席で俺だけを見つめている。


グッズはフルコンプリートどころか、その何倍も買ってくれて、つい先日の俺の誕生日には、今も首からチェーンネックレスでぶら下げている、凝ったデザインの施されたオレンジゴールドの指輪をくれた。


お礼を伝えようと握手会などで何度も話しかけるが、頷いたり首を横に振ることもなく、ただ俯くだけ。


おそらく、ライブ配信で『末広がり』というハンドルネームで高額投げ銭をしてくれる人と同一人物だと思われるが、何度尋ねても、やっぱり恥ずかしそうに俯くだけだった。


(不思議な人……。まあ正直、何で俺なんかを応援してくれるんだろうって思うけど、感謝は忘れないようにしないと。いつもありがとなー)


俺は感謝の気持ちを込めて、一番後ろにいるあの人に見えるよう大きく手を振って、銃で心臓を撃ちぬくフリのファンサをした。


俺のファンサに嬉しそうに胸に手を当てると、バックから取り出した俺のイメージカラーであるオレンジのペンライトと、リオンと名前入りのお手製うちわを必死に振って返してきた。


(あれをかわいいっと思ってしまうのは、俺も末期なんだろうな……)


そう思いながら、俺は今日もアイドル活動をそつなくこなした。

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